第617話 テセウスドン引きの提案
「俺はまだ諦めていない」
「は、はあ……。その、お話はお聞きしましたが、それでどうして私のところへ?」
リグマプラス計画が失敗した経緯を話し、エピクレシもそこは理解してくれた。
しかし、それならなぜ自分のところへ来たのかと不思議そうにしている。
なお、プネヴマは挙動不審な態度で俺を眺めている。
「エピクレシならアンデッド関係で研究しているし、もしかしたらモンスターからアンデッドにプラスステータスを移せないかなと思って」
「わりと無茶な要求をされている気がしますね。ですが面白いので実験しましょう」
「俺、エピクレシのそういう実験に前のめりなところ好き」
「その点は私たち似た者同士ですからね!」
というわけで、さっそくアンデッドとモンスターたちでプラス付与実験を行おう。
まずはブラックゴブリンを生成する。
ブラックゴブリン生成:消費魔力 5
その間にエピクレシが、ゴブリンゾンビを呼び出してくれた。
あとはこの二人がともに行動することで、どこかのタイミングでプラスがつけば成功だ。
アンデッドにプラスがつくことで、エピクレシやプネヴマにプラスが移れば、他の十魔将まで広げることもできるかもしれない。
そうしたら、あとは四天王と魔王様まで強化できれば最高だな。
「ふむふむ。肉体や筋量も普通のゴブリンと変わりませんし、魔力量さえも特別多いわけではありませんね」
「でも、一時的に全部強くなるんだよなあ」
「不思議ですね。加護や奇跡のように、私たちでは解析できないところによる力なのでしょうか」
なんせステータスに+とだけ記載されている力だもんな。
ゲームシステムに元々あったものなのか、それとも現実世界となったことによる異変なのかもわからない。
もしも後者であれば、同じくゲームの登場人物であるエピクレシには探れない?
……いや、この考えは好きじゃない。エピクレシもフィオナ様たちも登場人物なんかじゃないからな。
「レイ様?」
「いや、なんでもない。解析できないとしても、実在する以上はなんとかものにしたいな」
「そうですね。すでに大まかな条件はわかっていますが、それらが正しいかも含めて進めていきましょう」
まずは、しばらくブラックゴブリンとゴブリンゾンビを一緒に生活させるところからだな。
わりと長期の検証になりそうなので、今後は定期的にエピクレシの研究室に通うとしよう。
「ふむ。それでは私も観察しましょう。魔王として」
「あれ、フィオナ様」
さっきまでいなかったはずなのに、いつの間にかフィオナ様が来訪していたようだ。
ピルカヤを介して地底魔界を観察し、面白そうだからこっちに来たってところか。
「プネヴマ。いないと思っていたら、魔王様をお呼びしていたんですね」
「……レイ様の隣には、魔王様が……いないと……駄目だから」
「その通りです! よくわかっていますね。プネヴマ」
それ、フィオナ様がしっかりしていないから、俺がいないと駄目という意味なんだろうなあ。
「まあ、短期間では結果が出ませんので、魔王様もレイ様も気長に見ていってください」
「問題ありません。時間を潰すのは得意です」
いつもごろごろしているからなあ。
その気になれば、いつまでも眠っていられそうだし。
「魔王様……レイ様……。ベッドを運んできました……」
「私が運びましたけどね」
「寝ろと?」
ドラゴンゾンビにまで頼んで何してんの? プネヴマは。
暇な時間を解消するために、ここでフィオナ様と寝ろってこと?
うたた寝程度ならわかるけど、がっつりと睡眠して時間を潰すつもりはないんだけど……。
「なんかひんやりしてる」
ベッドに触れると、心なしかひんやりしている。
それを指摘すると、プネヴマはあわあわと手を振って弁解を口にした。
「す、すみません……。私のベッドなので……冷たく感じる……かもしれません」
「そういえば、プネヴマってひんやりしているからなあ」
「ひゃっ……!」
「あ、ごめん」
しまった。ついつい、いつものくせで頬に手を触れるがまずかった。
フィオナ様ならむしろ触れさせようとしてくるため、それをプネヴマにも適用してしまった。
「プネヴマは霊体なので、わりと温度が低いですからねえ」
「それはわかりましたけど、なんで自分の頬を差し出すんですか?」
「冷えた手を、私の体温で温めてあげようという優しさです。感謝しても良いんですよ?」
「……」
まあ、やわらかいし温かいけど。
魔王様の頬に触れる俺を見て、プネヴマが汚い美声で叫んでいる。
「ドラゴンゾンビ。プネヴマをベッドに寝かせてください」
「はい」
結局、運んできたベッドは持ち主であるプネヴマが使うことになった。
エピクレシとドラゴンゾンビの慣れた様子から、これは日常的な光景なんだろうなあと知る。
いまだに原因はよくわからないが、この二人はすっかりと何事もないように対応しているなあ。
「なにか教えていますね」
俺とフィオナ様がプネヴマに気を取られている間も、エピクレシはゴブリンたちを観察していたらしい。
そんな彼女が何かに気付いたようなので俺たちもそちらに顔を向けると、たしかにうちのゴブリンがエピクレシのゴブリンに何か話しかけている。
「ドラゴンゾンビって、あいつらの言葉わかったりする?」
「いえ、すみませんが私にもわかりません」
「ドラゴンゾンビは私たちと会話できますが、それ以外のアンデッドの言葉を理解していませんからねえ」
じゃあノーライフキングやロマーナとは会話できるが、他のアンデッドとの意思疎通は無理ってことか。
無理というか、こちらの命令は効いてくれるけど、向こうからの言葉がわからないって感じだ。
このあたりは、俺たちとモンスターの関係と同じだな。
「惜しいなあ。ブラックゴブリンとゴブリンゾンビは会話できているみたいだから、ドラゴンゾンビが通訳できればみんなの言葉がわかると思ったけど」
「無理そうですねえ」
「まあ、リグマでさえスライムの言葉がわからないみたいですからね」
言語を習得した者たちは、習得していない者たちの声が聞こえなくなるんだろうな。
モンスター同士で会話しているところを見ると、おそらくそれぞれに壁ができているのだと思う。
「おや、駄目ですか」
また考えにふけってしまったところ、気付けばゴブリンゾンビはエピクレシの前まで移動しており、首を左右に振っていた。
どうやら、ブラックゴブリンに指南されても、プラス能力を身につけることができなかったらしい。
同じ種族ならいけそうかと思ったが、アンデッドだとまた別枠という扱いか。
「一つわかったのは、共同生活をしていたら自然と身につくわけではなく、モンスターがモンスターに指導しているということですね」
「なるほど。どうりで俺もフィオナ様もリグマも、何も身につかないわけだ」
「一緒にだらだらしていただけですからねえ」
「せいぜい脂肪が身についたくらいですか」
「……」
「無言で俺の手を掴まないでください。どうせ、その後すぐにお腹を触らせて来るつもりでしょう」
太ってないと言っているじゃないですか。
むしろ、多少やわらかいほうが良いと思いますよ? 俺は。
「う~ん。惜しいですねえ」
「お腹の話ですか?」
「絶対違うと思います」
そもそもお腹が惜しいって何ですか?
エピクレシが考えをまとめているんだから、邪魔しないでください。
「もしも同種族が共に過ごすだけで身につけられるのなら、ゴブリンゾンビに習得させて」
「うん」
「そこから徐々にゴブリンゾンビのパーツを別種族に付け替えて、あらゆる種族に対応しようと思ったのですが……」
「エピクレシそれは……」
最終的なそれは、ゴブリンゾンビと呼べる代物と言っても良いんだろうか。
そんな哲学のパラドックスがあったなあ。船のやつが。
だが、それで習得できるのなら確かに便利だった。
「惜しかったなあ。あらゆる種族に対応できそうだったのに」
「ですよねえ」
「あなたたち、たまに魔王である私より恐ろしい発想に行きつきますよねえ」
フィオナ様の言葉に、ゴブリンゾンビも頷いているようだった。
そうか。どうやら、エピクレシのマッドな研究思想に引きずれらてしまっていたらしい。
もっとも、どの道その案は頓挫した。本当に残念だ。




