Ⅱ-3(英)紅茶とクッキー
ローズはビルの5階にある一室の前で足を止めた。
私も彼女達も見つめる事が会話だ。言葉での会話では分かり合えない。どうすればイイ?
(コンコン)
「ローズ・マレット少尉」
クリフトンは少しだけ顔を動かして答えた。
「・・・入ってくれたまえ」
『きゃ~~、来た来た~』
ローズは入室すると、傍らのクリフトンには目もくれず姉妹に向かう。
「空軍少尉、ローズ・マレットですわ。これから貴官たちの上官として任務に当たらせてもらう事になりましたの。早速ですけど面談をします。よろしいかしら?」
「少尉、この二人については、まずは私から・・・」クリフトンは言いかけて声を失う。
ローズの目を見てしまったのだ。
「結構ですわ。本人が目の前にいるんですもの。お話があるなら後にしていただける?」
「あ、先生をばかにした~、それって良くな~い」
「何だかカチカチの人ね~、大丈夫なの?こんな娘が隊長で」
ローズが一歩出る。ミラとメイは半歩だけ下がった。
「メイ、この娘は普通じゃない・・・」
「うん、分ってる、でも何なの?メッセージが多すぎる!
「・・・受けきれないわ!」
「メイ!教えて!どうすればイイの!?」
「分らない、分らないわ!何も感じられない!」
二人はパニックに陥ってしまった。姉妹にとってインスピレーションを感じないのは、普通の人間が盲目になったのと同じだ。
ローズの驚きも激しかった。この二人はローズが何をしようとしたのか、その範囲まで知っている。
その驚きを隠しもせずもう一歩踏み込んでメイの頬を平手で打った。メイの顔に驚きの表情が浮かぶ。
クリフトンは思わず立ち上がる。
「やっちまった・・・なんて事だ・・・」
ミラがローズの頬を打つ、ローズは瞬きもせずに受ける。そしてまたメイを打った。
メイはもう涙をボロボロ流してしゃがみ込んでいる。
ミラがまたローズの頬を打った、ローズは床に両手をついているメイの頬を打つ。
ミラが打つ、メイが打たれる。
ついにミラが涙でくしゃくしゃになった顔でローズに殴りかかる。ローズは抱きしめ、しゃがみ込んだ。すぐとなりにはメイがいる。
二人を抱きしめた。二人はただ泣き続けた。
クリフトンは驚きながらも自分がするべき事を行った。紅茶とクッキーを準備する事だ。
◇*◇*◇*◇*◇
二人の泣き声がしゃくり声に変わり、それも治まったころ、紅茶の香りが漂い、ローズの胃が微かに音を立てた。
途端に弾けるように三人は笑い始め、クリフトンを含めて笑い続けた。
「少尉のお腹がクッキーを欲しいって言ってるからお茶にしようか」クリフトンの声に三人は席に着いて紅茶を口にする。
黙々と、ただにこやかに、クッキーと紅茶を口にする。
「隊長、面談は?」
メイが学校の先生に聞くようにたずねる。
「あぁ、もう必要ないわ」
「えー、なんでぇ?」
ミラがつまらなそうに声を上げる。
ローズは軽く目を閉じ、口元からカップを離して答える。
「二人が紅茶を好きか聞きたかっただけですもの」
ミラとメイは顔を見合わせて、また笑い出した。純粋な笑い声だった。
あの手に負えない時の笑い声とは違う、この娘ら本来の笑い声なのだろう。
クリフトンはメイとミラが居場所を見つけたと感じた。光に包まれたような気持ちだった。
ふとテーブルを見てニヤリとする。
「紅茶とクッキーで、おちゃのこさいさいって事だな」
クリフトンは笑い出したが、ミラとメイは苦笑いしただけだった。
そして、ローズも感じていた。( 私もやっと居場所をみつけた )と。
路地を見下ろす出窓には先程の猫がうたた寝をしていた。