ヴァルクライヒ王国 標準年表
― 王暦1年〜602年 ―
備考:
本年表は、王国公文書館所蔵の公開行政記録を基礎とする標準年表である。
王統成立に関する非公開資料、王家内部資料、軍機指定文書、地方伝承、民間信仰、ならびに異邦人関連記録の一部は収録対象外とする。
記載地名および事件名称は、王国中央行政における現行表記に従う。
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第一期間 王権形成期
王暦1年
ヴァルク家による王権確立。
以後、ヴァルク家初代国王の即位年を起点とする王暦が採用される。
王暦128年
中央徴税制度整備。
地方貴族および都市共同体が保持していた徴税権の一部が、王権へ移管される。
これにより、常設行政機構の基礎が形成される。
王暦211年
王直属親衛軍設置。
王都防衛、王命執行、王族護衛を目的とする常設戦力が整備される。
後の常備軍制度の前身とされる。
王暦317年
王立造幣局設置。
銀本位制の運用が安定し、王国貨幣の統一が進む。
地方貨幣および領主発行貨幣は段階的に整理される。
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第二期間 拡張期
王暦418年
北方辺境において「未帰還事案」記録。
監察官補助員、護衛兵、現地案内人を含む調査隊が帰還せず。
王国中央記録では、異邦人関与の可能性が示唆される最古級の事案の一つとされる。
王暦423年
北方および西方小国に対する軍事遠征開始。
以後、複数年にわたり周辺小国および辺境領主領への軍事行動が継続される。
王暦425年
シュタインベルク侯領併合。
北西部街道の管理権が王国へ移る。
以後、北西方面の兵站整備が進む。
王暦426年
ヴァルデン辺境伯領併合。
寒冷草原地帯との接触地域が王国管理下に入る。
北方防衛線の再編が行われる。
王暦427年
アルテンフェルト伯領併合。
西方農業地帯の一部が王国領へ編入される。
穀物供給量の増加により、王国軍の常備化が進む。
王暦428年
南西内海沿岸のデル・サント公国併合。
同地はデル・カンペアドル領と改称される。
内海属領成立。
内海交易路の一部が王国管理下に入り、海上輸送および沿岸防衛の重要性が増す。
王暦431年
南部森林地帯にて監察官調査隊が消息不明。
当該地域の街道外調査が一時制限される。
以後、南部森林地帯は軍事演習、監察官調査、異邦事案対応における高危険地域として扱われる。
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第三期間 異邦事案記録期
王暦437年
王都近郊における「異邦出現」記録。
都市近郊における異邦人出現として、中央公文書に残る最古級の記録。
当時は拘束、聴取、身元確認を中心とした対応が行われる。
王暦438年
異邦人に関する暫定覚書作成。
異邦人の発見時対応、監察官への報告、地方司令部への接続手順が暫定的に整理される。
この時点では、異邦人は主に身元不明者および治安上の不確定要素として扱われる。
王暦442年
内海沿岸防衛軍創設。
デル・カンペアドル領を含む内海属領の軍事統制が強化される。
海上輸送保護、沿岸防衛、属領間連絡が主な任務とされる。
王暦521年
地方監察官報告書に異邦事案増加記録。
散発的な異邦出現が地方行政の負荷として認識され始める。
報告書内では、能力不明、言語不明、逃走事案、周辺被害の記録が増加する。
王暦524年
王都にて特別諮問会議開催。
異邦人への拘束、管理、処理をめぐる統一方針の検討が始まる。
監察官、軍、地方行政、計画官僚が参加したとされる。
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第四期間 処理制度成立期
王暦527年
軍制再編。常備軍拡張。
地方事案への即応能力強化を目的とする。
地方司令部の権限が整理され、軍の動員手順が文書化される。
王暦529年
異邦人特別分類文書制定。
異邦人は、出身、言語、年齢ではなく、能力、影響範囲、危険度によって分類されるようになる。
以後、異邦人対応は治安事案ではなく、能力事案として扱われる比重が増す。
王暦532年
異邦人処理方針に関する中央通達発行。
拘束よりも、周辺被害の抑制と危険対象の排除が優先される方針が明文化される。
現場における判断材料として、能力変質、逃走可能性、周辺被害、軍務への影響が重視される。
王暦535年
軍による異邦事案対応手順書作成。
監察官、地方司令部、中央官庁間の報告経路が整理される。
発見、確認、分類、処理、報告の手順が定型化される。
王暦538年
異邦人排除条項追加。
拘束困難、能力不明、または被害拡大の可能性が高い対象について、現地判断による処理が明文化される。
以後、対応班および軍による即時処理の制度的根拠となる。
王暦540年
軍による事案対応において、現地判断の即時処理を容認する通達が発行される。
監察官報告を待つ余裕がない場合、現場軍指揮官の判断で対象処理が可能となる。
南部森林地帯および辺境地域での運用が想定される。
王暦546年
地方監察官に即応権限付与。
初期報告、現地確認、地方司令部への接続が迅速化される。
監察官は命令権を持たないが、異邦事案における情報接続役としての重要性が高まる。
王暦563年
軍教範統一。
異邦事案対応は通常軍務とは別項目として整理される。
森林戦闘、拘束困難対象、ギフト保有者運用、報告様式に関する項目が追加される。
王暦571年
計画院設置。
当初は政策、財政、軍事計画の整合を目的とした調整機関として設置される。
後に軍需計画、兵站調整、国家資源配分を扱う中枢機関へ拡大する。
王暦587年
事案記録様式統一。
異邦人の能力、行動、被害、処理結果の記録形式が定型化される。
能力分類、接触状況、周辺被害、処理可否、処理者名、報告経路が標準項目となる。
王暦598年
南部森林地帯にて監察官報告書「地図更新」提出。
南部森林地帯における異邦事案対応のため、地形、街道、集落配置、河川、旧道、伐採路の再整理が進められる。
以後、同地域は異邦事案対応および軍事演習の重点地域として扱われる。
王暦602年
現行。
南部森林地帯において、集団転移事案が発生する。
地方監察官報告、単独処理者報告、地方司令部動員、軍による包囲作戦が接続される。




