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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

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追放され置き石で殺されかけた聖女は、置き石で復讐する

「リネット・ステイン! 自らを聖女などと称し、世を惑わせた罪で国外への退去を命じる!」


 王城に呼び出された私は、ルイド王国第一王子ディロス・ルトハイト殿下からこう宣言された。

 ディロスはその狐のような目で、私を睨みつける。


 私は下級貴族の出だけど教会から聖女としての力を見出され、十歳の時にその力を覚醒させる。

 それから六年。聖なる光で傷や病気を癒したり、汚染された川を綺麗にしたり、時には悩み相談を聞いたり、そんな活動をしてきた。

 おかげで私を聖女として慕う人が増えていき、大規模な慈善活動も行えるようになった。


 そんな私をうっとうしく思ったのがこの男ディロスだ。

 放っておけば、私が一大勢力を築き、後々厄介な存在になるとでも考えたのだろう。

 正直、想定の範囲内ではあった。ディロスは猜疑心の塊だ。自身の王太子としての地位を盤石にするため、あるいは影響力を見せつけるため、力をつけた貴族・聖職者・商人などを次々に追放や投獄といった目にあわせてきた。

 そのうち来るだろうなとは思っていたから、私は潔く受け入れる。


「……承知しました」


「抗弁しないんだな」


「はい、殿下に歯向かっても益はありませんので……」


 ディロスは得意げに笑む。


「よろしい。では規則に従って、三日以内に出て行ってもらおう」


「……はい」


 しおらしい表情をしたが、内心では喜んでいた。

 こんな王子がいる国で働くのはもうまっぴら。私の胸は早くも新天地への期待にときめいていた。



***



 三日後、私は小さな馬車で隣国への旅路を開始する。

 従者を務めるのは、クワイヤという青年だ。私と同い年で、教会でも付き人をしてくれていた。温和な顔立ちで、それはそのまま性格にも反映されている。

 国外退去における規則は大きく分けて三つ。


 三日以内に退去すること。

 従者は一人だけ。

 そして――堂々と隣国に渡ってはいけない。


 隣国に行くには普通は一般的な街道を通ればいいのだけど、私のように追放処分を受けた者はそうはいかない。罪人用の桟道(さんどう)を通らねばならない。

 険しい道を通り、道中で自分の罪深さを反省しろという意味合いらしい。

 崖に棚のように設置された険しい道を馬車で行く。木材がギシギシと音を鳴らす。私の長い黒髪と白のローブが振動で波打つ。

 しかし、クワイヤは御者としての腕前は確かであり、私は安心していた。


「ごめんなさいね、クワイヤ。私なんかに付き合わせて」


「いえ、聖女様にお付き合いできて光栄です」


「ありがとう」


「それに、私もあの王子には辟易していましたから。こうして離れられてせいせいしますよ」


「ふふっ、新しい国でもよろしくね」


「はいっ!」


 追放されたにもかかわらず、和やかなムードで隣国へ向かう。

 ところが、異変が起こる。


「ヒヒィィィィィン!!!」


 突如、馬が暴れ始めた。


「ど、どうしたんだ!?」


「クワイヤ!? 大丈夫!?」


「突然、馬が……おい、暴れるな!」


 クワイヤは馬を制御しようとするが、どうにもならない。

 馬車はあっけなく桟道から転落。私たちは真っ逆さま、崖の下まで墜落した。



***



 ……私は生きていた。

 全身の感覚がないが、かろうじて首は動いたので、辺りを見回す。

 状況は最悪だった。


 馬車は大破し、馬は死んでいる。

 そして、クワイヤもまた、一目で死んでいると分かる状態だった。


(どうして、こんなことに……)


 クワイヤが馬の操縦を誤ったのだろうか。


 ……分からない。何も考えられない。私はそのまま意識を失った。



***



 一年後、私は隣国グレイル王国の教会で働いていた。

 あの事故の後、私は通りすがりの人に助けられ、かろうじて一命を取り留めた。

 私が倒れていた場所はすでにグレイル王国領内だった。事情を説明すると、かつてのように“聖女”として教会で働かせてもらうことができた。

 ディロスの悪名はこっちの国にも轟いていたためだ。


 私には聖女としての癒しの力がある。教会にやってくる人たちにその力を振る舞い、少しずつ評判も広まっていく。

 追放されてひどい事故にあったけど、教会の神父様を始め、グレイル王国の人々はとてもよくしてくれた。

 このまま過去のことは忘れ、この国で静かに生きていこう。ひどい目にあったけど、私の中でも折り合いがつきつつあった。

 そう、あの時までは……。


 ある日、「懺悔をしたい」という方が教会を訪れた。

 こういう人は珍しくない。私はその方の顔を見ないよう、懺悔室に招き、カーテンを隔てて対面した。


「神の前で己の罪を告白するのです。そうすれば必ずや神も許してくださるでしょう」


「は、はい……」


 声からして男の人だと分かる。


「私は……人を殺しました」


 懺悔なのだから当然こういう告白もある。今更動じることはない。

 だが、次の瞬間――


「私が殺したのは、聖女様なのです」


 私の心臓が飛び跳ねるのが分かった。

 しかし、私はこうして生きているし、聖女とは神から力を授かった女性の総称。私のこととは限らない。


「いつ頃のことですか?」


「一年ほど前になります」


 時期も一致する。私は努めて冷静に問う。


「いったいどのような殺し方を……」


「“置き石”です」


「置き石……?」


 私は首を傾げる。


「我々は“聖女を殺せ”と命じられ、聖女様は馬車を使って狭い桟道を通ると教えられました。そこに石を置いたのです」


「石を置くぐらいで人を殺せるのですか」


「はい。小さく、なおかつ鋭く研いだ石を、馬が必ず踏むであろう地点にいくつも置いたんです。我々が見守っていると、予定通り馬車が通りかかりました。そして――」


 目論見通り、馬は置き石を踏み、暴れて、馬車は崖下へ転落した。


「その後、どうなりましたか?」


「あの高さです。馬車がどうなったか確かめる必要もないと、我々は国に戻りました。そして、仲間はみんな相応の地位や褒美をもらったのですが、私は罪悪感に押し潰されそうになり、国から逃げ出しました。今でも聖女様の顔や転落する馬車が夢に出てきます」


「そうですか……」


 もう確信できた。

 この男は私とクワイヤを崖から転落させた犯人たち――その一人なのだと。

 だけど、私にはもう一つ確認しておきたいことがあった。


「誰があなた方に命じたのですか?」


「ルイド王国の……ディロス王子です。聖女の力がむざむざ他国に渡るのも惜しいから殺せ、と……」


 答えを聞くと、聞くまでもない分かり切った答えだった。


「でも、なぜそんなことを聞くんです? 懺悔ってこんなに話さなければいけないんですか?」


 男の問いに答えてやることにする。

 ただし、口でではなく――


「こういうことです」


 カーテンを開けて、自分の顔をさらけ出すという形で。

 私の顔を見た途端、男は悲鳴を上げた。

 まさに死んだはずの人間を見たような、そんな絶叫だった。

 そして、そのまま男は倒れて、動かなくなった。脈も心臓も止まっている。手の施しようがない。


 懺悔したこの男は許すつもりだったのに。

 いや、そうじゃない。私は予測していたはず。私が顔を見せればこうなると。

 つまり、私は明確に殺人を犯した。それも私怨で。万民の救い手たる聖女が、最もやってはいけない行為だ。

 だけど、後悔はなかった。私は男の死体を見つめ、心の中でつぶやいた。


 神よ、本日より私はあなたに背きます――



***



 それからの私は積極的に慈善活動を行った。

 もちろん、慈悲の心からなんかじゃない。私には名を上げる必要があったからだ。

 あの懺悔を聞いてしまった以上、もう「静かに生きていく」なんてことは言っていられなくなった。

 教会に来た人に施しを与えるだけでなく、国のあちこちに出向く私に、神父様は穏やかに話しかけてきた。


「リネットさん、近頃精力的に活動なさってますね」


「ええ、おかげさまで」


 神父様が目を細める。


「しかし、私にはあなたが純粋に民を思って活動してるようには見えないのです」


 さすがに鋭い。

 私も恩人に嘘はつきたくなく、正直に答える。


「はい、私は明確な目的があって、癒しを与えています。それも決して清らかな目的ではありません」


「そうですか……」


「いけないでしょうか?」


 神父様は首を横に振る。


「いいえ、そんなことはありません。あなたに何か目的があるのであれば、私はそれをかげながら応援しますよ」


「ありがとうございます」


 神父様が目的を聞かないでくれたことがありがたかった。

 きっとなんとなく察しているのだろう。私の“目的”を――



***



 しばらくして、昼下がりに教会の前に馬車がやってきた。

 グレイル王国の国旗が掲げられた、豪勢な馬車だった。

 そこから従者とともに降り立ったのは信じられないくらい“綺麗”な人だった。


 やや跳ねのある淡い金髪、雪のように白い肌、穏やかな(みどり)の瞳。白いシャツと群青色のマントを身につけ、神秘的な雰囲気すら漂わせる。


「私はグレイル王国第一王子ファーレン・グリューエルと申します。こちらに聖女様がおられると聞いたのですが……」


 第一王子――ついに私が求めていたものが来た。すなわち、権力者。

 しかし、物欲しそうな顔をしてはならない。私は心の中で咳払いをして、聖女として応じる。


「この教会にいる聖女といえば私ですが……」


「あなたが……。お会いできて光栄だ」


 右手を差し出され、私は握手で応じる。

 その右手は、まるで死人のように冷たかった。

 よく見るとその白い肌も、あまり血が通っているようには見えず、はっきり言ってしまうと病的な印象さえ受けた。


「あなたは神から与えられた力で人々に癒しを与えてくれるという。私も最近体調を崩していて……ぜひお願いしたい」


「分かりました」


 いつもやっているように、私は両手から発する光でファーレン様の全身を癒す。

 ファーレン様は温かな笑みを浮かべる。


「ありがとう。だいぶ楽になったよ。聞きしに勝る力だ」


「いえ、そんな……」


 これがリップサービスだというのは分かっていた。確かに楽にはなっただろうけど、完全な快復にはまるで至っていない。

 私の癒しはさまざまな怪我や病気に効く。しかし、この人の体は癒している手応えを感じなかった。穴のあいているコップに水を注いでいるような感触だった。こんなことは初めてだ。

 聖女として歯がゆさを感じた私は打算抜きで提案してみる。


「あの、これからも教会に来てくださいませんか? 何度も癒せば、あなたの体をもっと健康にできると思います」


「あなたがかまわないと言うのなら、喜んで」


 ファーレン様は馬車に乗って帰っていった。その背中はとても将来国を背負えるようには見えないほど、細く、小さく、頼りなかった。


 それからも、ファーレン様は週に一回程度のペースでやってきて、私は癒しを与えた。

 そんな中で数々の会話を交わす。


「国王陛下の代行業務までこなされているのですか。ご立派ですね」

「我が王家は早く国の力になることを求められるからね」


「リネットが我が国に来てくれて本当に嬉しいよ。どうかこれからもこの国にいて欲しい」

「もちろんです、ファーレン様」


「王国の未来について、何か展望はあるのですか?」

「民のために精一杯働き、培ったものを次世代にしっかり受け継いでいきたいね」


 ファーレン様は聡明な方で、雑談をするのは楽しかった。私も精一杯癒しを与えた。

 だけどやはり、ある程度の癒しにはなるのだが、根本的な回復になっていない。それに言葉の節々から「自分は長生きできない」というニュアンスを感じられる。

 聖女の力をもってしても癒せないとすると、考えられるのは……。

 ある時、私は思い切って尋ねてみた。


「あなたは……何か“呪い”のようなものにかかっていませんか?」


 ファーレン様は答えない。だけど、沈黙は肯定を意味している。かかっていないのならそう返事すればいいからだ。


「やはりそうなのですね」


 念押しすると、ファーレン様は観念したようにうつむいた。


「私にその問題を解決させてくださいませんか」


 すると、ファーレン様は首を横に振った。


「それはダメだ。君を犠牲にしたくない」


 よほど強力な呪いにかかっているらしい。

 だけど、こんな状況は私にとっても願ったり叶ったりといえる。

 私も腹を割って話すことに決めた。


「ファーレン様、はっきり申し上げましょう。私がこの国で精力的に活動しているのは、決して神の使いとしての慈善的な動機からではありません」


「どういうことだい?」


「私にはある目的があり、それを成し遂げるには権力者の協力が必要です。例えば、あなたのような……。早い話、私はあなたに恩を売りたいのです。そのチャンスをください」


 ファーレン様は考える仕草を見せ、やがて私の目を見た。


「では、一緒に来てくれ」


「……はい」


 私はファーレン様とともに馬車に乗り、王城へと向かった。



***



 グレイル王国の城は、ルイド王国と遜色ない豪奢さで、実際に国の統治も上手くいっている。

 だけど、どこか活気がなかった。

 ファーレン様は私をエスコートしつつ、“呪い”について教えてくれた。


「これは最高機密(トップシークレット)だ。そのつもりで聞いて欲しい」


「もちろんです」


「私の祖先である初代国王は、王になるために悪魔の力を借りた」


「……!」


 私は息を呑みつつ、話を聞く。概要はこうだ。

 どうしても王になりたかったファーレン様のご先祖は禁忌の術を使って“悪魔”を呼び出した。

 そして、こんな契約を持ちかけられる。「お前を王にする代わり、お前の子孫は代々短命になる」と。

 自分が王になれれば子孫など知ったことではない。それを快諾したご先祖はグレイル王国初代国王となった。代償として王家の血を継ぐ者は長く生きられない定めを負ってしまう。

 生きられるのはせいぜい三十代まで。ファーレン様のお父上も、最近はベッドから起き上がることもできなくなっているという。


 しかも、その悪魔が眠っている石は城の奥深くに今も鎮座している。

 この呪いを解くには、悪魔を屈服させた上で、石を破壊するなり、譲渡するなりする必要がある。

 もちろん、王家の人々はこの呪いを解こうと尽力したのだけど――


「――悪魔の石に挑戦した者はみんな死んだ。どんな高名な聖職者も敵わなかったんだ」


 他にも、呪いの抜け道を探す試みもあったそうだが、やはり効果はなかったとのこと。

 いつしか王家はこの呪いを受け入れた。短命な一族として覚悟を決め、国家を統治することに決めた。

 どうりで城に活気がないわけだ。王やその血族が早死にし続ける城で、心から明るく振る舞える人などいないだろう。


「……以上だ」


 ファーレン様が私を見る。私を助けるのは諦めて欲しい、と言うかのように。

 だけど、私は諦めるつもりなどなかった。


「私に任せてください」


「ダメだ! 君を死なせるわけにはいかない!」


 ファーレン様が怒りの形相を見せる。


「私に恩を着せたいというのなら、もう十分だ。私は君の力になろう。それに君は死んではならない。君が死んだら、これから先君が救うであろう大勢の人々を救えなくなる」


 ……お優しい方だ。

 自身の死期を悟っているからというのもあるだろうけど、なるべく未来に多くのものを残したいのだろう。私の存在もその一つ。

 だけど、私にも考えがあった。私のやりたいことには、ファーレン様という権力者と、もう一つ“悪魔”がいると非常に都合がいい。


「やらせてください」


「リネット……!」


「やらせてもらえないのであれば、王家の機密を知った者として、この場で私を処刑してください」


 本当に命を懸けたわけじゃない。

 こう言えばファーレン様がどう答えるか分かっているから言えた台詞だ。

 我ながらずるいと思う。


「分かった……。案内しよう……」


 悪魔の石がある部屋に到着する。厳重に閉ざされた扉を開くと、石は木造の机の上、台座の上に置かれていた。実に堂々としており、ふてぶてしささえ感じる。

 見た目は、両手で持てるほどの大きさで、つややかに黒光りする美しい石だった。“王家の秘宝”と言われればそのまま信じてしまいそう。

 しかし、分かる。内側から尋常ではない禍々しさを漂わせている。触れればすぐさま中の悪魔は襲いかかってくるだろう。

 だけど、ためらいはなかった。私にとって、悪魔など“通過点”に過ぎないのだから。

 私は右手で石に触れた。

 心の中に声が響く。低く、おぞましい声だ。


『なんだ貴様は……?』


 私は心の中で答える。


「聖女よ。あなたが王家にかけた呪いを解きに来たの」


『我の呪いを? ククク、愚かな……これまで我は幾人、幾十人もの聖者を相手にしてきた。いずれも心に光を宿した、対悪魔に特化した者どもだった。だが、我の前にはなすすべなく敗れ、苦しみ死んでいった。その中には聖女と呼ばれる者もいた。貴様も奴らのようになるであろう』


 久しぶりの挑戦者が嬉しいのか、やけに脅してくるけど、私ももう腰を据えている。


「じゃあ、勝負しましょう」


『よかろう……貴様の魂を喰らってくれる!』


 “心の中の世界”というべき場所で、戦いが始まった。

 悪魔は自らの力を放出し、私も持てる力を出す。

 ここで悪魔はさぞ面食らったことだろう。


『ぬ……!?』


 なにしろ私は聖女でありながら、心に光など宿していないのだから。


『こ、これは……!?』


 今の私の心には復讐心しかない。

 私を追放し、殺そうとしたディロスへのどす黒い念で一杯だった。

 容易く“殺人”まで犯せるほどに。

 聖なる力を授かりながら心は黒く染まっている。悪魔もこんな聖女は相手にしたことがないだろう。


『うおおおおっ……!?』


 程なくして勝敗は決した。

 あぐらをかいて王家の命を吸い続けた悪魔と、神に背を向け復讐に向かって全力で突き進む聖女(わたし)

 勝負にすらならなかった。

 私は悪魔を屈服させた。


『我の……負けだ……!』


「だったらグリューエル王家にかけた呪いを解いてちょうだい」


『わ、分かった……』


 これでファーレン様は普通の人間並みに生きられるはず。


『もはや我はあなたの(しもべ)も同然……魔界に帰れと言われれば帰ります』


 ずいぶんしょぼくれてしまった。まあ悪魔とはこういうものだ。自分より弱い相手にはとことん強いけど、一度敗れたらとことん従順になる。

 ここで私が「帰れ」と言えば言う通りにするだろう。

 だけど、私にはこの悪魔を使ってまだやりたいことがあった。


 心の中での対決を終えると、ファーレン様が出迎えてくれた。


「リネット、無事だったか! ところで私の体の血の巡りが急によくなったんだが……」


「悪魔は屈服させました。ファーレン様のお父上もじきに回復するでしょう」


「本当かい!? あ、ありがとう……!」


 ファーレン様の笑顔に、私も笑みを返す。

 だけど、これは“通過点”に過ぎない。

 私は今や煮るも焼くも自由となった悪魔の石を持ち上げる。


「ファーレン様、あとはこの石を破壊すれば、万事めでたしというところですが……」


 私はファーレン様を見据える。


「私はこの石を使いたいのです」



***



 一ヶ月後、ファーレン様はルイド王国のディロスに会談を申し込んだ。

 名目は「今後ますます繁栄するであろうルイド王国にぜひ付き従いたい」というものだった。

 ディロスはこれを快諾し、会談は無事執り行われることとなった。


 私は灰色のローブを着て、ヴェールで顔を隠し、ファーレン様の従者としてルイド王国に乗り込む。黒光りする石が入った箱を持って。


 会談は王城の謁見の間で行われる。

 久しぶりに見るディロスは上機嫌だった。

 当然だろう。一国の王子がわざわざ自分にへりくだりに来たのだから。この手のシチュエーションは、この男の大好物だ。


「ルイド王国未来の支配者としては、ぜひ貴国とは仲良くしてやりたいものだな」


 こんな短い言葉の中にも“支配者”だの“仲良くしてやりたい”だの、普通の会談であれば失言レベルのフレーズが混ざる。

 だけど私もファーレン様も気にしない。会談の内容などどうでもいいのだから。


「未来のルイド王たるディロス殿に我が王家に伝わる秘宝を差し上げます。これを城内のどこかに置いてくだされば、ルイド王国の繁栄は間違いないかと」


 ファーレン様に促され、私自らが石を手渡す。間近で見ると、その狐のような目は相変わらずだった。


「どうぞ……」


 ディロスは私に気づくことなく石を受け取る。一目で気に入ったらしく笑顔になる。


「なかなかいい石だ。よろしい、そこの台座に置いておいてくれ」


 玉座の近くにある台座に、私は石を置いた。これが今日ここに来た目的の全てだ。石の譲渡は成り立った。


 その後は会談を滞りなく済ませ、私とファーレン様はグレイル王国へと帰還する。

 馬車の中でファーレン様が私にささやく。


「終わったね」


「ええ、終わりました」


 私もうなずく。


「これで君の目的は果たせたというわけだ」


「はい。私と……もう一人の復讐を果たすことができました」


 馬車が揺れる。


「これからどうするつもりだい?」


 何も決まっていない。私は沈黙する。


「もし何も決まっていないのなら……私と結婚してくれないか」


「え……?」


 あまりにも思いがけない言葉だった。


「別に君に助けられたからという話じゃない。君の癒しの力は手元に置いておきたいし、なにより目的に向かって邁進(まいしん)する君の精神力は必ずや王家にとって有益になる。悪い話じゃないだろう?」


「ですが……私は聖女として、あるまじき罪を犯しました。懺悔した人間を死に追いやり、今もまた……」


 ファーレン様は微笑む。


「私も同罪だよ。君の話を全て聞いた上で、協力することを約束し、悪魔を彼に押しつけた。罪人(つみびと)同士、仲良くやっていこうじゃないか」


 私を傷つけないような言い回しをしつつ、巧みに口説いてくる。

 呪いが解けて以降、ファーレン様はすっかり逞しくなった。

 以前の優しさは保ったまま、王族としてのしたたかさを兼ね備えている。

 私もそんな彼に心惹かれていた。“共犯”同士、生きていくのも悪くない。


「では……喜んで」


「ありがとう」


 御者を務めている老紳士もファーレン様お付きの側近中の側近である。


「お二人とも、おめでとうございます」


「ありがとう」


「ありがとうございます」


 頬がほのかに熱を帯びる。馬車に揺られながら、私たちは少し肩を寄せ合った。



***



 ディロスと私の暗殺に関わった者たちは全員死んだ。

 私は悪魔にこう命じていた。


「私を追放した後、私の殺害に関わった者たちを全員亡き者にしなさい」


 ――と。

 まず、桟道に置き石をして馬車を転落させた連中は次々に不審死を遂げた。

 さらに悪魔の計らいか、黒幕であるディロスはそれだけでは済まなかった。

 九十日間、生きるか死ぬかの高熱に苦しみ、どんな治療も効果はなく、寝室で呻き続けたという。

 最期の日、彼は胸を激しくかきむしりながら、体内の“全て”を吐き出して、息絶えた。

 寝室には大量の血液と内臓が飛び散り、その様は真っ赤な花のようであったと伝えられる。

 悪魔はそれを最後の仕事とし、魔界に戻り、悪魔の石はただの石になったはずだ。


 王子ディロスの末路――その凄惨さを哀れみはするけど、やりすぎたとは思わない。

 だって、わけも分からぬまま命を落としたクワイヤに比べたら、どれだけ幸せな死に方であることか。

 ディロスの死を聞いた時、私はあえて小さく声に出した。


「クワイヤ……仇は取ったよ」


 隣国の王子の死に対し、一応聖女として喪に服した後、私はファーレン様と結婚した。

 頼もしくなったファーレン様はやがて立派な王となり、私もまた聖女の力を持つ王妃として生涯、彼を支えた。

 グリューエル王家は、今後は長寿の家系として栄えていくことになるでしょうね。






おわり

お読み下さいましてありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
悪魔がいて現実に力を及ぼしていると言うのに、聖女に自力で復讐をさせるなんて、神は何をやっているんだろう。
悪魔にとっても復讐に染まった聖なる力というトンデモ物件に敗れる羽目になったのは、そんな彼女を生み出した仇共なので、間接的復讐に力が入ったことでしょう。 コイツらが余計な事をしなければ、呪いで一つの血を…
殺らない善より殺る偽善……!
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