神護女
村の子どもたちは、夕暮れになると輪を作って歌った。
神護女、神護女。
加護の中の通りは、いついつ出やる。
夜明けの番に、弦と瓶が滑った。
北の瀬面、誰。
歌い終えるたび、一人が輪の外へ出る。
それが遊びだった。
旅の若い書記は、その歌を帳面へ書き留めた。
「妙な歌だな。」
そう言うと、子どもたちは笑って逃げた。
村で一番年老いた女だけが、書記の手元を見て顔色を変えた。
「誰に教わった。」
「子どもらです。」
「最後を読んでみろ。」
書記は紙を見た。
北の瀬面、誰。
女はゆっくり首を振った。
「違う。」
「違う、とは。」
「その字を書いてはいけない。」
書記は笑った。
「字が違うだけでしょう。」
「字ではない。」
女はそう言って黙った。
翌朝、夜明け前。
書記は北の川へ向かった。
浅い瀬だった。
水は驚くほど静かで、空だけが映っていた。
何もない。
そう思ったとき。
岸に置いた墨壺が、小さく音を立てて倒れた。
それに続いて、筆を束ねていた弦が、水へ滑り落ちる。
ぽちゃん。
その音だけが響いた。
書記は思わず水を覗き込む。
映っていたのは、自分ではなかった。
顔だった。
男とも女ともつかない。
老人にも子どもにも見える。
目だけが、こちらを見ていた。
「……誰だ。」
その声は、水面から聞こえたのか。
自分の口から漏れたのか。
分からなかった。
数日後。
村を訪ねた役人は、書記の帳面だけを見つけた。
最後の頁には、子どもの歌が丁寧な字で記されている。
だが、一行だけ、墨で何度も塗りつぶされていた。
紙を光に透かすと、その下から文字が浮く。
北の瀬面、誰。
役人は、その行を破り捨てた。
「これは残すな。」
理由は語られなかった。
その後、その歌は少しずつ変わったという。
誰が変えたのか。
なぜ変えたのか。
それを知る者はいない。
ただ、子どもたちは今でも歌う。
けれど、最後だけは、もう昔とは違う
※「かごめかごめ」には地域ごとにさまざまな伝承や解釈があります。
東北地方では、方言として「籠の中の鳥が夜明けの寒い時間に、氷の上でつるつる滑っている」と受け取れるという話もあるそうです。
同じ歌でも、土地によってまったく違う情景が浮かぶことに惹かれ、この短編を書きました。
古い文献には、
かごめ かごめ
籠の中の鳥は
いついつ出やる
夜明けの番に(晩にと伝わるものもある)
つるつるつっぺぇつた
と書いて有るそうです。




