第85話 「だから、食こそ日々のうるおいになるって、おじさんはいつも主張しているわけよ」
「こちら、回復薬です。それぞれ、傷と魔力と毒と麻痺用です」
「かなり増えたな」
以前から、プリミラは魔力回復薬を定期的に作ってくれていたが、最近ではその数が一気に増えた。
それに毒や麻痺の回復のように、種類もさりげなく増えている。
「レイ様が作ってくれた畑のおかげです」
「広めに作ったのはたしかだけど、作業量が増えて大変だったろ」
「楽しいです」
一応畑関連のモンスターたちを適宜作成しているとはいえ、プリミラ自身の負担も増えていると思うのだが、苦にも思っていないようだ。
本当に好きなんだな。なにかを育てるのが。
「ロペス以外も、たまに薬草目当てのやつがきているみたいだけど、大丈夫そうだな」
「ええ、グリフィンたちが守ってくれています。あの子たちはいい子です」
農作業で会うことが多いということもあり、あいつらの餌はプリミラが与えている。
そのせいか、最近ではプリミラにやたらと懐いているようだし、大広間の畑もうまくやっていけているようだ。
ゴーレムやフェアリーもそうだが、プリミラはモンスターたちに慕われている。
もしかしたら、ゲーム中でもプリミラとの戦闘は、周囲にゴーレムやヒポグリフたちが出現していたのかもしれない。
それか、コカトリスに乗って空中から襲ってくるプリミラとか……。
「コカトリスって大丈夫なのか? あいつ、毒を使うから薬草に有害な気がするんだけど」
「平気ですよ。レイ様が作成したからか、あの子たちはとても賢いですから。薬草がダメにならないよう量や範囲を抑えてくれています」
いい子じゃないか。
なんかあいつらだけ目がぎょろぎょろしていて怖かったけど、次会ったときはかわいがってあげよう。
「そういえば……畑のことなんですが」
「なにか問題があったか?」
この様子だと、なにもかも順調というわけではないらしい。
遠慮がちなこの切り出しからするに、きっと俺になにか頼み事があるのだろう。
「リグマ様とロペスが、意見を……」
「リグマとロペス……?」
珍しい……わけでもないか。
ロペスのやつ、なんか物怖じせずに四天王と交流しているみたいだからな。
フィオナ様のポンコツがばれたことで、ロペスが魔族なんてちょろいと思うようになった。
というわけではない。
むしろ、最近気づいたのだが、ロペスってフィオナ様と俺のこと怖がってないか?
こちらを恐れつつも、まずは四天王たちと話しているようなので、わりと前向きに魔族の中に溶け込もうとしてくれているのかもしれない。
「商店と宿の客入りを考えると、食事が用意されていないのはもったいないとのことです」
「あ~……」
たしかに、そのへんのことは考えていなかった。
宿屋といっても本当に寝泊りするだけの施設で、朝食や夕食サービスなんてものはやっていない。
商店も食料こそ売っているものの、材料あるいは日持ちする簡易的な食べ物だけ。
俺は別に食えるだけありがたいし、気にしていなかったけど、あったら繁盛しそうだな。
「特にリグマ様は日々の活力のために、癒しのために、ぜひ酒も一緒にと力説されていました」
うん。その光景は容易に想像がつく。
ロペス。お前もしかして、一番与しやすいからリグマを選んだのか。
だとしたら、あいつの人を見る目はたいしたものだ。
「でもなあ。ないものは作れない」
「? 畑と果樹園でしたら酒気の果実も、野菜類も果物も作れます」
ああ、そっか。話が飛躍しすぎていた。
俺はすでに宿屋と商店に並ぶ、食堂みたいな施設を作る気でいた。
だけど、プリミラはもっと堅実に、宿屋で料理や酒を提供するという考えで相談していたのか。
「それじゃあ、食事問題はプリミラが解決を?」
「いえ……私にできるのは食料の提供までです」
「料理は?」
「……レイ様。私はスープなら美味しく作れます」
たしかに、薬類や酒を作るときに言っていたが、水属性だから上手に作れるって話だったな。
実際にドワーフのカールにたまに差し入れると、来世を捨てた甲斐があったと大いに喜んでいるし、絶品なのだろう。
ならば、そのスープとやらもさぞかし美味しいんだろうな。
「そっか、じゃあ他の料理は?」
「私はスープなら美味しく作れます」
……プリミラの会話イベントが終了してしまった。
以降は同じセリフしか返ってこないだろう。なるほど……これがゲーム世界の洗礼か。
「他に料理が得意そうなのは……リピアネムは」
「食材を切ることは得意ですね」
「フィオナ様は……」
「…………」
得意なことさえ思いつかなかったんだな。
まあ、フィオナ様は魔王だし、作る側ではなく専属の料理人とかがいてもおかしくない立場だ。
「あ、そうだ。ピルカヤなら火の扱いは得意なんじゃないか?」
「ええ、火加減は得意なので料理長も絶賛していました」
「料理長……そっか、そういう人も当然いたのか」
「ならば! 私の出番です!」
「うわ……びっくりした」
後ろから大声でフィオナ様に話しかけられたので、プリミラから受け取った薬類を落としそうになってしまった。
ん? なんかやけに嬉しそうにニコニコしているな。なにかいいことあったんだろうか。
「魔王様……レイ様を驚かせないでください」
「ああ、すみません! 大丈夫でしたか? レイ。こわくないですよ~」
赤ん坊じゃないんだから、あやさないでください……。
というか、自らを怖くないと言う魔王ってどうなんだろう。
そんなフィオナ様は宝箱を抱えていた。俺がまだ開けていないやつだな。
もしかして、魔力の注入が終わったので、我慢できずに開封を頼みに来たんだろうか。
「フィオナ様。その宝箱」
「あ、わかっちゃいますか? いや~、さすがは私のレイですね。この宝箱の違いに気づくとは、自慢の部下です」
どうしよう。違いなんてまったくわからない。
いつものハズレと何が違うんだ。
「実は、すでに勝利は約束されています!」
「え」
大丈夫か。そんなに失敗フラグのようなものを立ててしまって。
それとも、あえて失敗フラグを立てることで、さらに逆の結果を呼び込もうとしているんだろうか?
「な、なんですか? その目は! 大丈夫ですってば!」
「いや、フィオナ様ってガシャを引くときは、いつもそうやって自信満々なので……」
「大丈夫なんです~! なぜなら、この宝箱はトキトウの力で確定演出が出ましたから!」
選択肢で今開ければ蘇生薬と出てきたってことか。
なるべく邪魔にならないために、仕事外のときに頼むようにしていたようだが。
そうか、休憩中に会いに行って頼んだのか。
慣れてきた時任はともかく、奥居あたりは驚いていそうだな。
「そういうことなら、すぐに開けましょうか?」
「ええ、お願いします!」
期待に満ちた目で見つめられるが、平気かな。
ここまで期待していると、フィオナ様のことだから絶対ハズレを引くぞ。
選択肢で見てから時間が経過したから、結果が変わっているとかだろう。
そして、ちょうどプリミラと話していたから食材でも出るんだろう。
「まあ、期待はしすぎないように……え」
「えってなんですか。えって。言ったはずですよ。すでに確定演出は出ていると」
「本当に蘇生薬が出てきた……なにかの凶兆?」
「なんでですか!!」
だって、フィオナ様が蘇生薬を引くなんて……ああ、あれか?
きっとハズレを引きすぎて天井まで達したんだろう。
そういうシステムがないので、これまでハズレを引き続けていたが、今回たまたま実装されたとかだな。
そうでなければ、フィオナ様の不運で蘇生薬を引くなんてとてもとても……。
「……なんだか、失礼なこと考えてません? どう思います。プリミラ」
「私は全面的にレイ様の味方なので」
「私の四天王なのに!?」
うん。落ち着いた。
フィオナ様にだって、不運ばかりが訪れるわけじゃないよな。
たまには蘇生薬が当たったっていいはずだ。
というわけで、問題は誰を蘇生させるかだけど、四天王はリピアネムで全員完了した。
となると、次は誰になるんだろう。
「四天王の次となると、誰を蘇生するんですか?」
「マギレマです!」
「魔王様。名前だけではレイ様にはわからないかと」
さすがプリミラ。興奮気味のフィオナ様をよくサポートしてくれている。
「そうですね。失礼しました。料理長のマギレマです!」
「料理長……そういえば、そんな話をしていたところでしたね」
フィオナ様がガシャで当たりを引いたショックで忘れかけていた。
「ええ、レイとプリミラ。それにリグマも望んでいるのであれば、マギレマを復活させるのがいいでしょう」
「いいんですか? なんというか、もっとこう戦える魔族優先とかじゃなくて」
たしかに、フィオナ様はこれまでも、こちらが欲した人材を的確に蘇生させてくれていた。
だけど、それは四天王であり、大前提として強者であった。
だけど今回は料理長。戦力としては期待できないが、大丈夫なんだろうか。
「平気です。戦うのならリピアネムがいますし、私もいますから」
「私たちも戦えますが、お二方以上の戦力はいませんからね」
まあたしかに、戦闘が得意で仕事を欲しているリピアネムがいるしな。
下手に戦闘要員が増えたら、彼女はまた仕事を求めて周囲を破壊するかもしれない。
「では、蘇生しますよ~。蘇りなさい。マギレマ!」
あ……我慢できなくなったのか、フィオナ様はマギレマさんを蘇生させ始めた。
一応他の四天王が揃ってからと思ったけど、まあ後で顔あわせすればいいのか。
そんなことを考えている俺を、犬の顔がまじまじと見つめていた。




