第600話 玄関前に立つヒーローと教会関係者
「感謝するぞ、リウィナ。俺の国への被害を未然に防いでくれて」
「構わん。そも、私が取り逃がした男だ。今回も逃がしてしまったことは、むしろ私の落ち度と言えよう」
「真面目だな。どうだ? 俺の国で働かないか?」
「相変わらずだな。私がルダルを捨てることなど、ありえん」
「であろうな。優秀な者は、すでに他国に所属していることが多くて困る」
王様の軽口からすると、リウィナさんはすでに何度も同じように誘われているみたいね。
ほんと、優秀な人材と見れば見境ないから困るわ。
「しかし、転生者か……」
「なんか悪いわね。私の世界のやつが」
「いや、こればかりは女神の問題だろうな」
手当たり次第に、私たちみたいな転生者を送り込んでいるみたいだけど、ああいう連中もかなり多いのよね。
あくまでも力だけを見ていて、人格とかは一切考慮していないのは、さすがに問題だと思うわ。
でも、それだけ切羽詰まっているってことかもしれない。
人格を無視してでも、人類の戦力となる者を送り込まないと、魔王を倒せないと判断しているのかもね。
「それに、本来であれば俺たちが手綱を握るべきだ。それができない不甲斐ない王にこそ、問題がある」
「王様は頑張ってますよ?」
広貴の言うとおりね。この王様、遊び惚けているだけでなく、きちんとやるべきことはやっているもの。
だからこそ、迷惑かけている同じ世界の者たちが恥ずかしいのよ。
「その点、エーニルキアは上手くやっている。制御できないと判断したら、被害が及ばない遠方に放つか、完全な支配下に置くからな」
「でも、それって見放すか洗脳するってことでしょ? まさか、王様もそれが正解だなんて言わないわよね?」
「無論だ。だからこそ、あそことは方針の違いで争うこともある」
そうよね。いくらなんでも、自我を奪われるほどに魔法や薬浸けになったら、たまったものじゃないわ。
……でも、さっき襲いかかったやつのことを考えると、それが完全な間違いでもないと思えるから、やっぱり女神の力というのも問題なんだと思う。
「女神は、俺たちに試練を与えているのかもな。この程度乗り越えられねば、そもそも魔王など倒せないということなのかもしれん」
「たしかに、あの病気の能力者も、さっき会った乱暴者も、魔王と比べたらかわいいもんよね」
だからこそ、女神は次々と問題児を送り込んでくるのかもしれない。
魔王と比べたら大したことはないという目線だから、私たちも問題を起こすやつらも、同じ転生者にしか見えないのかもね……。
◇
「そろそろ金が減ってきたな」
また稼がないといけない。適当なやつらをぶん殴って金を奪うか。
面倒だが、獲物を探しに……いや、どうやら向こうからやってきたようだ。
「お前だな。俺たちの仲間をいきなり攻撃して、金を奪っていった男っていうのは」
「ああ? どれのことか覚えてねえよ」
いちいち覚えてられるか。そんなもん。
その言葉を聞いたとたんに、目の前の冒険者集団は剣呑な雰囲気を纏った。
ああ、覚えてないけど都合が良い。こっちも、ちょうど金が欲しかったところだからな。
「ちっ! 話に聞いていた通りのやつだな!」
さっさと殴って言うことを聞かせようとしたが、生意気にも防御してきやがった。
まあいい。どうせ、俺より弱いような連中だ。徒党を組んだら勝てると思っているあたり、頭も悪い。
現に、一発殴るごとに俺にビビり始めている。
「おら、どうした? さっさと殴られて、てめえらの金も置いていけ」
「舐めやがって、お前一人で俺たち五人に勝てるとでも思っているのか!」
たしかに、こいつらの言うこともわからなくもない。
重点的に一人を狙っているが、そいつ以外はまだまだぴんぴんしている。
それに、集団での戦闘にも慣れているのか、このままじゃ数の差でこっちが不利にもなるだろう。
だが、一対一で戦えば俺のほうが強い。
「なに!? 消えた?」
「どこ見てんだ!」
囲まれて不利になったら、転移して体勢を立て直せばいい。
そうやって一人ずつ倒してやれば、こんなやつら俺の相手じゃない。
「なんなんだこいつ! 戦い慣れしすぎている!」
「こっちは、お前らみたいな獲物と散々戦ってるんだよ。それで経験値と金が稼げるんだから、便利な世界だよなあ!」
気ままに暴れるだけで強くなる。金にも困らない。
しかも、転移なんて力までくれるなんて、女神を名乗っていたあの女に感謝の一つでもしたくなる。
ほんと、良い世界に送ってくれたもんだ。
五人の男たちは、すでに不利を悟ったらしく、及び腰で俺と戦っている。
だが、まだ戦うことを選んでいるあたり、何か考えがあるようだな。
ああ、あの魔法使いの男か。何か大がかりな魔法で俺を攻撃しようと企んでいるんだろ。
「調子に乗りすぎたな。これで終わりだ!」
俺めがけて雷が降り注ぐ。たしかに、まともに食らえばただではすまないだろう。
だが、攻撃範囲にすでに俺はいない。
雷に触れないギリギリの場所へと転移すると、相手は悔しそうに顔を歪ませる。
実に心地が良い。これだから、この力は便利なんだ。
「当たると思ったか? 残念だったなあ!」
頼みの綱も不発に終わり、五人の男たちは血にまみれながら命乞いをしてきた。
殺してはいないが、あの様子だと回復するにも相当時間が必要だろうな。
有り金を失った状態で、傷の手当すらできずに不憫なもんだ。
◇
「ヒーロー出動! 行くぞアルメナたち!」
「今回は外に行くんですか?」
「その通り! 外で活動を許されたということは、お前たちも、宰相様に信頼されたということだな」
「が、がんばります!」
とはいっても、まだピルカヤ様の監視は残っているけどな。
それに、俺たちが駆り出されるあたり、ナルカミとアルメナたちだけでは暴走すると思われていそうだ。
「ねえ、タイラー。ナルカミくんたちって、なんでいつも走るのかしら」
「わからん。レイ様が言うには、暴走する衝動が体を突き動かしているかららしいが、俺たちにあれを止められるんだろうか……」
まあ、悪いやつじゃないんだよ。ナルカミもアルメナも、教会の者たちも。
ただ、使命に駆られて暴走しがちというだけで、俺たちがなんとかそれを制御しないといけないわけで。
……大変な仕事を任されている気がする。頑張ろう。
そう決心してから、しばらくナルカミたちを追いかけ続ける。
レイ様が、ナルカミやリピアネム様を犬みたいだと言っていたが、その気分が少しわかった。
そんな暴走する犬たちは、俺たちを振り切りそうな勢いだというのに、急にぴたっと停止した。
「どうした? ナルカミ。何かあったか?」
「タイラー、怪我人を発見した! 治療するぞ!」
「げっ、なんでまたこんな場所で」
このあたり、まだモンスターは出てこないはずだぞ。
もしかして、また変異したモンスターが暴れまわったか?
とりあえず、怪我人とやらの治療はナルカミたちに任せるか。
俺たちはそんな彼らが襲われないよう周囲を警戒する。……が、特におかしな様子はない。
「大丈夫ですか? 治療はしましたので、動けるはずですが」
「あ、ありがとう……。助かった」
さすがに、回復薬を使っているだけあって、あれだけの傷もすっかりと完治している。
男たちは、自分たちの手足が動くことを確認してから、アルメナたちへ感謝の言葉を述べた。
「何があったんだ? こんな場所で、モンスターに襲われたってことはなさそうだが」
「ああ……。こいつが急に襲われて金を奪われたから、俺たちでその男に報復しようとしたんだ」
「だが、反対にそいつに返り討ちにあって、見ての通り動くこともできなくなった……」
「おかげで、全員一文無しだ。……悪いな。本当ならあんたたちに礼の一つでもしたいんだが」
そりゃあ、災難だったな。
金まで奪われるあたり、下手したらモンスターに襲われるよりも最悪だ。
だが、この世界ではその手の被害も、そう珍しくはない。
特に俺たちみたいな冒険者は、何の後ろ盾もないから獲物になりやすい。
「かまわん! だが、一文無しというのは問題だな」
「そうですね。このままでは、食事すらできないということですし」
ナルカミもアルメナも、謝礼なんて求めずに人々を救っている。
なので、この二人の心配は、あくまでも彼らの今後についてだった。
「あのままだと、野垂れ死ぬしかなかったが、あんたたちのおかげで動けるようになった。だから、食い扶持くらい探してみるさ」
「当てはあるのか?」
「冒険者だからな。体さえ動くのなら、なんとかしてみせる」
「とはいっても、まだ何をすべきかは考えていないけどな」
「どうするかなあ。今日中に完了して金をもらえる適当な依頼でも探すか」
まあ、適当に獣を狩るなり野草を探すなりもできるか。
これ以上世話を焼く必要はないだろうし、こいつらともここで別れることに。
「ならば、転職してみないか?」
「困っているのであれば、私たちが良い職場を紹介しましょうか?」
なんか、急に勧誘が始まった。
俺だけでなく、言葉をかけられた男たちも困っている。
そりゃあそうだ。急にそんなことを言われても、どう判断すれば良いかわからないだろう。
「食事も寝床も提供され、福利厚生がしっかりしていて、当然給与もでる場所を俺は知っている」
「この荒んだ世界における楽園に、あなたたちを招待しましょう」
あ、怪しい……。なんて怪しい二人なんだ。
普通なら、こんな言葉に騙されることはないぞ。
だが、そこは先んじて無償で自分たちを救った相手の言葉だ。
男たちは顔を見合わせて、しばらくの間仲間内で相談をしはじめた。
「話がうますぎる気がするが……俺たちを救ってくれたのは事実なんだよなあ」
「そうだな。あのままだと、どうせ死んでいたし」
「えっと、あんたたちの職場で働いた場合って、その後俺たちはどうなるんだ?」
「しばらくは、その職場から出ることはできなくなる。だが、休みなく働くということではないぞ」
「活動拠点がその場所に固定されるだけです。上の方たちに信頼されれば、私たちのように外での活動も許されます」
そうだな。一度地底魔界で暮らすことになったら、おいそれと外に出ることはできなくなる。
だが、それもわずかな期間だけだ。
大抵の人間は、地底魔界での生活のほうが快適だと知り、従順な配下へと変わる。
そうなると、俺たちみたいに地上での活動も可能になる。
「……どうせ、その日暮らしだったわけだし、それくらいなら気にすることもないか」
「ああ。いい加減、限界を感じていたからな」
「その話、受けさせてもらえるか?」
「歓迎しよう! あそこは、良い場所だぞ」
こうして、ナルカミとアルメナは、魔王軍に所属する人間の勧誘を完遂した。
レイ様がこの二人を地上でも活動させるよう許可したのは、ここまでを見越してのことだったんだろうか……。
魔王軍、徐々に人類のことを切り崩そうと考えていないか?




