第599話 いっそ共倒れを所望する
「素直に金を置いていけば、そんな目に遭わずにすんだのにな」
「くそっ……」
「ああ? 糞っていうのは、誰のことだ? まさか、俺のことを言ってんのか?」
「や、やめろっ! 金なら渡しただろ!?」
男の人が、見るからにガラの悪いやつに絡まれている。
話を聞く限りでは、すでにお金を取られたというのに、ちょっとした悪態が癪に障ったみたい。
……うわぁ、どう見ても最低なクズじゃないの。
でも、見ちゃった以上は仕方ないわね。
「ちょっと! 何してんのよ、あんた!」
「あぁ?」
「お、お姉ちゃん……」
私と広貴の登場に、男は不機嫌そうな眼差しをこちらへと向けてきた。
うん、絶対話通じないわ。この男。
「その人から手を離しなさいよ! もう十分暴れたでしょ!」
「失礼な奴だな。別に俺は暴れることが目的じゃねえ。こいつらが生意気だからしつけてやってるだけだ」
「なら、しつけだってもう終わったでしょ! これ以上その人たちを傷つけるっていうのなら、私が相手になるわよ!」
そう。よりによってサンセライオでこんな真似は許さない。
私も広貴も、この国の人たちには散々お世話になっているんだから、この国で暴れるやつを放置なんてしておけない。
「面白え。なら、有り金全部置いていってもらうぞ」
「ぎゃっ!」
もう戦う気もない男の人を雑に蹴とばしながら、そいつは私たちに向き合った。
無理無理。こんなやつとは絶対に分かり合えない。
「やるわよ! 広貴」
「お姉ちゃん、喧嘩っ早いんだから……」
正義のためよ! 王様に代わって、私たちがこの国を守らないと!
というか、こんなやつが国にいたら、絶対に今後もトラブルが起きるじゃない。
「くだらねえ。正義の味方気取るのは勝手だが、俺に勝てるとでも思ってんのか!」
「うっ!」
容赦ないわね……。いきなり殴りかかってくるわ、骨を折ってくるわ、やっぱりこいつ最低ね!
私が再生の加護を持っていなかったら、大変なことになっていたわよ。
「なんだてめえ。回復薬でも隠し持ってたのかよ」
「こっちも手加減なんてしてやらないからね!」
むこうは素手だけど、そんなことは関係ない。
男の足を狙って短刀を振るう。さすがに殺すのは後味が悪いし、動けなくするのが一番よね。
「その程度の武器で俺を倒せると勘違いしてんのか、てめえ」
こいつ……。最低だけど強い。
これでもモンスター相手に何度も戦ってきたけれど、モンスターとは比較にならないほど悠々と攻撃をさばかれている。
それに、そのたびに私の体に躊躇なく拳が撃ち込まれる。
ああ、もう! 再生はできるけど、骨が折れたら動きづらいのよ!
「気持ち悪い。なんだてめえの体。回復薬とは関係なく、傷が治ってるのか」
こいつ、私より強いわね。
だけど、だいたいわかったわ。
「広貴、あんたもやりなさい! こいつ、私よりは強いけど、あんたなら倒せるわ!」
「はあ? そんなおどおどしたガキが、俺を倒す? 笑えねえ冗談だぞ。クソアマ!」
顔を潰すように拳が振るわれる。
痛みは元から感じないし、体は数秒で治るけれど、距離が離されてしまった。
でも、広貴はちゃんと私の言うとおりに、男に向かって駆け寄っている。
「っ!」
「え、えっと……。サンセライオから、出て行ってください!」
「このガキも……。なんなんだお前ら、どう見ても俺や鳴神の野郎のような力はない。そのはずなのに、なんでそこまで……」
広貴とは互角。いえ、さすがに向こうの方が強い。
だけど、広貴なら勝てるはず。
広貴はゲームが好きだったから、この世界でもレベル上げばかりしている。
実戦経験という点においては、目の前の男にだって負けていないはずよ。
「そうか、女神のやつが言っていたな。ここはゲームの世界だって。つまりお前らは同類ってわけだ」
「も、もしかしてあなたも」
「なるほどな。どう見てもただのガキなのに、俺と戦えるほどの強さなのは、ゲームのようにレベルでも上げたってことか」
自分の方が優位だと確信したからか、男は余裕そうに広貴の攻撃に対処している。
そうして、完全に広貴と私をいなして、そのまま反撃に転じた。
「じゃあ、やっぱり暴れれば暴れるほどに、俺も強くなるってわけだ。今後もてめえらみたいな生意気なやつを潰して、あのムカつく女を超えてやる」
顔が潰された。それは、私だけでなく広貴も同じ。
私は血を流しながらも再生できるけど、広貴はそのまま倒れて動かなくなった。
「お? そっちはちゃんと倒せるんだな。気持ち悪い女の方とは別か」
「誰が気持ち悪い女よ!」
顔は再生しきってないけど、もういいわ。
動けるのなら食らいついてやらないと。そうして近寄る私を、男はわずらわしそうに迎撃し……背後からの攻撃を無防備に受けた。
「なっ!? こいつ、双子か!」
残念。私には広貴以外の弟なんていないわ。
頭を押さえながら、男は背後の広貴の分身を睨みつけた。
チャンス! 私に対して無防備に背中を向けている。だったら、このまま攻撃を……。
「ああっ! もう!」
無理ね。背後からの攻撃だというのに、蹴とばされてまた距離が離れた。
「広貴! 一気に行くわよ!」
「うん。お姉ちゃん」
私の合図で、広貴は分身を大量に作成し、男の四方から一斉にとびかかった。
逃げ場はないわ。さすがに、この人数が相手ならあんたも太刀打ちできないでしょ。
「あ、あれ?」
「そういうことか。それがてめえの加護だな」
今度は広貴の方が、男の攻撃を無防備に受ける。
分身は一撃で倒されてしまい、体勢を立て直す前に次々と数が減っていく。
「それで終わりか? なら、てめえらはもう終わりだ」
まずいわね……。モンスター退治をしてきた私よりも、こいつのほうが実戦経験が上ということかしら。
格上の相手なんて、王様たちとの訓練以外で経験がない。
このままじゃ、私たちに勝ち目なんてないわ……。
まあ、最悪二人死んだとしても、私は再生できるし広貴は分身だからそれで良いけど、こいつをサンセライオから追い出せなくなる。
広貴の分身が、王様たちを連れてくるまで粘らないとね。
「見つけたぞ。また、人間を襲っているようだな」
「ちっ! またてめえか!」
すると、背後から凛とした女性の声が聞こえた。
誰? 男の態度を見る限り、男の仲間ではないとはわかる。
振り返ると、そこには古竜と同じ特徴を持った綺麗な女の人が立っていた。
その女性は、私たちを一瞥することもなく、男に向かって飛びかかるように攻撃を仕掛けた。
しかし、いつの間にかその場には女の人だけが残っていて、あの男の姿はどこにも見えなくなっている。
「……やはりな。転移のような力を持っているのか」
「あ、あの……。ありがとうございました」
「いや、礼には及ばん。それに、今回も逃がしてしまったからな。怪我をしているようだな。これを使ってくれ」
女性は声と同じく凛とした態度で、私に回復薬を渡してくれた。
「大丈夫です。私、怪我はすぐに治る体質なので」
「……そのようだな。だが、私がもう少し早く来れば、その怪我も負う必要はなかった。すまなかったな」
「いえいえ! あなたが来なかったら、あいつにもっと殴られてましたから!」
逃げてしまったけれど、まだサンセライオにいるのかしら?
王様たちに事情を説明して、国内を調査してもらわないといけないわね。
「えっと、私は鳳愛美で、こっちが弟の鳳広貴です。助けてくれてありがとうございました」
「私の名はリウィナだ。感謝の言葉受け取っておこう」
「え、リウィナ!?」
「む? どこかで会ったことがあったか?」
お姉さんの言葉に、広貴が珍しく大きな声を出して驚いていた。
もしかして、有名な人なのかしら?
古竜の特徴と一致しているし、ゲームに登場する強いキャラクターってこと?
「お、お姉ちゃん。この人勇者パーティだよ」
「え、そうなの? だから、あの男が一目見て逃げ出したのね」
「いかにも、私は勇者ヘーロスの仲間の一人だ。だが、あの男が逃げたのは、私の肩書に恐れたというよりは、以前戦って不利と悟ったためだろうな」
あいつ……。そんな相手にまで喧嘩を売ってるの?
ほんと、見境なしに暴力を振るう最低な男じゃない!
そんな男を逃がしてしまったのは、不覚だったかもしれないわね……。
「その……あいつは、リウィナさんとも戦えるほど強いんですか?」
「あいつは、力を使いこなしている。攻防の際に転移を仕掛け、こちらの攻撃を回避し、反対に回避したはずの向こうの攻撃を当ててくる。あの戦闘のセンスはかなりのものだ」
「たしかに……僕たちには、転移なんて使ってないのに強かったよね……」
「私も一度目は防ぎきれなかったからな。だが、種が割れた以上は戦えば勝てる」
よかった。それなら、もう安心……。
というわけでもなさそうね。リウィナさんの表情は嫌気がさしたようだったから。
「そしてそれは向こうも理解しているのだろう。あれ以来、私がいくら追いかけても転移で逃げてしまってな」
「うわあ。最悪……」
地力があって、加護無しで強くて、かといって調子に乗って自滅するわけでもない。
なのに性格は最悪。もうほんと最悪!
しょうがない……。まずは、さっきのことを王様に報告しないとね。
◇
「サンセライオのほうで暴れていたみたいだよ?」
「ピルカヤが発見できたってことは、対策はしていないってことだな」
「だね~。みんな、そのくらい気を抜いてくれていたら良いのに」
俺もそう思う。そうしたら、魔王軍は世界中の情報を得られると言っても過言ではないからな。
だが、大抵はピルカヤに注意して、彼の目に届かないよう行動するので厄介だ。
その点、今回の嘉神という男は対処もしやすそうだ。
「一瞬でその場から離脱する力か。ダンジョン以外でも行使できるってことは、アイテムではなくそいつ自身の力だろうな」
転移魔法というものもあるけれど、フィオナ様みたいに規格外の魔力でもない限り、事前の準備が必要らしいからな。
クララたちが地底魔界に設置してくれたような、魔力のマーカーをわざわざ準備するような男とも思えないし、十中八九あいつの加護の力だろう。
「となると、ダンジョンに入ったからといって、気軽に追い詰めるのも難しいか」
「転移できるというのなら、そのまま逃げちゃう可能性もありますからねえ」
「転移対策か……。何かあるかな?」
転移阻害みたいなことができれば一番だけど、その手のノウハウは俺にはないからなあ。
まずは、何事も実験だ。ということで、良い実験対象は……。
「クララ。転移魔法を使いながら、ダンジョンに潜ってみない?」
「な、何かお気に触ることをしてしまいましたか? であれば、罰は私だけが受けますので、どうか仲間たちはこれまで通りに……」
「いや、そういうわけじゃなくて……」
綺麗に頭を下げられてしまった。
隣にいるロペスもだけど、二人してそんなに深々と頭を下げなくて良いのに。
そうかあ。ダンジョンは嫌かあ。
「じゃあ、フィオナ様。転移魔法の妨害実験に付き合います?」
「ええ……。私のこと、本気で倒そうとしています?」
「違いますって、なんでみんなして警戒するんですか」
「日頃の行いですねえ」
それを言われたら何も言い返せない。
仕方ない。転移対策は、まずは脳内で色々と検証するとしよう。




