Ⅰ-3(独)襲撃
大戦が勃発してから西部戦線は本格的な軍事衝突もなく、フランスのジャーナリスト、ローラン・ドルジュレは「奇妙な戦争」と称した。
フランスはマジノ線を頼みに守りを固め、これによって戦いの主導権を放棄してしまったといえる。
一方、ドイツでは西方戦役に向けて、黄色作戦、赤色作戦の準備が整いつつあった。
そのような状況の中、フランスから発進した9機の戦闘機編隊があった。低空を這うように東へ向かう。
6機はホーク75。アメリカのP-36を輸入したものだ。
基本性能では劣るものの、低空での上昇力と運動性に優れており、昨年の戦闘ではドイツ機に対するキルレシオが常に優勢だった機体である。
残る3機はスピットファイアだった。
史実上この時期にスピットファイアがフランスに派遣された記録はない。
この3機はMK.Ⅰに改修を加えて性能を向上させたMK.Ⅱであり、対ドイツ軍機のテストとして実戦投入されたのだった。
◇*◇*◇*◇*◇
「敵襲!戦闘機出せ!!」「対空銃座どうした!!」
9機の敵機による強襲はこれ以上ないタイミングで行われた。
基地は銃撃音と爆発音、悲鳴と怒号に包まれ、パニック状態となっている。
アンナが空を見上げて叫ぶ。
「スピットファイアだと!?」
駐機している機体だけでなく基地設備や逃げ惑う兵士にも銃撃が加えられている。
負傷兵を運ぼうとしてアンナが怒鳴る
「ラル!コイツの足を持て!何をしている!早くしろ!」「ええぃ、誰か手を貸せ!」
「ラル、早くッ!」エマも声をかける。
銃撃をうけて倒れていた兵士がラルの足を掴む。
「ひっ!」
「た、助け・・・」兵士はすがる目で助けを求めるが、ラルは声すら出ない。
「ぐ・・・」兵士の目は光を失いつつある。
ラルは動けない。兵士は目を見開いたまま死んだ。
ラルは左右を見渡した。パニックの為か視界が狭くなる。次第に何も見えなくなる。
立っていられない、思わずしゃがみこんで強く目を閉じる。再び目を開ける。
機銃の掃射音、うめき声、エンジン音、爆発音、どこか遠くから聞こえてくるようだ。
まるで現実感がない・・・突然、目に見える全てがスローモーになった。
「これは・・・私はどうなったの・・・」
迎撃に飛び立とうとするBf109が地上撃破される。
何とか離陸した機体も一方的に敵機に追われている。
「我々の機体を掩体壕から出せ!」アンナ隊長の叫び声にラルは我に返った。
「無理だ!」若い整備兵も叫ぶように応える。
アンナはさらに言う「今しかない!敵機が離陸した機体を追っている今なら!」
駆け寄った年配の整備兵がアンナの目を見る。
アンナも見返した刹那、二人の顔に驚きが走る。
年配の整備兵は大声で叫ぶ
「機体を出せ!エンジン回せ!!」
エマに搭乗を指示しているアンナがラルを見た。
「今、目の前にあるのが戦争だ!戦わずしては何も守れん!生きたいのなら来い!!」
ほとんど無意識に走った。自分の機体へ。
メッサーシュミットBf109が3機、再び空に戻る。
戦場に似つかわしくないカラーリングの機体は、機銃で武装した最も獰猛な存在、駆るは特殊戦闘隊。