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セラの森  作者: 奥森 蛍
9章 イリディグアの滝
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第58話 瀑布に眠る

 濃い闇に月明かりが差し、滝が影ろっていた。

 イリディグアの滝は七本の滝が同じ滝壺に注いでいる一連の瀑布の総称だ。それぞれが天竜のごとく細く、美麗な白煙を立てながら滝つぼへと落ちている。


 圧巻の光景にしばし感銘し、音を聞いていた。

 心を真っ直ぐに打つ、瀑声の鮮やかさに鬱屈した気持ちが消えてゆく。


 中央の滝の裏を通過すれば目的の地だが、今日は夜も遅い。ここで滝を眺めながら野宿だと告げるとトニヤは嬉しそうに薪を拾いに行った。


 薪を滝壺の手前に組んで火打ち石で火をつけた。普段こういうことに活発でなかったセラが上手にやったものだから、トニヤがひどく感心していた。


 道すがら摘んだきのこを焼き、二人で食したが美味くても食い気は満たされない。量は十分あるのだが、肉を食べていないという渇望が腹の底に留まっているのだ。仕方ないよとなだめると身を横たわらせて肩かけバッグを枕にし、薄布を被った。


 衣服は厚いものを着ているので心配はないが、それでもずいぶん寒かった。極地に近づいているのだ。これからはそれ相応の心づもりはしなくてはならない。


「あれって、イシュファーでしょ。騎士の星の」


 トニヤが仰向けのまま空に真っ直ぐ手を伸ばした。


「ドムドーラでも見えていたよね。ティエリア海を渡る船の上でも見たんだ」


 じっくりと空を眺める。たしかにイシュファーだ。トニヤは幼き日々ことを覚えてくれていたのかとこそばゆくなった。


「見えるものと見えないものがあるな。北半球と南半球で見える星がずいぶん違うんだ」


 セラもそういって照れ隠しに星に手を伸ばした。


「例えばあれはデボネって星座だけれど南半球では見えない」

「どれ?」

「あの七つ並んだ弓矢みたいなやつ」


 へええ、とトニヤが感銘した。デボネは比較的古い星だが、その補足はしなかった。


 それからしばらく会話をし、トニヤのこれまでの旅のあれこれを面白おかしく聞いた。漁船に乗り込んで摩訶不思議なハンプトンの姿をした精霊に巡り合ったこと。ハンプトンって何だという会話に勿論なったし、トニヤがセラにものを教える機会などそうない。


 あとはスタックリドリー先生と食事をした時のこと。セラのことをずいぶん羨ましそうに話していたんだよと、笑いながらいうので、あの人のおっちょこちょいは一生治らないよねと笑い返した。

 自分が話せば何でもないことに映るのに、他人の話というものはこれほどに楽しい。たぶん良い意味でも、鬱屈したものごとを客観的に見られるからだ。


 時を忘れ談笑し、ようやく話題が尽きると星空を見て耳を澄ませた。

 頭上で絶え間なく水面を豪打する音が聞こえている。


「滝の傍で寝るって中々ないよ」


 隣に眠るトニヤもまた音に耳を傾けているようだった。


「そうだな、こんな贅沢一生に何度あるか分からない」


 背筋に平たく冷たい石の感触を感じている。そのせいか夜は更けても思考は冴え冴えとしていた。下弦の月はもうずいぶん西へ傾いている。気に留める間もなく時が過ぎたようだ。


「セラ、あのね」

「うん」

「ボクたち兄弟だよね」


 冷たい空気を割るようにその言葉は凛然と響いた。トニヤの脈絡のない会話には慣れているがそれでも突拍子もない問いかけだったように思う。


「当たり前だろ」


 そう吐息したがトニヤの声は焦っているようにも聞こえていた。


「セラは分かってないからいってるんだ」


 泣きそうなその言葉にはこれまでセラが犯してきた罪のようなものへの糾弾も含まれている気がした。


「困ったときにね、本当に困ったとき。一番に相談しようって思えるのがボクであってほしいんだ」

「……うん」

「全部一人で決めてしまわないで。ボク馬鹿だけど頑張るよ」


 馬鹿という言葉に思わず笑ってしまう。


「そんな風に思ってないよ」


 苦笑しながらいうとトニヤは不承不承だが納得した様子だった。


「おやすみ」

「うん、おやすみ」


 意識は水底へ沈むように落ちていく。無意識の奥深くでセラ、と呼ぶ男の声が聞こえた。




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