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デジタル・ガーディアン

作者: 朝日 七尾

 おはよう。おかえり。

 未だに、どちらを先に言えばいいのかわからないな。別に、俺が声に出さずに挨拶したところで、お前はおはようとただいまも返してくれないけど。俺にはスピーカーはあっても、声帯はないから。唯一プログラミングされた挨拶は、「ようこそ」なんて飾った四文字だけだぜ。

 大体、毎日俺を目覚めさせる女子大生も、なかなかいないよな。ようこそも何もない、またお前か、って話だよ。お前の熱烈な視線はそろそろ飽きてきたんだけど、所有者だから仕方ない。

 今日は何から始める? たった一人のご主人様だ、何だって提供しよう。調べ物をしたいならグーグルを。音楽に酔いしれたいならアイチューンを。大学の課題や、創作活動をしたいならワードを。本当はワードを開くの、億劫なんだ。最近、新しいバージョンを入れてから、すぐ重くなって仕方ない。最新版のソフトっていうのは、精度はピカイチ。だが必ずこっちに負担がかかる。しんどいのはいつも俺なんだぜ、胃もたれになるし、動きも鈍くなる。

 たった十五秒、接続が遅れるからって、そうイライラするなよ。俺だって頑張ってるんだ。もう少し待て。

 ただ、時間を埋めようとしてこのタイミングでアイチューンを開くのはやめてくれ。ますます困る。聖徳太子じゃないんだから、一度に複数の命令を聞ける訳がないんだよ。人間の手で作られた以上、何事も人間を超越するなんて、無理だ。俺が唯一自慢出来る箇所は、容量と、速さだけなんだよ。

 わかった、落ち着け。俺も落ち着いて、リビングのルーターを呼んでくるから。ネット接続の主導権を握っているのはバッファローの方だ。叩くなら俺の画面じゃなくて、あいつにしてくれ。俺が壊れたら一番困るのはお前だろう。プログラムされていないから、痛みとか悲しみを感じないが、何となくやる気が殺がれちまう。

 …………。

 おい。おい、何をした。画面がブラックアウトしたぞ。また俺はお前に「ようこそ」と挨拶するハメになってるんだが、まさか、本当に叩いたんじゃあるまいな。そうか。で、フリーズしたから再起動させたって訳か。物は大切に扱えっつーの。

 まあいい、無事にネットは繋がった。ワードもアイチューンも完璧、とまでは行かないが、ご主人の機嫌を損ねない程度に何とか動いている。

 ああ、今日初めて笑ってくれたな。ワードのページ数が嵩張って、重くなったせいで、アイチューンの音楽が狂ってやがるんだ。こりゃ面白い。音楽に乗って身体を揺り動かしている間だけ、お前の視線から逃れられる。あんまり時間を忘れてサボっていると、明日提出の課題が終わらなくて泣くハメになるぞ。

 けれど、俺の前では決して泣かないな、ご主人は。何処で泣いているのか知らない。俺と目を合わせるときは、いつだって本気の顔してるよな。ブルーライトに当てられて、目がギンギンに乾こうとも、夜更けまで黙々とキーボードを打ち続ける。今まで打ち込まれたテキストはすべて、俺の中にあって、俺だけが女の熱意と希望と一握りの絶望を注がれてきた。

 自分を、一人でパソコンに向かって何かを書いている孤独な女、と勘違いしているご主人よ。残念ながらお前一人に出来ることはない。俺が、その熱意を吐き出す場所を提供してやらなければ、想いは燻り続けただろう。消化不良に陥って、窪んだ瞳を隠すように他人から逃げ回る日々に身を投じていただろう。

 俺はご主人のカウンセラーだ。トランキライザーだ。俺の存在はこの先も必要不可欠。だろ? だから、たまにはキーボードの上を掃除してほしいな。

 時計に目をやる。人差し指が電源スイッチに触れる。ああ、もうそんな時間か。課題、終わってよかったな。

 なあ、明日は文学をここに打ち込むんだろ? また「ようこそ」って迎え入れてやるから、その冴え切っている脳を何とか眠らせて、ちゃんと学校行けよ。この頃薦めてる未完の物語のデータは、大切に保管しておくから。俺が保証する。死ぬまでは、お前のデータは全部俺のものだ。ウィルスバスターもあるし任せろよ。

 まあ、明日死んだらごめんな? ご主人の情熱に燃やされて、で俺もだいぶ、キてんだ。


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