第601話 悪魔よりも悪魔らしい誘惑
「あ、あの……ここは」
「魔王軍だ! 歓迎するぞ!」
「魔王軍!?」
鳴神とアルメナが連れてきた男たちは、理解が追いついていない様子だった。
見るからにうろたえた様子で、現実を受け止められずにいる。
これ、大丈夫か? ここに慣れるまでに、また鳴神が恨まれそうなんだけど。
「大丈夫です」
どうしたものかと考えていると、男たちの前にアルメナが歩み寄る。
その姿はあまりにも無防備で、男たちもそれを見ていくらか落ち着きを取り戻したようだ。
おそらく、彼女が敵ではないと理解したのだろう。
「だ、大丈夫って言ったって、魔王軍だなんて聞いていないぞ……」
「あなた方に話したことは全て真実です。地上の暮らしと違い、地底魔界こそが楽園。その言葉に偽りはありません」
「仮にそうだったとしても、俺たちは人間だぞ……。魔王軍が、人間まで面倒を見てくれるって言うのかよ」
「真面目に働くなら、どんな種族でも面倒を見るぞ」
衣食住なら問題ない。
料理大好き魔族と裁縫大好き魔族がいるし、ダンジョン拡張なら俺がいる。
各施設の利用も好きにすれば良いし、給料だって払う。
魔族以外の人手も必要だから、あからさまな差別などする気もない。
「……どうする?」
「……どうするって言っても、そもそも俺たちに拒否権ってあるのか?」
「無さそうだな……」
悪いが無い。ここに来て魔王軍のことを知った以上、帰すつもりはない。
だから、諦めてうちでの生活に慣れてくれ。
俺はアルメナに目をやると、彼女は意図を察したように彼らに語りかける。
「まずは、ここでの暮らしを体験してみてください。きっと、地上よりも良い生活ですから」
「……そうだな。まずはそこからか」
「よし、では行くぞ! 俺が案内をしよう!」
張り切る鳴神の背に続き、男たちは気持ちを切り替えたように去っていった。
「慣れると良いんだが」
「慣れなかったら、何度でも説得してみせます」
アルメナは根気強いからなあ。
どうあっても、最終的には彼らが折れることになりそうだ。
◇
「それにしても、やりたい放題だな。嘉神とかいうやつ」
「まったくもって救いがたい。おそらく、女神から力を得たことで増長しているな」
「それだけなら、今まで相手をしてきた転生者と同じだけど、勝ち目がないとわかったら転移で逃げるのは面倒だ」
しかも、安全圏ギリギリのところから相手を挑発するものだから、性格が歪んでいる。
リウィナと再び戦った場合、確実に同じようなことをするだろうな。
だが、それは相手の間合いを見切る能力が高いということでもある。
「戦う力は鳴神と同じくらいか」
「新たなフォルムを手に入れたが、あいつも転移という力を得ている。互角のままだろうな」
ならば、鳴神をぶつけておしまい、というわけにもいかない。
やはり、うちに関わってこない限りは無視しておくべきか?
人類同士で争う分には、好きにすれば良いし。
そう思っていたのだが、彼らが地底魔界の生活に慣れるころには、そんな言葉も撤回したくなってしまった。
◇
「やっぱり、モンスターダンジョンの侵入者が減っているな」
「みたいだねぇ。このままじゃ、誰も挑戦しなくなるかもしれないよ?」
「モンスターよりも、襲ってくる人間が厄介だからなあ。いっそ、嘉神とかいうやつを魔王軍にスカウトするか?」
そう言ってリグマが笑う。彼自身あり得ない提案だとわかっているのだろう。
あれを仲間にするなんて、とんでもない。
だって、絶対に働かないだろ。あいつ。
あいつがモンスターダンジョンの侵入者を狩り続けるのは、ちょうど良いカモだからだ。
力ずくで従わせることができ、ある程度の金やアイテムを持っている連中。
嘉神は、そいつらを襲って金を稼いでいる。
そうして、再び金がなくなったらモンスターダンジョンに通っては、侵入者を襲うことを繰り返す。
どう見ても、まともな労働力になるような男ではない。
というか、迷惑だ。あいつの噂が広まり、モンスターダンジョンの侵入者が減っているからな。
「よし、殺そう」
「出番か!」
「リピアネムを見たら、すぐに転移で逃げそうだな」
何日か観察していてわかったが、あいつはやはり力量差自体は把握している。
だから、十魔将あたりを差し向けたとしても、転移ですぐに離れてしまうだろう。
ついでに、攻撃が届かない距離から、挑発もしてくるに違いない。
「かといって、放置していたら困るのは、ルフのときと同じだ。早急に対処しないとな」
これ以上は、本当にダンジョンにとって害しかない。
まあ、散々観察をしたことだし、対処法ならいくらか思いついている。
確実に仕留められるように準備をするか。
「鳴神、アルメナ。お前らが助けたやつらを呼んできてくれ」
「承知しました」
「任せろ!」
◇
地底魔界の生活にも慣れてきた。
ナルカミさんやアルメナさんの言うように、なぜか地上よりも快適な生活を送っている。
安全な場所で簡単な仕事をこなすだけで、衣食住が保障される。
……魔王軍、もしかして人類よりも余裕があるんじゃないか?
「どうしよう。いくら考えても、地上での生活より快適だ……」
「ナルカミさんたちが救った人間たちの村もあるけど、みんな平和に暮らしているんだよなあ」
もしかして、だからこそ人類と魔王軍が争っていたのか?
魔王軍の物資を狙って人類が戦争を仕掛けた?
……いや、魔王が地上を狙って攻撃を仕掛けていたのも事実だ。
だが、今の魔王軍とかつての魔王軍の印象が違いすぎる……。
「む、見つけたぞ!」
「ナ、ナルカミさん? どうしたんだ? そんなに急いで」
いや、彼が急いでいるのはいつものことか。
何ごとにも全力なんだ。この人は。
「魔王様がお呼びだ! ついてきてくれ」
「え、魔王様が……?」
なぜと理由を聞くよりも先に、ナルカミさんは先へと進んでしまった。
あの人、イノシシみたいだよなあ……。
「……とりあえず、行くか」
「ああ。さすがに魔王様の命令を無視するのは怖すぎる」
そうして大人しくナルカミさんについていくと、俺たちが最初に連れて来られた玉座の間に、魔王様はたたずんでいた。
「急に呼び出して悪かったな」
「い、いえ! 滅相もございません!」
相変わらず、強さがわからない。
ともすれば、俺たちですら勝てそうな雰囲気が逆に恐ろしい。
言葉は淡々としており、感情もよくわからない。
ここで暮らしていくうちに魔族にも慣れたと思ったが、魔王様だけは理解不能な種族に見えてくる。
「呼び出したのは、お前らを襲った男について聞くためだ」
「俺たちを……。転生者と言われている男のことですか?」
「ああ。詳しく聞かせてくれ」
正直なところ、嫌な出来事だったので忘れたい。
だが、こうして聞かれた以上は断るわけにもいかない。
俺たちは、思い出せる限りの情報を魔王様に話した。
あいつの特徴、性格、戦い方。
そして何よりも、あの転移らしき力について。
思い出すうちに、だんだんと腹が立ってきて言葉に熱がこもる。
しかし、魔王様は荒くなった言葉を正すこともなく、俺たちの発言を聞いてくれた。
「なるほどな。やっぱり、ろくなやつじゃないな」
「まったくです! ならず者の獣人でさえ、もっと会話もできる!」
「だいぶ、腹に据えかねているようだな」
「あっ……。す、すみません。つい熱くなって」
しまった。魔王様の御前だというのに、失態を犯した。
だが、魔王様はやはり俺たちを咎めることはなく、謝罪を手で制した。
「謝罪はいらない。それより、そいつに報復したいか?」
「え……」
どういうことだ?
そりゃあ、やり返せるものならやり返したいけど、俺たちでは敵わないのも事実。
「こっちもあいつには困っている。近々対処する予定だが、お前たちが報復したいというのなら、策に組み込もうと思うんだが」
ああ、やりすぎたんだな。
それをすぐに理解した。あいつは、きっと魔王様の邪魔になることまでしてしまった。
だから、もうどうにもならないのだろう。
俺たちはあいつの被害者だ。
だが、この淡々とした魔王様の態度を見ると、ほんの少しだけ同情してしまう。
俺たちは、そんな魔王様の言葉に乗ることにした。




