第618話 無限大の一
「ということで、今日は日頃の感謝の証として、チョコをあげる日なんです」
「へえ。そんな文化があるんだねえ」
トキトウちゃんが力説し、あたしたちが向こうの文化を学ぶ。
なんか、最近ではよくある出来事になってきた。
この子、やっぱすごい子なんじゃない?
「それで、ハラちゃんとセラちゃんが、あたしに料理を習いに来ていたんだね」
「これまでなら独学で良かったんですけど、マギレマさんの料理を知ってしまった武巳くんには、今までのチョコじゃ通用しないんです!」
「そりゃあ、私たちが贈ったものならなんでも喜んでくれるだろうけど、どうせなら一番喜んでほしいので……」
う~ん……。なんか、思ってたよりも真剣だね。
トキトウちゃんから聞いた限りでは、もう少し気楽なイベントかと思っていたけど違うのかな?
まあ、あたしはいつも通りやればいいだけっしょ。
二人がチョコの作り方を習いたいというのなら、しっかりと教えなくっちゃね!
◇
「ということで、私も料理というものをしてみました。どうぞナルカミ様」
「ふむ、感謝する。ではそれに合ったコーヒーを準備してもらおう。少し待つがいい、アルメナよ!」
うんうん。どうやらみんな各々感謝すべき人にチョコを渡しているっぽいね。
なんとなく気になったので地底魔界を見回っていると、そこら中で女性陣が誰かにチョコを渡していた。
「武巳くん、今回のはすごいよ! 今まであげてたのが子供騙しみたいに思えるから!」
「というか、今までのチョコを考えると申し訳なく思えるわね……。まあ、今年からはその分も取り返すほど凝ったチョコを贈るから」
「何言っているんだい? 二人のチョコはいつだって気持ちが込められていた。今までもこれからも、最高のチョコだよ」
やっぱ、ハラちゃんとセラちゃんは、なんか一段と気合が入っているねえ。
それだけ感謝の気持ちが大きいってことかな?
「……ロペス。君、頭使いすぎだし糖分が必要だったりしないかい?」
「ん? 別に今はそんなに考え事してないし、それほどは……」
「ロペスさん! 今から新規顧客獲得のために、あなたの知恵をフル回転させましょう!」
「なので、女王様から差し入れを受け取ったほうが良いと思います!」
「お、おう?」
「し、仕方ないね。たまたま糖分を補給できるものを持っていることだし、君にはこれをあげよう」
……なんか、回りくどい渡し方をしている人もいるね。
素直に日頃の感謝の気持ちと言って渡すのは駄目なのかな?
「よ~しよし。みんなの分あるから、並んでね~」
「さすがはトキトウさん! モンスターたちが、言うことを聞いて良い子にしています!」
「……犬系のモンスターって、チョコを与えて平気なのかしら?」
「はっ、そうだった! マギレマさ~ん! マギレマさんの足って、チョコ食べて平気ですか~!?」
この子たちも、モンスターも平気だし、なんなら日頃からデザートも食べてるからねえ。
トキトウちゃんに教えてあげなくっちゃ。
「はい。一列に並びなさい。どうやら日頃の感謝にチョコを贈る日らしいので、あなたたちに配給します」
「エピクレシ様。なんか事務的ですねえ」
「効率が良いと言ってください」
「これを食べたら、チョコに関するパワーアップをするんですか?」
「あなたはあなたで、私をなんだと思っているんですか。ロマーナ」
実験の一環だと思われているんだろうねえ……。
アンデッドたちにチョコを配る姿は、日頃の実験と同じような光景だし。
「さて、みんな楽しんでいるようだし、あたしも色々な相手に配りに行こうっと」
◇
「おっ、レイくん。お姉さんの日頃の感謝の気持ちだよ~。チョコあげる~」
「マギレマさん……。いや、悪いけどチョコは食べられないんだ」
「あれ、虫歯? 大丈夫? テラペイアに見てもらったほうが良いんじゃない?」
「そういうわけじゃないんだけどね。とにかくごめん。せっかく作ってくれたのに」
「良いの良いの。気にしないで~」
そんじゃあ、これはおっちゃんに追加であげよっかな。
おっちゃんなら、何個もらってもお酒と一緒に消費しそうだし。
「てなわけで、おっちゃん。追加だよ~」
「おう。悪いなあ」
おっちゃんに追加のチョコを渡すと、ミラちゃんがチョコを持って近付いてきた。
ミラちゃんも、おっちゃんにチョコを渡しに来たみたいだね。
「リグマ様、どうぞ」
「え、プリミラも? さっきもらったけど平気?」
ミラちゃんも?
「レイ様には不要でしたので、リグマ様に追加のチョコです」
「あ、それなら私も」
「ええ……。ラプティキもか?」
十魔将の女性陣が、おっちゃんのところに集まってきた。
そうだよねえ。みんなレイくんに感謝の気持ちを贈ろうって考えるのは当然だよね。
ただ、今はレイくんがチョコを食べられないみたいだから、その分が全部おっちゃんのところにいってるみたい。
「あ、リグマさ~ん! レイさんに渡せなかったチョコいります~!?」
「あんた、もうちょっとオブラートに包みなさいよ」
「ありゃあ。トキトウにオクイも? もらえるならもらうけど、レイくんってチョコ食えないんだっけ?」
「リサーチ不足でしたか。では、新鮮な海鮮を」
「江梨子ちゃん、それもうバレンタイン要素ゼロだよ」
おかしいなあ。
レイくんって、チョコが苦手とかではなかったと思うんだけど……。
前に、あたしが作ったチョコレートケーキとかも食べていたよね?
◇
「フィオナ様、仕事終わりましたよ」
いつものことではあるが、仕事が終えたらフィオナ様の私室に呼び出された。
だが、今日はこれで二度目の来訪になる。
朝にも呼ばれたからな。重大な指示があるとかで。
「ええ、お疲れ様です。それで、チョコは?」
「今日は食べられないって、全員分断りましたけど」
なんか、やたらとチョコを渡される日だったな。
マギレマさんが新しいメニューでも考案して、ブームになっているとかだろうか?
朝っぱらから呼び出されて、今日はチョコをもらってはいけないなんて指示されたときは、何を言っているんだこの魔族と思ったものだ。
だが、蓋を開ければフィオナ様の懸念通りというわけか。
「よろしい。では、言いつけを守れたレイにはこれをあげましょう」
「チョコ……。やっぱり、流行っているんですか?」
「流行っているといえば流行っていますね」
「そうですか。ええと、もらって良いんですか?」
「あなたのために、魔王が手作りしましたからね! ということで、食べて良いですよ」
フィオナ様からもらったチョコは、球体の巨大な塊だった。
渡されたチョコレートソースをかけて割ってみると、中からブラウニーがいくつも出てくる。
へえ……。いつの間にか、こういうものも作れるようになっていたのか。
以前は料理ができない方だったが、すっかり料理上手な魔王様になったものだな。
「どうですか?」
食べてみると、ちゃんと美味しかった。
見た目だけでなく、味もしっかりしているようだ。
「美味しいですね」
「それは良かった。ということで、レイには私のチョコさえあれば、他は必要ありませんね?」
「まあ、そんなにいくつもチョコを食べたいほど、糖分は不足していませんけど」
なるほど。
今日はフィオナ様がお菓子を作っていたから、他の人が作ったお菓子は受け取るなということだったのか。
「ところで、なんでみんなチョコを作っていたんですかね?」
「トキトウが、バレンタインという文化を広めたかららしいですよ?」
……あ、そういうことか。
こっちにはそんなイベントないと思っていたから、すっかり忘れていた。
なるほど、バレンタイン……。
あれ、つまり俺は女性陣からの感謝の気持ちを受け取らなかったということか?
「……あの、今からでもチョコを受け取りに」
「な、なぜですか!? 私のチョコでは不服ですか!? 言いなさい! 誰のチョコが欲しいと言うんですか!」
「いえ、さすがに感謝の気持ちを無碍にするのは……」
「言いなさい。誰のチョコが一番欲しいのですか」
「一番というのなら、そりゃあフィオナ様ですけど……」
問い詰めるように目の前に迫っていた顔が、一気に赤面した。
……さっきまでの騒がしさはどこにいったのか、急にしおらしくならないでください。
そんな状況だというのに、掴んでいた俺の手を離すことはなく、俺とフィオナ様は至近距離で顔を赤らめ見つめ合い続けた。
◇
「はい。ということで、レイ様がチョコを受け取らなかった理由はそういうことです」
「なるほど~。これなら仕方ないね~」
「真っ先に先手を打つとは、さすがは魔王様です」
それは良いんだが、相変わらず二人のこと覗き見してるのは大丈夫なのか?
まあ、大丈夫か。
それにしてもバレンタイン……。なるほど、俺もすっかり忘れていた。
あれ、そういえば女王様が糖分補給と言ってくれていたよな……。
「な、なにかな!?」
「いや、なんでもない……」
たぶん、深堀りしないほうが良さそうだ。
俺、勘は鋭い方だからな。




