第616話 むかしむかし
「そもそも、罠が効かないっていうのは由々しき事態だよなあ」
「魔王様相手に通用する罠を作れるようになったら、俺はいよいよお前を止められなくなるぞぉ」
むしろ、そこまでいったら俺も突っ走る必要がなくなるから平気。
フィオナ様に通じるということは、他の勇者たちにも通じるということだ。
それ以上は罠を追及する必要もなくなり、ようやくバランス調整のほうを重点的に意識することができるようになる。
「ダンジョンマスターさん。もっと強い罠作れない?」
「お前何言ってんの!?」
そうかあ。無理かあ。
だけど、今は無理みたいな返事だった気がする。
ということは、まだまだ伸びしろがあるということだ。今後も研鑽を怠らなければ、魔王や勇者に通じる罠が作れるかもしれない。
「無理だった」
「だろうね!」
そうなると罠以外の方面を開拓していくか。
気になるのはやはりプラスモンスターだよな。
でも、こっちも中位以上はまだ無理と言われているし、鍛錬か検証をする必要がある。
「そこでリグマだな」
「お前ぇ、俺の本体に何する気だよぉ」
よし、リグマを呼ぼう。
たしか今は仕事も一段落ついていたはずだし、ちょうど良い。
「ピルカヤ、リグマを呼んでくれ」
「わかった~」
「せめて、何するか言って!?」
アナンタは細い目を見開かれるほどに驚いているようだ。
焦るなって。リグマも来てからの方が説明も一度で済んで楽だろ。
◇
「はいは~い。呼ばれて来たぞ~」
「カーマルとウルラガどころかガナまで来てんのかよ。マジで何する気だよぉ」
そうしてしばらくすると、リグマと分体たちが集まってくれた。
やけに不安そうなアナンタを安心させるためにも、さっそく説明に入るとしよう。
「クリスタスライムっているだろ?」
「ああ、あの珍しいスライムね。あいつがどうかしたか?」
「リグマたちには、しばらくあいつと暮らしてもらおうと思う」
「ええ……。どうしたのさ、急に」
カーマルからは、困惑というか呆れたような反応が返ってくる。
たしかに急な話ではあるが、ちゃんと意図はあるから安心してほしい。
「ゴブリンたちって、ブラックゴブリンと一緒に生活していたらプラスがついただろ?」
「らしいねえ。現に短時間だけなら強化できるようになった、ってディキティスも言ってたし間違いないんだろうさ」
ステータスにもしっかりとプラス表記はされていたしな。
だけど、その条件は相変わらずわかっていない。
共に生活することでつくかと思い、俺とフィオナ様も一緒に生活したが無理だった。
だけど、同じ種族ならその可能性があるのでは? と思ったのだ。
「同じスライムであるリグマたちなら、クリスタスライムと生活していたらプラスがつかないかなって思って」
「お前またそんな……」
「面白え。それで手軽に強くなれるなら、やってやろうじゃねえか」
「おい、ウルラガ……」
良かった。ウルラガは乗り気みたいだ。
以前ルイスに敗北したからか、今でも定期的にリピアネムやイピレティスやオーガたちと訓練しているからな。
強くなるためには、けっこうどん欲なんだろう。
「俺も別にいいよ。だってその間は休んでていいんだろ?」
「なるほど」
「おい、ガナに同調すんなぁ。本体」
ガナはガナで休むための大義名分があるのならと、ウルラガとは別の意味で乗り気だ。
しかもリグマもその発言で乗り気になった。
「まあいいか。トキトウだけじゃ不安だけど従業員も増えてるし。僕がしばらく休んでもなんとかなるでしょ」
「えぇ……。全員レイに甘すぎるぞぉ」
「だって、ここでやりたくないって言っても、あの手この手でやらせようとしてくるじゃない。なら、諦めて参加したほうが早いよ」
「ぐっ……」
さすがカーマル。俺のことをよくわかっている。
やりたくないのなら無理にやらせるつもりはない。
だけどそのときは、別の方法で検証ができないか考えるだけだ。
「わかったよぉ。お前、俺がいない間に絶対に変なダンジョン作るなよ」
「プリミラとダスカロスに見てもらう」
「なら良いかぁ」
こうしてリグマたちとクリスタスライムとの共同生活が始まった。
失敗する可能性の方が高いが、もしもリグマたちにプラスがついたら万々歳だ。
一時的にでも四天王が数割強化されるなんて、対勇者戦においてこれほど頼もしいこともない。
◇
「絶対無理だと思うぞぉ……」
「まあな。おじさんたち、こいつらとは別に特殊な存在だし」
寝転がりながら、俺たちの周囲で動き回るスライムを見つめる。
なんとも懐かしい記憶が蘇る。
もはや遥か昔の出来事だが、俺は仲間たちとこうして行動していたからな。
「トキトウたち、大丈夫かなあ」
「ま、なんとかするだろ。あの子、あれで案外結果を出すから」
「それ、選択肢がなんとかしているのと運の良さだから、本人はいつも綱渡りだけどね……」
カーマルは、すっかりとトキトウちゃんの保護者だねえ。
それだけ長期間共に働いているからだろう。
きっと、俺たち以上にトキトウちゃんのことを理解しているってわけだ。
レイくんとアナンタみたいなもんだな。
「……」
そんでウルラガは無言でクリスタスライムたちに触れている。
あいつが一番真剣に強化に対して取り込んでんなあ……。
ガナも似たようなことをしているが、あっちは思う存分だらけているだけだ。
正直無駄だとは思うが、我らが宰相様のやることだ。
思う存分付き合ってやって結果を出したら、それが成功でも失敗でも納得してくれることだろう。
俺はその間ゆっくりと休ませてもらうとしよう。今なら日中に眠っていても咎められることすらしない。
◆
「スライムか。だが、随分としっかりとした意思を持っているようだな。お前は」
なんだこいつ。
せっかく仲間たちと別行動してせこせこと強くなっていったのに、こんな相手にはまだ勝てない。
まずいなあ。俺もここで終わりかよ。
「それほどの知能があるのなら、モンスターたちとはそりが合わないだろう。俺はこれから組織を作る。興味があるのならついてこい」
俺が?
こいつ魔族だろ? モンスターなんかを勧誘するなんて、風変わりな男だな。
さてどうしたものか。目の前の男は俺より強い。だが、俺を殺すとかそういうつもりもないらしい。
群れと別れて行動した。そんな俺がこいつやその仲間と行動する……。
ま、いっか。こいつ強そうだし、ついていったらしばらくは安全に過ごせるかもな。
「どうやら俺たちは迫害されるために生まれたらしい。だが、それに甘んじるつもりはない。必ず人類に抵抗できる組織を作ってやる。いや、人類を滅ぼす組織を作ってやる」
それはそれで面白そうだ。
俺の群れはすでに人類に殺されているだろう。
別に恨みはない。単に、あそこに長居しなくて正解だったという感想しかない。
だが、もしも人類がいなくなったら、俺の群れみたいな被害者は減るんだろうな。
……それが良いことなのかもわかんねえけどなあ。人類がモンスターを間引かなかったら、今度はモンスターたちの被害が増えそうだし。
興味ねえや。
安全そうだからついていく。それで良い。
人類だの魔族だのモンスターだの、そういうのはお偉方に考えてもらおう。
◇
「やっぱ無理かあ」
「だろうねえ。あれで簡単に強くなれるのなら、おじさんたちも苦労しないさ」
同じスライム同士だからいけると思っていたが、残念ながら四天王の強化は難しいらしい。
リグマたちにプラスがついたら、古竜でもあるウルラガからリピアネムの強化までたどり着けそうだったのに。
「リピアネムプラスはまだまだ無理か」
「何を恐ろしい計画企ててんの!?」
「リピアネムプラスになったら勇者たちを一掃できるし、フィオナ様の敵を減らしやすくなると思って」
「いや……女神が参戦しちゃうでしょうが。レイくん、たまに人類に致命的な被害を出そうとするよね。もうちょっと平和に行こうぜ」
……まあ、女神を倒せるようになるまでは、下手な動きはやめたほうが良いな。
四天王の強化ができたとしても、やっぱり地底魔界で暗躍する日々は続きそうだなあ。
「おじさん、もっと適当に生きていくスライムだったはずなんだけどなあ」




