第602話 後ろの正面の追跡者
「くだらねえ」
つまらない。あまりにもつまらない世界だ。
なら、せめて金を湯水のごとく使ってでも、このつまらない世界を楽しむしかない。
そんな日々を送っているせいか、いつの間にかまた金がなくなった。
「めんどくせえけど、また稼ぎに行くか」
幸いなことに、この世界には冒険者なんていう連中がいる。
国や組織に所属しているわけでもなく、いつ死んでも不思議ではないやつら。
絶好のカモと呼べる存在だ。
それも、やつらはダンジョンに通って稼ぐことが多く、そこを狙えば簡単に金が手に入る。
まるで俺のための働き蜂だ。
「警察が来ない分、こういうときはこっちのほうが楽だな」
所詮は文明が遅れている世界だ。大した娯楽もないが、金稼ぎだけは楽にできる。
特に、モンスターダンジョンと呼ばれる場所は、冒険者とモンスターしかいないボーナスステージみたいな場所だ。
俺より弱いやつばかりのその場所で、俺に逆らえるやつなんて存在しない。
「よお、お前ら冒険者だな?」
「てめえは……!」
ん? なんかどこかで見た面だな。
ああ、思い出した。前に金を奪った相手か。
なんだよ、ハズレじゃねえか。こんなしけたやつらが、あれから大金を稼いでいるはずもない。
こいつらを襲ったところで、大した金も奪えないってことだ。
「ちっ、紛らわしいやつらだな。見逃してやる、さっさと消えろ」
「なんだと! お前、前に俺たちに何をしたか覚えてないのか!」
「うるせえな。覚えているから見逃してやるって言ってんだろうが。それとも、まだ殴られたりないのか?」
「くっ……」
うざってえ。少し脅せば腰が引けるくせに、いちいち突っかかってくるんじゃねえよ。
どうせ大して金は持っていないだろうが、少しばかり殴っておくか。
「は?」
だが、それよりも先に連中が動いた。
あいつら、俺に背を向けて一直線にダンジョンの奥に……。
逃げただと?
「舐めてんじゃねえぞ。クソどもが!!」
◇
「とりあえず、ダンジョンの中に誘い込むことはできたな」
話に聞いた通りの男だ。
少し歯向かうだけで機嫌を損ね、暴力で従わせようとする。
だから、その前に逃げてやれば追いかけてくるとは思っていた。
「あとは、逃げられないように仕留めるだけだな」
超位モンスターや罠なら、対処できるかと言われるとそうでもない。
まがりなりにも、鳴神と互角だったらしいからな。
ケルベロスたちを倒せる鳴神のことを考えると、モンスターでは心もとないだろう。
ならば罠にかけてどうにかできるかというと、こちらも怪しいところだ。
搦手の罠ならともかく、物理的な攻撃系の罠は鳴神でも突破できる。
ならば、嘉神にも通じないと思ったほうが良い。
しかも、こいつは転移らしき加護もある。緊急時の対応力は鳴神を超えるかもしれない。
「まあ、それでもまずはやってみてからだ」
協力してくれた元冒険者たちは、すでに罠だらけのエリアまで逃げ込んだ。
あらかじめ罠の位置を知らされている者たちと違い、嘉神はどこに罠があるかわかっていない。
そもそも、このダンジョンに罠が仕掛けられていることすら知らない。
ここで仕留められるのが一番だが……。
『ちっ! なんだこれ!』
「まあ、無理だよな」
毒ガスが散布されたが、案の定転移で即座に離脱される。
ガスの範囲外に一瞬で逃げられてしまっては、さすがに対処できない。
『あいつらが仕掛けた……ってわけじゃねえよなあ。安全なのは入り口だけで、奥には罠があるってことか?』
そこまでわかっていながら、前進はやめないか。
岩が降ろうが炎が迫ろうが、その身一つで対応できるとは……。良いよなあ、ステータスが高いやつは。
「あ~、惜しい。もうちょっとで、直撃しそうだったのにねぇ」
「転移で回避しちまうもんなあ。あいつ、戦闘関連だけは本当に厄介だぞ」
「俺と同じく馬鹿だが、力だけは本物だからな!」
しかも、鳴神と違って搦手も簡単に受けてくれない。
少しでも危険と判断したら、即座に離脱する力に長けている。
「やっぱり、モンスターや罠じゃ無理か。予定通りリピアネムに任せよう」
たしかに厄介な相手だ。
だが、十魔将以上ならば、戦闘となっても優位であることに間違いはない。
問題は少しでも不利と悟ったら、転移で逃げてしまう可能性があることだ。
ならば、リピアネムに一瞬で倒してもらうのが一番だろう。
「うむ、私なら倒せるぞ。では早速」
「ちょっと待った!」
リピアネムを出撃させようとすると、ピルカヤに止められてしまった。
なんだ? リピアネムだとまずかったか?
「リウィナが来てるね。それも、あの転生者と同じ場所に向かってるみたい」
「げ……。そうなると、うかつにリピアネムに任せるわけにもいかないな」
嘉神のほうは、リピアネムでなんとかなるかもしれないが、リウィナに見られるのはまずい。
勇者パーティである彼女は、ここで始末したとしても情報を持ち帰って蘇生してしまう。
ならば、十魔将に任せるか? いや、それはそれで存在を知られたくないな。
フィオナ様が、四天王よりも先に十魔将を蘇生させたとは考えないだろうから、なし崩しに四天王の復活までばれてしまう。
「しかも、そのさらに後続に教会のやつも来ている。千客万来だねぇ」
「なんで急に……」
「おそらく、カガミという転生者のせいだろうな」
「嘉神の?」
ダスカロスの言葉に考えを巡らせる。
嘉神は、連日モンスターダンジョンで人間を襲い続けていた。
それが噂になっているらしく、モンスターダンジョンへの客足が減るほどにだ。
それに対してリウィナと教会の人間……。
そうか。リウィナは、元々この場所で人間を襲う嘉神を発見し、取り押さえる前に逃げられている。
教会は、人類の救済を目的としているため、人類への被害があらば動くような集団。
どちらも、嘉神を追ってここに来たってわけだ。
「迷惑だなあ……。よそでやってくれ」
「だが、逆に考えると転生者の対処を、人間と古竜で行ってくれるということでもある」
「それもそうか。となると、俺たちは下手に動くべきじゃないんだろうなあ」
せっかく、元冒険者の男たちに囮役を引き受けてもらったのに。
そのままリピアネムに処理してもらう予定だったのに。
ままならないものだ。
「罠も起動させないほうが良いな」
「ああ。手動起動でない罠は、全て消しておくべきだろう」
もったいない。いっそ、リウィナと教会の連中も罠で攻撃を……。
駄目だな。そんな半端な気持ちで、ちょっかいを出していい相手でもないだろう。
「ちゃんと消せよぉ」
「わかってるって」
残念だが、今回の仕込みは破綻した。
今はただ、人類同士の争いをじっくりと観察させてもらうとするか。
「つまり、魔王軍としては、やることがないということですね?」
「まあ、そうなりますね」
下手な行動は魔王軍への疑いが強まるだけだから、あちらの行動の結果を見てから動くことになる。
元冒険者たちも戻ってきたことだし、このダンジョンにはいくらかのモンスターしか残っていない。
「では、暇ということですね」
「違います」
「え~……。やることないんですよね?」
「語弊がありましたね。動けないけれど、成り行きを観察する必要はあります」
「仕事熱心ですねえ」
良かった。さすがにそれ以上は何も言われなかった。
これも大切な仕事の一つであり、中断させることは考えていないようだ。
せっかくだし、教会の侵入者やリウィナについて、フィオナ様に聞いてみるとするか。
「リウィナのことは前回聞きましたけど、最近単独行動が多いみたいですよね? ヘーロスのパーティってそういうものなんですか?」
「基本的には集団で動きます。古竜は強いですが、だからこそ危険視されて狙われることも多いので」
「じゃあ、単独で嘉神を追っているのは」
「執念深いんですよ。私も一時期付け狙われていました」
実力が高くて執念深いって、なんか厄介そうだなあ。
だが、今回の標的はあくまでも嘉神だ。リウィナが仕留めてくれるなら、こちらとしてはちょうどいい。
「教会のほうは?」
「マルコスですね。教会の戦士であり、人類に仇なす人類を断罪する者みたいです。なので、魔王軍とは戦ったことはほとんどありません」
つまり、魔族の敵というよりも、今回の嘉神のように人類内の敵を処理する者ということか。
……エルフ殺してくれないかなあ。
「ということは、こっちも嘉神を倒せば帰りそうですね」
「ですねえ。といいますか、私の土地でやらずに他所でやってほしいんですけど」
「それはその通りです。邪魔だというのなら、全員まとめて処理しましょうか?」
「おい待てってぇ。カガミとマルコスはともかく、リウィナは処理できても蘇生するって言ってんだろうがぁ」
「駄目かあ」
フィオナ様の土地で、フィオナ様に迷惑をかける連中なんだから、さっさと処理したかったのに。
仕方がない。やはり、勝手に争って共倒れしてくれるのを願うとしようか。




