第592話 神の加護は人のため
「そうですか。アルメナが……」
全身を聖鉄で覆った重装騎士は、淡々と事実のみを反芻した。
アルメナは疎まれた奇跡の担い手であり、教会から離反しようと興味が無い。
というわけではなく、彼は誰の話であっても同じように反応しただろう。
いかなる状況においても、常に冷静に対処することを信条にしているためか、どんな事象にも淡々と事務的に対応する。
それが、彼の利点でもあり欠点でもあった。
「それだけか? アルメナはあれでも一部隊の長だ。離反したというのであれば、処罰が必要だろう」
なので、彼に報告をした女性は、その反応を予想しつつも眉をひそめた。
過去の戦で焼け落ちた白灰のような色の肌を引きつらせながら、不機嫌そうな表情へと変化する。
「全ては神が決めることだ。私たちは、それに従うだけだよ」
祭服を着た男もまた、堅牢な鎧に身を包んだ男と同じく、アルメナの行動に興味を示さなかった。
自分以外の二人がこのような調子では、これ以上話していも埒が明かない。
そう判断した女性は、軽くため息をつくと同時に、灰聖堂へと歩みを進めた。
◇
「アルメナの奇跡は、出来損ないではあるものの本物でした。ロザリウス様、神はなんと仰っていますか?」
「不問である。そう仰っています」
煤色の作業衣を着た女性の問いかけに、金と深紅に彩られたひときわ豪奢な法衣に身を包んだ男が答える。
その様子に、白銀鎧の女性はまたも眉をひそめた。
「では、アルメナに罰は与えないと?」
「その通りです、レオナ。神の言葉には従わなければなりません」
これ以上は無意味だ。
そう判断したレオナは、傷の疼きに不快感を覚えながら、ロザリウスの言葉を聞き続けるのだった。
◇
「奇跡?」
「はい。といってもご存じの通り、傷負いなんて揶揄される奇跡ですが……」
ダンジョンマスターさんのことを考えた結果、アルメナの力についても聞いてみた結果、彼女の力はどうやら奇跡と呼ぶらしい。
奇跡か。なんだか、特別な力という印象を受けるな。
「それって、魔法とは別なのか?」
「そうですね。魔法と違って、奇跡は会得しようとして会得できるものではありません。生まれながら、あるいはある日突然発現するのです」
「条件は?」
「不明です。教会でも様々な研究が行われましたが、望むような成果には至りませんでしたので」
ということは、どちらかというと努力の末の力というよりは、運よく手に入る力ってことだ。
それって……。
「転生者の加護に似ているな」
「ええ。なので、奇跡と加護は神の寵愛によるもの、とされています」
いらない!
いや、ダンジョンマスターさんがいらないとかではなく、あれの寵愛とか吐き気を催す。
なので機嫌を直してください。あなたのことは必要です。ダンジョンマスターさん。
「ど、どうされました?」
「女神の寵愛とか、気持ち悪いなあと思った」
「そ、そうですか」
でも、原理が同じだというのなら、奇跡も警戒すべき力だろうな。
アルメナだけでなく、教会にはいくつもの部隊を率いる者たちがいるらしい。
それら全てが敵対するとしたら、奇跡の内容によってはフィオナ様に危害を加えるかもしれない。
「アルメナ以外の奇跡って、どういうものかわかるか?」
「全員ではありませんが、何人かは……。ロザリウス様は、教義の代読者と呼ばれていまして、神の声を聞くことができます」
一個目からいきなり胡散臭い。
そんな俺の感情が顔に現れていたのか、アルメナは慌てて訂正した。
「わ、わかります。神の言葉を騙る者は、歴史上いくらでもいました。ですが、ロザリウス様は本物なのです」
「そう断言できるってことは、それだけの何かがありそうだな……」
「はい。人々どころか、教会の者ですら疑うようなお言葉を伝えたことがあるのですが、後に降臨した神がまったく同じことを仰っていましたので」
「なるほど、それで本物と証明されたと……」
それはそれで厄介だな。
あの女神の声を聞けるってことは、女神の名のもとに多くの人類を動かせるだろう。
それに、万が一聞くだけでなく話すことができるのであれば、そいつにだけはうかつに魔王軍の情報を渡せない。
「あとは、灰聖堂の管理人ユレア様は、魂を鎮める奇跡を持っていますし」
うちにもいるな。魂を鎮めるというか、魂になって汚い声で叫ぶバンシーが。
「白燼のレオナ様は、聖なる炎を操れます」
「普通の炎魔法とは別に、聖属性がついていそうだな」
「はい。悪霊やアンデッド、それに……魔族の方たちには、特に効果を発揮するはずです」
「危険だな……。魔王軍特攻みたいなものか」
ピルカヤなら、炎同士だし無効化できるか?
いっそのこと、聖なる炎とやらも取り込んで、さらにパワーアップできないかな。
それから、アルメナが知りうる限りの奇跡を聞いたが、レオナ以外はフィオナ様に害を及ぼすほどでは無いと思う。
奇跡鑑定官フェルノ、聖鉄騎士ガルドリック、断罪の狩人マルコス。
特に戦士として活動する者たちは、俺なんか簡単に殺せるだろうが、フィオナ様には届かないだろう。
◇
「とりあえず、そのレオナとかいうのは要注意だな」
「レオナって教会の?」
アルメナから話を聞き終え、フィオナ様のもとに向かっているとピルカヤが松明から現れた。
「知っているのか?」
「教会でボクの妨害をしているやつだからね。それなりに覚えているよ」
「ってことは、ピルカヤでも厳しい相手か」
「は~!? ボクなら、あんな炎ぜんっぜん効かないんだけど!」
あ、めんどくさいやつだ。
「悪かった。そうだな。やっぱり最初考えたように、炎同士ならピルカヤのほうが上か」
「当然だね!」
「じゃあ、聖なる炎とかいうのも取り込んで、さらにパワーアップは」
「え……。と、当然……だね!」
無理そうだな。
聖なる炎とやらが魔族特攻というのは本当らしい。
であれば、そんなものを内部に取り込んでしまったら、毒を取り込むみたいなものか。
「そうなると、ロマーナたちの聖なる力も、実は魔王軍特攻だったのかな」
「いや? 聖なる炎は奇跡の力だからねぇ。まがりなりにもあの女神の力なだけあって、ボクらへの嫌がらせ性能だけは高いんだよ」
「納得した」
またあいつのしわざかよ。
勇者に転生者に奇跡。とことん魔王軍への嫌がらせに余念がない。
つまり敵だ。アルメナのように取り込めるなら、それに越したことはない。
だが、基本的には勇者みたいな相いれない敵と考えたほうがやりやすい。
話しているうちに玉座の間へと到着したので、そのままフィオナ様に教会と奇跡について話してみた。
「ということで、教会の中に厄介な奇跡持ちがいたら、面倒だなと思っていました」
「なるほど、教会。……ええと、あれですね。レオンみたいな名前の白い炎使いがいました」
「レオナですね」
「あとは、リックみたいな名前が……あれ、これは勇者ですね」
「ガルドリックのことですね」
「ええと……」
「だいたいわかりました。つまり、記憶に残るほど厄介な相手はいないし、わざわざ倒す気すら起きなかったと」
「苦手なんですよ~。神のため神のためって、どうせこっちの言葉なんて聞く耳持ちませんし」
じゃあ敵だな。
フィオナ様が覚えていない以上、そこまでの脅威ではないだろうし、転生者よりは安全と考えて良さそうか。
それにしても、様々なアイテムや部下のことになると覚えているのに、興味が無いものはとことん興味ないよなあ。この魔族。
「な、なんですか?」
「いえ、敵の名前には無関心だなあと思いまして」
「し、仕方ないじゃないですか! そんな相手の名前なんて覚えていても、悲しいだけですからね!?」
「それもそうですね。そんな相手より、自分の仲間に記憶力を割くのは正しいですし」
「ですよね! ということで、今日の私の記憶力はレイのために使います。一緒に寝ましょう」
「……俺が寝ている間に、変なことしていないですよね?」
「し、していませんけど!?」
なら良いんだけど、寝ているときに記憶力を使うって、どう結びつくんだ?
「……ね、寝顔はずっと見てます」
「……まあ、それくらいなら良いですけど」
俺の顔って、そんなに眺めていないと覚えられないほど無個性なんだろうか……。




