なんでキスなんかすんのよ
「その髪型ヘンだよ。絶対にヘン」
「んな事ねぇよ。似合ってるって」
「自分で言うか!」
帰り際、自転車で拾われた。幼稚園の頃から知ってるコイツは、ノキ。いちおう本名。乃樹って名前。
コイツはワタシを「タム」と呼ぶ。「田無」が本名なので、「タム」。ノキは部活があるので、中学入ってから帰り一緒になる事はほとんど無いのだが、試験前で部活が無いって事で、珍しく会った。
「乗ってく?」
と聞かれたので、
「いい」
と答えたら、「乗ってけよ、夕日が綺麗だし!」と言われ、何故かワタシはコイツの後ろに乗る事にしてしまった。もちろん夕日が綺麗なのと、ワタシがコイツの自転車の後ろに乗る事は一切関係ないのだが、何となく釣られてしまって。
学校ではよく会う。だけど帰りに一緒になるのは珍しい。
川と夕日。
夕方の街中はちょっとだけ焦げたようなにおいがする。それに川縁から運ばれる緑の新鮮な香りが混ざっているような感じ。(あ、草むしりしてる時のにおいだ!)
後ろに立って乗ってると、足がちょっと痛い。
その中をワタシはノキの背中を体で感じながら、自転車の後ろで風を感じている。
この風はノキが作ってる風だ。止まればやんでしまう風。
ノキが走るから感じる事の出来る風。
普段より20センチぐらい高い街の風景。ノキの身長とおなじぐらいだ。
それにしてもノキってこんなにおいだっけ?汗だか油だか、なんだかよくわかんないけど、そんなにおいがする。小さい頃はおなじようなにおいだと思ったけど。
「このネジリと前髪のカンジがポイントなんだって!ガキにはわかんねぇよ」
あ、髪型の話か。いや、似合ってないし。派手な髪型似合わないんだよ。もともと顔が地味なんだし。
それとまゆ毛抜くな!細すぎ。
学校でノキを見かけると、えんえん鏡の前で髪型いじってたりする。でもってうっとりと自分の顔を眺めてたりする。
角度とかつけて。
その度バカだなーとつくづく思ったりする。どの角度から見ても同じじゃん。前髪の位置がちょっとぐらい右だろうが左だろうが、ノキはノキだよ。かわんないよ。
「ガキゆーな。自分もガキのクセに。同い年じゃん」
ワタシは言ってやった。
「オレは大人だって」ノキも言い返す。
こないだノキの事をかっこいいと言ってる子がいた。意味わかんない。ノキのどこがかっこいいんだ?ノキなんてただの勘違いしてる中学男子じゃん。
「ナンで?」 ワタシも聞き返す。
「タム、キスとかした事あるか?」
は?話つながってない。何故聞く?何故ここで聞く??
遠くで電車の走る音が聞こえる。
「ないよ」
ワタシは一瞬間が空きそうだったけど、普通の質問に普通に答えるように答えた。自然に。当たり前のように。
「オレは…、ある。」
なんか言い方が偉そう。微妙な間の開け方が妙にムカつく。
話につき合うのがバカらしくなってきた。どーして男はバカなのか?
オレはキスした事あるから大人だって理屈なんだろうか?自慢したいのか?
勝手に誰とでもキスでも何でもしてりゃいい。ワタシは知ったこっちゃない。そもそも興味が無い。
「あ、そ」
素直にそのまま答えた。
「れ…?誰となの?…とか、いつ?…とか、そーいうのは聞かんの?」
「興味ない」 私は答える。
「妬いてる?」
「んなワケない」
本当にそれは違う。100パー違う。
「ワタシは別にそういうの無いし、あったとしても言わない」
「ふーん、じゃ、処女だ」
「そりゃそーだ。アンタも童貞でしょ?」
「んーん、どうだろ?何タム、気になるの?オレの事?」
んなワケない。ホントめんどくさくなってきた。
「ここでいい、降りる。じゃ。」
と言って私は自転車から降りようとしたら、ノキはぐらんぐらん自転車を揺らし始めた!
バカ!落ちそうになったじゃん!
「ここで降りたらキスすんぞ。」
は?意味わかんないよ。
「河原で降りたらキスしてもいいって決まってるんだぜ!江戸川区条例で!」
その理屈わからん。ここ江戸川区でないし。
「降りるし!キスもしないし!」
ワタシは答える。
「降りてキスするか、このまま乗ってるかの二択!」
ノキはぐぐーっとスピードを上げた。降りれないように。
「そんなんどうでもいい!なんでアンタとキスなんてすんのよ!」
「河原は恋人の為の場所だからに決まってんじゃん!」
「あたしアンタの彼女でもナンでもない!!!!」
「それ却下!どっちか選べ!」
「乗る乗る乗る乗る!乗ってればいーんでしょ!」
すれ違う犬の散歩中のおじさんが、迷惑そうにワタシ達の事を見ていた。確かに迷惑だ。
遠くで、キーンと、野球の音が聞こえる。肩越しに伝わるノキの体温が少しだけ上がってるように感じた。
「足直ったのか?」
ノキが聞いてきた。あ、足怪我してたんだっけ…。
「いや、もうほとんど直ったよ。痛くもないし。」
自分でも忘れてた。足怪我してたんだっけ。もうほとんど直ってるけど。もしかして待ってたのか?んなワケないか。。
「タム知ってるか!大人はキスん時舌入れるんだぜ!」
やっぱりノキだ。少しは脳も鍛えろ。
「だからキスする前に舌出す練習しとけよ!」
本当にアホだ。
「どうやって練習すんのよ?」
いちおう話につきあってやる。
「アイスとかあんじゃん。コーン付きの。アイスなめ終わった後で、コーンの中に微妙に残ってるアイスを舌でかき出す練習すんの!効くぜあれーっ!!!」
「バーカ」 ワタシは答える。それしか感想が出てこない。
「ホントにやっとけよ!」 とノキ。
「じゃおごってよ、アイス」
「キスさせてくれんならおごる!」
「しねーよバカ。」
ノキは自転車をこぐ。その度ワタシは前に進む。ノキがワタシを運んでくれてる。
沈みかけの夕日が少しだけがんばって私たちの事を照らしてくれていた。まるで一日の終わりを告げる為、大きな瞳を閉じようとしてるみたいに。
今日いっこだけついたウソ。
キスした事ある。
ノキ、アンタだよ。幼稚園の頃。覚えてないだろけどね。
今日と同じようーに、「キスした事あるかー?」って聞いてきて「キスって何ーっ?」って聞いたら、「じゃしようぜ!」って言って、ワタシの答えなんて聞く前に一方的にしてきたじゃん。
工作の時間だったよな。みんな見てる中で!
けどドキドキしちゃったんだ。キスがどんな意味あるかなんて分かりもしなかったのに。
最初なんの事かわかんなくて、
きゅーって顔があったかくなっちゃったんだ。どんな反応していいか分からなくて、何を言っていいかわかんなくて、とりあえずどうしていいかもわかんなくて。
けどアンタは、虫捕まえた時と同じよーな嬉しそうな顔して、ワタシ見て笑ってて。それもふふふっってカンジの笑顔じゃなくて、あはは!って声出して笑ってたよな!何がおかしかったんだよ!
ワタシの反応?
つか、クチビルにすんなよ!ほっぺにしとけよ、子供らしく!
これがワタシの「キス初回カード」だ。カウントしていいのかな?一回として…??
もう少し大人になって、まがり間違ってアンタの事をもし仮に好きになっちゃったりしちゃったよーな時は、
そん時はちゃんとキスしようね。
ちゃんとしたの。
今日はありがとね。送ってくれて。
「今度会ったらまたキスしような!」
と、別れ際ノキは言った。
…また?
…覚えているのかな?ノキも?
(続きます!)