「シスコンにシスコンをぶつけよーとすんじゃねーですわ」
病弱な妹に再チャレンジ!
「二度あることは三度ある、と。遠い遠い国のことわざにあるそうですが?」
「それなぁ、もう三回も過ぎたって」
「だめじゃん」
ため息を付く父と兄に、モニカもため息で返事をした。
「それで私に話が来たわけですね」
モニカはやれやれとため息を付いた。
「シスコンにシスコンをぶつけよーとすんじゃねーですわ」
ナサニエルは婚約破棄をされていた。しかも三回もだ。
エラルステット侯爵家の跡取りであるというのに。
された、側なのだ。
それは彼に原因がある。彼が悪い。
彼には数年前に父が再婚したことでマデリンという妹ができた。
彼女が病弱なために婚約者との約束を後回しにしてしまったのだ。何回も。
そうしてされた婚約破棄。
三度も続くと流石に「あれ、ヤバいな」と普通は気がつく。
普通は。
しかしそうはならないのがナサニエルのすごいところか。
「マデリンは可哀想じゃないですか?」
悪びれていない。
父親であるエラルステット侯爵に怒られても、だ。
マデリンはというと、こちらは本当にある意味病弱で、これはこれで困った話だ。
彼女は再婚した妻の連れ子だ。
もちろん侯爵の隠し子でもなく。
互いにもう何年も前に連れ合いを亡くしたので、誰にも咎められない再婚話だ。
とある夜会で知り合ったエラルステット侯爵のドミニクと、未亡人で実家に出戻りしているパルマ夫人の気があったのだ。
エラルステット侯爵領の特産である香辛料をパルマ夫人の実家の商店にも卸させて使わせていただけないかという話から、二人の再婚な話にもなって。
パルマには実家へ連れて戻っていたマデリンという前夫との娘がいたが、そういうことならばエラルステット侯爵が父親代わりとして彼女の成人まで後見人となるのが、良くある話である。
そう、良くある話だ。
マデリンが都会の水が合わないのか病弱になってしまうことまで。
そしてナサニエルはそんな妹を放ってはおけないと甲斐甲斐しく。
婚約者は放っておいてよいのかと、彼女らの怒りも「君は健康じゃないか」と返す始末。
マデリンがそこで遠慮するのが当たり前なのだが、彼女は彼女で、兄にちやほやされることを当たり前と思うようになってしまった。
しかし彼女の病気とは。
水が合わないというものは。
マデリンは実に病弱であった。
実はマデリンには食べられるものが限られていたのだ。
口合わないものを食べると腹痛を起こし、吐き気すら。
「ああ、なんて可哀想なんだ、マデリン――」
そうしているうちにナサニエルには婚約話しは来なくなり。エラルステット侯爵は頭を抱えてモニカの父に頼んだのだ。
「どうか御息女に息子の婚約者になってもらえないだろうか」
二人は学生時代の友人同士である。と言ってもモニカの家は子爵家で。その身分差からか今は新年の挨拶を交わす程度。
なのでモニカも、ナサニエルとはまったく交流がないままここまで育ってきているのだが。
「それで受けちゃったのか、父様……」
「だめじゃん」
子らのため息にロニング子爵は「とほほ」と同じようにため息を付いた。
「新年の挨拶でうちにも娘が生まれました、て書いたことがあるの、あちらさんがおぼえていてさぁ」
学生時代は無礼講とそれなりに親しくはしていても、卒業してしまえばそんなものである。
子爵家程度の家など、あちらはこんなことがなければ思い出しもしなかったろうに。
「でも、その代わりの御礼は……しっかりと頂戴したから」
「父様ぐっじょぶ」
「そういうことなら……」
エラルステット侯爵も、流石に見切りをつけねばと考えたのだそうだ。
パルマ夫人も自分の連れ子のせいでと気に病んでおられるとのことで。
「さて、鏡を見せたらどうなるかしらね」
ナサニエルは、一応はヤバいとは感じているのだろうか。
新しい婚約者は子爵家の令嬢だという。
今までは同じ侯爵家の娘や伯爵家の娘であった。それが子爵家までに下がったことに危機感を持たねばならないところ。
「良いですか、坊ちゃま、もう後がないですからね!?」
自分付きの侍従の血走る目にも。彼は過去の婚約者たちに「今日は都合悪く」「今日は急な用事で」と嘘の言い訳を何度言いに言ったことか。
その度の申し訳なさといったら。
「わかっているよ。初回くらいはきちんと挨拶するさ」
「そ、そうですか」
「それでマデリンが如何に可哀想か先に教えておかねば!」
これあかんわ。侍従はもう遠い目をした。
けれど。
「今日は都合悪くなりまして」
先に、断られた。
ナサニエルはあっけにとられていた。
さすがに婚約者と交流を持とうとしたのだが、その婚約者がちっとも会おうとしない。
「今日は先約がございます」
「今日は都合が悪うございます」
「今日は日差しが強いですし」
「今日は冷えますから」
「今日は風が強くて」
「今日は……雨降りそうです……かね?」
「今日は出かけに黒猫が横切ったので」
「今日はたぶん都合悪くなります」
何だそれは。
侍従などはなんだか楽しくなってきていないかと、断りの語録が溜まっていく。使い道はないが。
ナサニエルがロニング子爵家の侍従を睨みつけたら、彼はしれっと。
「うちのお嬢様は、妹君が大切なので」
「……は?」
「うちのモニカお嬢様はご病弱な妹君をそれはもうそれはもう、もうもう、大切になさっておいでで」
「ご病弱な妹」
「ナサニエル様は健康だからいつでも後回しで大丈夫ですよね?」
君は健康だから。
それはどこかで聞き覚えが。
ハッとするのは侍従。
それは彼が過去の婚約者たちに告げてきた言葉だ。
ナサニエルはそう告げた婚約者たちの顔をしっかり見たことはない。
いま、鏡を向けられたらようやく理解できるだろうか。
「……見舞いに、行こう」
婚約者たちがそうしてくれたように。
自分はその時、彼女らにどんな態度をとってしまっていただろうか。
そして彼は知る。
本当の病人がどういうものか。真の看病とは何たるか。
仮病というものが世にはあることも。
その部屋はもうもうと湯気が。
それは呼吸を楽にさせるための湯気。少しでも楽になるよう薬草も刻んで薬缶に混ぜているため、常人には臭みさえ。
「な、何だ……」
「ちょっと、マスクしてください!」
部屋に入ろうとしたところを中にいた女性に鋭く止められた。
「手の消毒もしてくださいよ」
ここまで案内してくれたこの家の跡取りだというフレディに「どうぞ」とマスクを手渡されてアルコールも手に吹き付けられる。
彼もいつの間にかマスクをしていた。
「下の妹は本当に病弱なので」
――と。
見舞いに来たのだからと案内されたが、ベッドに居る彼らと同じ淡い亜麻色の髪の少女は、ガリガリに痩せていた。
「あ、あの……花、を……」
「まあ、うれしい……」
見舞いに手ぶらはと侍従が急いで用意した小さな花束を、ベッドの上の少女は本当に嬉しそうに受け取ってくれた。その手の小さと細さに逆に恐れすら感じた。
「ありがとうございます」
傍らにいて彼女の世話をしていた少女こそが、自分のあたらしい婚約者のモニカ嬢だという。
彼女は紺色のシンプルなワンピースに白いエプロンを掛けて、甲斐甲斐しく妹の世話をしていた。
「どう、今日はスープなら飲めそう?」
ちょうど食事時であったと、馬車の移動に手間を取られてこんな時間にお邪魔してしまったことを申し訳なく思った。
けれどそのスープとは。
何の具も入っておらず、薄茶色の汁のみだ。
「……具を飲み込む力がもうありませんので」
フレディがつらそうに小声で教えてくれた。
「なので妹が何時間も具を煮込んで、あのように形さえないように」
貧しいロニング子爵家では何人も使用人を雇えない。
妹の病もあり、病人の近くは嫌だと募集もなかなか。
必然的に兄姉で世話をしていた。女の子である分、モニカの方が何かと割合多くなるのは当たり前。
これは確かに、健康な自分は後回しだ。
ナサニエルは思い出していた。
同じ病弱な妹を。
「こんなの食べられない」
と、ふるえて泣く哀れな妹を。
肉は生臭く。魚は骨があり。野菜は苦い。
そんなのだから家族と一緒の食卓にもつけない。彼女は父親が亡くなったことで祖父母や母、身内によってそう甘やかされてしまった。
口にできるのはわずかな食べ物のみ。
「私、あのお店のお菓子なら食べられるかも……」
偏食ゆえにいつも顔色が悪く、体調も。肌荒れさえ。
病弱に、自ら。
そんな可哀想な子であった。
――可哀想、のはずだった。
本当に食べられないとは、こういう事を言うのだ。
本当の病人を知らず、可哀想とかばう自分に酔っていたのだ。
自分のそんな正体にようやく気が付かさせられた。
愕然としているナサニエルに、フレディは彼の父親が頭を下げにきた理由を教えることにした。
「本当の病弱とは何たるかを、貴方に教えてやってほしいと」
そのために学生時代の伝手で。
侯爵であるのに子爵に頭を下げに来たのだ。
それがどれほど、本当に病人を抱える家のものに無礼で失礼なことか承知しながら、それでも息子の更正のために頭を下げた。
悩むロニング子爵家の中で、当の病人本人であるユリミヤが頷いた。
「私、これまでなんにも役に立てなかったから」
けれど自分の床にある姿をみて、誰かの心に残れるならと、ユリミヤ自身が微笑んだ。モニカの号泣とともに。
「シスコンにシスコンをぶつけよーとすんじゃねーですわ」
それはもう一つ。
「仮病に本当の病人をぶつけるんじゃあないわ!」
そんな当然の怒りであった。
そんな姉の怒りをなだめたのは、また弱々しく頬笑む、ベッドから起き上がれない妹であった。
モニカはナサニエルなどが相手にもならない、真のシスコン――妹想いだったのだ。
ロニング子爵家が話を引き受けたのは。
婚約は当然、ナサニエルの目を覚まさせる偽りであるが、その礼としてとある医療施設にユリミヤを入院させてもらえる事にもなったから。
貧しいロニング子爵家では伝手もなく入れることが出来なかった。
ロニング夫妻は末っ子の薬代のために貴族でありなからも内職をしていたほどで。領地の金には手を付けられないと、そこはエラルステット侯爵も心底から尊敬した。思えば学生時代、こういう男だから友人となっていたのだった。
自分の息子などは多くの小遣いを好き勝手に妹に貢いでいたというのに。
確かに兄に甘えて金にあかして高い化粧水や美容液を使っているマデリンは美しいが、こうして妹に献身的なモニカ嬢こそ気高く美しいのにと。
けれども息子のその曇っていた審美眼は。
本当に可哀想とはどういうことなのかを知った息子は。
ギリギリで真の美しさ――尊きものに気がつけた。
医療施設に入院した妹の付き添いで、その看護に手慣れていたことから施設に就職さえ決まったモニカ嬢に。
本当に甲斐甲斐しく、会いに行くようになって。
「職員の皆さんの休憩時に」
差し入れ持っていそいそと。
このお供には不満はないと、侍従さんも今や目も穏やかに。
そんな賄賂があれば職員の皆さまも微笑ましくモニカ嬢の休憩時間を多めにしてくれたり。皆、恋バナは大好き。
何故か菓子には詳しくなっていたのは、黒歴史でもあるが。
「……婚約は偽りだったのだが」
これは本当にした方が良いかもしれないと。
そしてマデリンはその偏食を治すために、また違う施設へと入れることになった。成人までは面倒を見ると妻に約束したとおりに。
けれどもそろそろ彼女も成長せねば。まだ十歳ならば、かろうじて間に合うだろう。パルマも申し訳ないと娘をしっかりと躾直しだ。
そう、マデリンはまだ十歳の幼さ。
早くに母を亡くして、長年一人っ子であったナサニエルにとって、急にできた妹という幼い存在の扱い方がわからなかったのも。そうしたところも色々と、だ。
婚約者であった方々も、幼い娘のわがままに張り合うのもと、呆れられての破棄でもあった。
友人のとある伯爵にも「仮病が本当になる前で良かったじゃあないか」と言われて、諭された。
「私は健康だけど、たまにで良いので、私を優先してほしい……」
そんなナサニエルに。
「まぁ、そろそろお断りの言い訳のネタもつきていましたし……」
頷く彼女だがそれでもやはりシスコンだった。
「式は、妹が歩けるようになってからでもよろしいですか?」
それはつまり。
モニカを抱きしめて嬉しそうに振り回す近い将来の義兄に、車椅子で動けるようになったユリミヤが微笑む。
長くベッドで寝たきりであった彼女は、今は歩くための筋力の回復も必要で。
今度は自分が姉のためにも、早く元気にならないと、と――。
現実を突きつけて目が覚める程度でまだ良かったね、というお話。大事。
世界観は
「病気だなんて、本当にお気の毒」
https://ncode.syosetu.com/n5751lw/
とちょっとリンク。
妹ちゃんの入院先とは、こちらのシリーズより。九州弁の強存在により回復であります。どちらも。良かったね。
ネタが湧いたからには書くのであります。




