Ⅲ-1(日)特務911部隊
航空隊本部の衛兵はバイクの音に気付いて目を向けた。
「特務か・・・」
一切が秘匿されている特務飛行隊。新兵器の実験部隊だとか、空技廠の戦術研究部隊だとか、色々と噂されている。
航空隊参謀の直属部隊として、隊員は僅かに3名を数えるだけである。
下士官1名と兵2名というのも異常だった。
バイクに乗っているのは、過去に何度か見た事がある隊員だ。
いつもと同じく、飛行帽とゴーグル、鼻から下を覆うマフラー。
まるで、これから搭乗するようないでたちだ。今日も相当な速度から急停車して建物へ向かう。
動きは滑らかで、ドアを開けて入る動作など目を疑うほど早い。さすが特務と言うべきか。
だが、その動きはしなやかでどこか違和感を感じさせた。
( コンコンコン )
「特務一等飛行兵、高杉」
「入りたまえ」
( ギッ、バタン )
「早かったな、ここでは楽にしてくれ」
特務一等飛行兵はマフラーを引き抜くように外して息をついた。
「ぷふぅ」
肩まで届かない黒髪、前髪は持ち上げ、頭上で赤い飾りのついたゴムでまとめている。
ぐっと襟を開くと胸を覆ったサラシが覗く。
目は大きくややきつい。挑むような視線がそう感じさせるのか。
どうしてこの女の唇はこんなに紅いのだろうといつも思う。
視線が女のそれとぶつかり目を逸らす。
「10月だというのに暑いな。どうだ、調子は」
「緊急って聞いたんだがねぇ」
「まぁ、そう言うな」
「高杉銀子一飛、命令が出た。特務911部隊はドイツへ飛んでもらう」
「なんだいそりゃ。くだらない事言ってないで、用件を言っておくれよ」
「用件は伝えたとおりだ。吉田一飛曹、高千穂二飛にも伝わっている頃だ」
「私たちを別々にして伝える必要なんてあるのかい。ウチの隊長の面子はどうなる?」
「吉田君には済まないが、今件は外務省も絡んでいる上に、極秘中の極秘なんでな」
「で、ドイツで一体何を?・・・ま、いいか。あたしは特務だからね。了解だよ」
「それに伴って全員階級が二階級上がる」
「そうかい」
「階級に興味が無いようだが、ドイツに行って君らが指揮をとる事態も考えられる。
吉田君も少尉なら12機を指揮下に置けるからな。技量では絶対に負けないはずだ。ドイツで恥をかかせる訳にはいかん」
「わかった、わかったよ。感謝してるよ」
「搭乗機の件だが・・・零戦二一型が生産に入る。そのうち三機を特務へ配備する予定だ」
「本当かい!?」
「本当だ。一一型でよかろうが、既に生産数も納入先も決まっていてな・・・。零戦を受領したら、ロシア経由で東から入ってもらう。部品その他はシベリア鉄道で輸送される予定だ」
「ロシア経由・・・飛行経路は?どうするつもりだい」
「ロシア、いやソビエト連邦だったな。国際連盟を除名されて孤立しているし、不可侵条約を結んだドイツからも口利きをしてもらった。無碍にはできまい」
「経路は、リンシからイクルーツク、オムスク、モスコー・・・そしてベルリンだ」