第596話 癇癪玉のエイリアン
「駄目だあ……」
仲間の落ち込む声が聞こえるが、無理もない。
最近、冒険者としての活動がどうにも上手くいっておらず、自信を喪失しているのだろう。
前までは、それなりに成功していたのだが、最近では敗走ばかりだ。
それでも、稼げる金自体は以前より増えているのが、なんとも複雑な心境といえる。
「やっぱり、どう考えても罠がきついよなあ……」
それもこれも、全ては魔王が本気でダンジョン作成をしたことが原因だ。
ダンジョンの罠やモンスターは、以前と比較して凶悪になっている。
特に罠だ。これまでなら簡単に踏破できたはずのダンジョンも、罠のせいで一気に難易度が上昇している。
そのおかげで、ダンジョン自体が活性化して宝箱も増えているらしく、結果的に収入は増えているんだろうなあ……。
稼ぎが増えたことに喜ぶべきか、魔王が力を蓄えていることに恐れるべきか、やはり複雑だ……。
それに、このままでは、仲間たちの自信が消失してしまう恐れがある。
稼ぎだけ良くても、このままでは冒険者としての活動を引退しかねない。
まずいな……。ここは、もっと簡単なダンジョンに挑んで自信を取り戻すべきか。
「そうだ。罠がないダンジョンに行けば良いんじゃないか?」
そこで思い出したのは、最近できたばかりのダンジョンだった。
酒場で聞いた覚えがある。エーニルキアの辺境に新たなダンジョンが発見されたが、そこはモンスターしかいないという噂だ。
「そんな場所あるのか?」
仲間たちは、あのときの噂話が聞こえていなかったようで、俺に疑いのまなざしを向けてくる。
「モンスターダンジョンと呼ばれる場所が、最近発見されたんだよ」
「モンスターダンジョン……」
「ああ、そこなら変な罠もないらしいから、モンスターだけに注力できるだろ?」
俺の言葉を聞いた仲間たちは、各々考えを巡らせているらしく、しばらく黙り込んでしまう。
だが、すぐに気持ちを切り替えたように、前向きな言葉で提案に乗ってくれた。
◇
「たしかに、ここならやりやすいな!」
「ああ。モンスターたちは手強いけど、凶悪な罠がないだけで全然違う」
良かった。どうやらここに来て正解だったようだ。
モンスターを相手にするのも簡単なことではない。
だが、罠を考えなくても良い。それだけで、気持ちはだいぶ楽になっている。
「けっこう稼げたな。このまま帰還しても、十分な黒字だ」
それに、まだまだ余裕もある。あと何度かモンスターと戦闘しても問題ない。
無理せず撤退のタイミングを見誤らなければ、十分すぎる成果を持ち帰れるだろう。
「へえ、それならそのおこぼれ俺にもわけてくれよ。先輩」
「誰だ!?」
急に見知らぬ声が聞こえ、俺も仲間たちもすぐにそちらへと警戒を向けた。
すると俺たちの後ろから、ゆっくりと一人の男が現れる。
冒険者……。いや、やけに軽装だな。ろくにアイテムも持っていないんじゃないか?
「誰って、ただの冒険者だよ。あんたたちと同じだ。ああ、それとも名前か? 嘉神っていうもんだ」
「そうか……カガミ。おこぼれだっけ? 俺たちは、そろそろ撤退するつもりだったし、そういうことならここから先は譲るよ」
「ああ、違う違う。そういうことを言っているんじゃねえんだ。今日たんまりと稼いだんだろ? それをよこせって言っている」
「は!? なんで、お前なんかにそんな」
あまりにも傲慢な言い草に、仲間の一人が思わず食って掛かるが、その声は途中で遮られた。
……男の拳が、仲間の顔面にめり込んだからだ。
「な、なにしてんだお前!」
引き抜かれた拳は血まみれだった。
仲間は顔を押さえて倒れている。骨折したか……?
なんなんだこの男は……。粗暴な獣人だって、もっと話ができるぞ。
危険だ。俺たちがそれを理解するには十分だった。
たちの悪いことに、この男は当たり前だと思っている。
俺たちが金を渡すことも、逆らったら暴力で従えることも、あまりにも当然で自然なことだと考えているようだ。
「ふざけやがって……不意打ちで一人倒したくらいで、この人数相手に勝てるつもりか!」
「なんだ。逆らうつもりかよ。せっかく、穏便に話をすませようとしているのに、血の気の多いやつらだな」
こちらは三人。先ほどのように不意打ちをされない限り、そう簡単にやられるはずはない。
だが、目の前の男は余裕そうな態度を崩すこともなく、平然としながら俺たちの前に立っている。
それが……やけに不気味だ。
「なっ!?」
速い!?
気が付いたら一瞬で懐に潜り込まれていた。
身を守ろうとするもすでに手遅れで、男の拳が容赦なく骨を折る。
「うっ!」
モンスターではなく、こんな得体のしれない男に傷を負わされるとは……。
踏みとどまるも、男は執拗に追撃を続け、そのたびに体は痛めつけられる。
助けに入ろうとした仲間たちも、男を捕らえることができずに次々と傷を負っていく。
まずい……。こいつ、強い。
撤退。いや、金さえ渡せば問題ないはずだ。
「そこで何をしている」
なんとか、この場から逃れようと考えていると、また別の見知らぬ声が聞こえる。
誰だ……。少なくとも、男の仲間というわけではないはずだ。
なら、助けを求めるべきだ。
「た、助けてくれ! いかれた男に攻撃されている!」
恥も外聞もなく助けを求めると、声の主はすぐに俺たちの元へと駆けつけた。
この女、エンシェントドラゴン? たしか、勇者ヘーロスのパーティメンバーの――リウィナか!
「事情はわからないが、彼らはすでに倒れている。それ以上痛めつける必要はないだろう」
「はあ? 邪魔すんじゃねえよ」
「っ!」
本当に、まともに会話ができない男らしい。
リウィナの忠告を聞いた男は、そのまま自然な流れで殴り掛かった。
だが、さすがは古竜であり勇者パーティだ。
不意打ちともいえる攻撃をやすやすと受け流し、無傷で男を睨んでいる。
「何のつもりだ」
「うざってえ……。たかだかゲームのキャラクター風情が、俺のやることに逆らうんじゃねえ!」
何言っているんだこいつ……。
本当に理解ができない。別の種族でさえ、もう少し話が通じるぞ。
同じ人間とは思えない……。
「敵ということだな。ならば、相手をしてやろう」
だが、さすがに相手が悪い。
古竜というものは、他の種族より強い。その古竜の中でも上位である勇者パーティだぞ。
だというのに、カガミという男の戦意はまるで失われていない。
「邪魔すんじゃねえ! トカゲが!」
「獣以下だな」
どちらも、俺たちより強い。
だが、そんな二人の間にも実力差は存在するようで、カガミの拳をリウィナは悠々と回避してみせる。
やはり、古竜には勝てないだろうな。よくわからないやつだったが、なんとか助かったかもしれない。
「てめえ……」
「……」
カガミがリウィナに殴りかかるも、逆に拳を打ち込まれる。
勝敗は決した。そのはずだ。
だが、リウィナは不可解そうな目でカガミを見下ろしていた。
……腹にあざができている? 避けたはずじゃなかったのか?
「お前は危険だな」
「クソアマが……。てめえの面覚えたぞ」
そう言い残すと、カガミの姿は消えてなくなった。
「き、消えた!?」
「……黄金のコインでも使ったか?」
それならば、ダンジョンから一瞬で脱出できるのも納得できる。
獣のような男かと思ったが、敵わない相手には引くという判断もできるということか。
「安心すると良い。少なくとも、もうここにはいない。それよりも怪我の手当てだ。回復薬はあるか?」
「あ、ああ。それなら持っているから問題ない」
リウィナはすでに割り切っているらしく、俺たちに回復薬を渡そうとしてくれる。
だが、さすがにそこまで世話になるわけにはいかない。
幸い、金も物資も奪われずにすんだからな。
……まさか、モンスターではなく人間に襲われて消費することになるとは、なんとも複雑だ。
◇
「嘉神、変わらんな……。まったくもって、更生できない悪だ」
「あいつが鳴神の知り合いか」
「ああ。弱者を暴力で従えて、あらゆる物を奪おうとする男だ」
だが、リウィナには勝てないようだな。
そして鳴神と互角というのも頷けるステータスだ。
嘉神晃 魔力:48 筋力:77 技術:55 頑強:66 敏捷:66
レベル上げをしていたということか?
いや、どちらかというと今回みたいな喧嘩だな。
現地人に絡み続けた結果、自然と経験値が入って強くなったのだろう。
「とりあえず、ロペスは気を付けてくれ」
「だなあ。金目当てで絡まれかねない。リウィナに絡んでいたことから、ウルラガの旦那を見ても怯まないだろうし、むしろ同じ古竜として余計に喧嘩を売ってきそうだ」
「上等だ。そのときは、俺がぶっ飛ばしてやる」
「いや、あの手のやつは敵わないと知ったらすぐに逃げるぞ」
「めんどくせえ。一度売った喧嘩なら、最後まで殴り合えよ」
そういうやつなら、こっちも対処しやすいんだけどなあ。
実力差を理解した途端に逃げる相手のほうが、よっほどやりにくい。
そして、残念ながら嘉神という男は、やりにくい部類の転生者らしい。
しかも、帰還用のアイテムまで準備しているあたり、逃げることに何の抵抗もない男なのだろう。
そこまで考えてから、俺はうずうずしている彼女に一言告げた。
「駄目だから」
「何!? 私も古竜だぞ」
「帰還する可能性を考えると、リピアネムを見せるわけにはいかない」
「ならば私が」
「何がならばですか。四天王のリピアネムが駄目なら、魔王であるフィオナ様なんてもっと駄目です」
なんですか、その表情。
二人とも、却下されると思っていなかったらしく、本気で驚いている。
「むう……。なら、レイがかまってください! 私たちを放っておいたら、あの転生者を倒しに行っちゃいますよ!」
「どんな脅し文句ですか……」
嘉神のことは、今は手出しはしない。
うちに絡んでくるようなら対処もするが、まずはモンスターと罠に任せるつもりだ。
そうして観察してから対応方法を決めることになるだろう。
いっそ、リウィナが倒してくれないかなあ。
「気持ちが入っていません!」
「入れていませんからね」
「なら入れなさい! リピアネム、あなたもなでてもらうことで、レイの両手を塞ぎますよ!」
「承知しました。レイ殿、頼む」
「ええ……」
両手を塞いでも、思考は止まらないぞ。
やはりお馬鹿な犬……。そんなことを考えながら、俺は魔王軍の最高戦力たちをなで続けるのだった。




