Ⅰ-2(独)特殊迷彩
前線慰安の任務が命ぜられた4日後、特別仕様の機体が飛行場に準備されたとの連絡が入った。
エマは早速、飛行場へ向かう。
そこでエマが見たものはピンクに塗装されたメッサーシュミットBf109だった。
濃淡のピンクで迷彩が施されている。
「戦闘機なのに・・・ こんなカラーリング・・・」
こと戦闘機については硬派なエマはめまいを感じながら、機体に近づいて驚愕と歓喜に包まれた。
機体は最新型Bf109Eだった。てっきりお古のCかDだとばかり思っていたのに。
Bf109はメッサーシュミット社の前身であるバイエルン航空機製造(BFW)によって開発され、大戦を通じてドイツ主力戦闘機として活躍した傑作戦闘機だ。
設計思想は小型軽量の機体に大馬力エンジンを搭載した速度重視の一撃離脱である。
初飛行は1935年。1937年のスペイン内乱にB~D型を投入し、そのノウハウを活かして開発されたのがEタイプ、1940年のこの時、最新型にしてドイツ最強の戦闘機である。
「戦闘を伴わない飛行ならばEタイプである必要はないわ。1機でも必要な時に・・・どうして」
困惑しながら機体をチェックする。
コクピット横に描かれたブラウヘルツ(青い心臓)が、エマに更なる歓喜と困惑を与える。
エンジンはDB601。ダイムラーベンツ社の液冷倒立V型12気筒エンジンで、直噴ポンプを搭載しており逆Gでも燃料がスムーズに送られる。戦闘時には大きなアドバンテージだ。
武装は機首にMG17 7.92ミリが2丁。これが隊長が無理を言って乗せた機銃だ。
「Bf109E・・・これなら、充分だわ」自然と笑みがこぼれる。
「いずれ20ミリを積めばどんな作戦でも戦える・・・」
エマは受領のサインをして、改めて機体を見た。
ため息をついてガクリと下を向く。
「でも・・・ピンクなのよねぇ~」
事務局という名の特戦隊室へ戻った。ひどく疲れを感じる。
「はぁ~」大きなため息をついて机に突っ伏すと、栗色の髪がさらさらと流れる。
しばらくそのままでいたが、ふと食事をしていない事を思い出した。外へ出ようかと考えていると、ラルが戻ってきた。
何ともいえないような顔をしてソファーに腰を下ろす。何やら落ち着かない様子だ。
エマがランチの話をすると、ラルもまだ食べていないらしい。
二人並んで廊下を歩く。ラルが歩くと亜麻色の髪が揺れる。
髪の手入れだけは怠らないのがラルのポリシーだ。ラルの身長は145cm、エマより頭一つ分小さい。
沈黙に耐えられないというようにラルがエマに話しかける。
「エマさん見た?私たちの機体・・・」
エマは(来た!)と思ったが、努めて冷静に答える。
「見ましたよ、素晴らしいですねEタイプですよ」
「・・・そうじゃなくて、カラーリングですよぉ~」
エマはさらに冷静に、そして先輩としてできるだけさらりと返す。
「あぁ、マスコット機とはいえアレはありませんね。ヘルツのマークは光栄ですが、ピンクの機体なんて聞いた事がありません」
ラルは困惑した子供のようにおずおずと答える。
「私は嫌いじゃないけど、上層部のオジサン達が真剣に考えたと思うと、ちょっと・・・」
「でも、隊長が粘って7.92ミリを搭載しましたから、れっきとした戦闘機です」
エマは自分にも言い聞かせるようにキッパリと言う。
「それより、隊長は何て言うかしら・・・怖くてきけない~、どうしよう」
ラルは意外と隊長の事を気にしているようだ。
「そうですね。私から報告しておきましょう」
とは言ったものの、確かに言いづらい。隊長は何と言うだろう。
隊長がどんな反応をするだろうか、二人で話していると、アンナが突然現れた。
「なんだ、ここにいたのか」
『ハイィッ!』二人は直立不動の姿勢となり、同時に答える。
「どうした?二人そろって」
「イエ、アノ、その、食事がまだで・・・」
いつもは冷静なエマもしどろもどろだ。
「そうか、食事は体調管理の面でも重要だぞ」
「ハイ。そ、それでは行ってきます」
そそくさと二人が行こうとすると、背後から声が追いかけてくる。
「見たか?」
『エッ!?』
「特別仕様の機体だ」
『ハ、ハイ・・・』
マズイ、これはかなりマズイ。既に機体を見て来たに違いない。
「あれはまぁ・・・なかなか良いな」
『え゛ぇ~!?』
「どうした?じゃ、先に行ってるぞ」
『隊長はあんなのが好みだったのか・・・』
◇*◇*◇*◇*◇
丁度その頃、フランスにイギリス大陸派遣軍の一隊が到着した。
着陸態勢に入った機体は、ハリケーンとは明らかに違うシルエットだった。