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新緑の路

 俺は御者をしている。小さな幌馬車でいつもの退屈な道を走っている。俺の人生には小さな変化しかない。

「あたたかくなってきたな」

「うん」

 今日の客は、カップルのような男と女だ。旅慣れた様子で、運賃を300ギルドも値切りやがった。行先は本当に片田舎のちっちゃな村だ。わざわざ訪れる人などいないような村だ。俺に名前すら覚えられていない。

 道は土色。その周りは新緑の草原。春の草花がてんてんと咲いている。黄、青、白。ここの土地は特に青い花が多い。名前も知らないが。

「小鳥がないてらぁ」

「ちゅん、ちゅん、じゃないのね。ひーよ、ひーよ」

「噂じゃ、おー、おけきょっって鳴く鳥もいるそうだぞ。法華経っていうんだって」

「念仏でもその鳥、唱えてるの? 暗いわねー」

「神様に祈ることは暗いことじゃないよ」

「あら、今を歌うことこそ、明るいことなのよ。ここの鳥みたいに」

 男はこちらへと声を飛ばし。

「なぁ、おっちゃん、ここの鳥ってなんて名前なんだい?」

 急にこちらに話を振るな。バカップル。

「さあて……」

 曖昧な返事に、知らないことを溶かした。しかし鳥の名など知ってどうなるのだ。どうするのだ。

「ぴーよぴよ」

 頭の軽そうな女は鳥の鳴き真似を口ずさんでいる。

「ここの春は良いねぇ」

「ひーよひよ」

「命が芽吹く瞬間っていうのかな。これがあるから熱い砂漠の夏も、寒い山の冬も過ごせる気がする。春があるから、命の祝福があるから、俺たちは生きていける」

「ひーよひよ」

「なんて青くさいな。そんなこと言うのは、じいちゃんになってからで良いな。今日は日向ぼっこを楽しもう」

「ひーよひよ」

 女は鳥の鳴きまねをしているが、それが徐々に音量を高め、メロディーを作り始めた。そう思った瞬間、女の口から歌が咲いた。馬のひずめのリズムに合わせて、春の草から喜びだけを濾過したようなメロディ。澄んでいて柔らかく、それでいて確かに強い声。男はそれに気づくと、おしゃべりを止め、しばしその歌に聞き入っていた。俺も聞き入っている。だが、なにかごそごそやり始めた。思わず振り返ると、男は馬の頭を模した装飾のついた楽器を手に取っていた。

 馬! 慌てて前の馬車を動かす馬へと視線を動かす。俺は完全に女の歌にやられていた。道の注意を怠っていた。だが、平凡な田舎道は何事もなかったかのように続いている。ほっとして、心もち穏やかになった馬の手綱を御していると、その男の楽器の音が響いた。はるか東の大国の優雅な大陸の音で、その音にも拘らず、どこかこの地の民族楽器的なメロディを奏でている。それがすこぶる自然に聞こえている。腕は立つのだろうが、この土地を愛し、この土地の音楽に馴染まなければ作れない音だった。

 女の歌がそのメロディーに合わせて響く。確かに春の鳥の歌のような、ただ春の空にあることを喜んでいる、そんな弾む歌だった。

 馬は気持ちよさそうに草原を駆け、風を俺のほほに運ぶ。風は歌を乗せ、草の香りが流れる。黄と青の花がきらきらに輝き、空は水色。雲は薄白。柔らかな穏やかな一日となった。

 俺は御者をしている。小さな幌馬車でいつもの退屈な道を走っている。俺の人生には小さな変化しかない。そんな小さな変化の中でこんな日があってもいい。

 そうだ。村に着いたら、ここにいる鳥の名前を訊いてみよう。

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