第590話 人知れず奇跡を起こす時任ちゃん
「う~ん……」
気のせいかな? いや、たしかに聞こえたと思うんだけど……。
ダンジョン内を歩くも、そのことばかりを考えてしまい、どうにも心ここにあらずであると自分でもわかる。
「あれ、どうしたんですか? レイさん」
すると、見慣れた三人組に声をかけられた。
たしか三人とも今日は休みだったはず。ということは、どこかに遊びに行くのかもしれない。
「ちょっとした悩み事というか、気になることがあっただけだ。気にしないで良いぞ。世良」
「悩みですか? 僕たちで良ければ聞きましょうか?」
「でも、三人ともデートじゃないのか? 邪魔するつもりはないんだけど」
「大丈夫ですよ。今日は武巳と新と、まったり過ごす日って決めたので」
どうやら三人とも、どこかに出かけるつもりはないらしい。
さすがは恋人同士だ。地底魔界の何気ない日常さえも、三人でならいくらでも楽しめるんだろうな。
そういうことなら、遠慮なく聞いてみるか。
「三人とも、俺とフィオナ様がガシャを回しているのは見ていたよな?」
「そうですね~。魔王様から、また素敵な化粧品をもらえました」
「魔王様、ご自身では使わないんですかね? ……使わなくても、あんなに綺麗なんですか?」
「フィオナ様はずぼらだから、たぶん何もしていない」
一日中一緒にいても、そういう身だしなみは気にしていないからなあ。
きっと、何もせずにあれなんだろう。
俺の言葉を聞いて、原と世良が恐れおののいていた。
さすがは魔王。今日もまた、身内すらも恐怖させている。
「それで、そのガシャのときに何かあったんですか?」
「ああ。気のせいかもしれないけれど、俺が上位モンスターの亜種を狙っていたら、今は無理って誰か言わなかった?」
「こ、怖い話でしょうか!?」
世良ってこんな大声出すんだ。
いつもほんわかとした様子の彼女が、時任みたいになっている。
風間と原は、そんな彼女の様子を見て苦笑していた。
「新は、幽霊とか苦手なんですよ」
「……プネヴマやエピクレシのアンデッドは?」
「良い人たちなので大丈夫です」
「なるほど、害があるオカルトが苦手ってことか」
だとすると、謎の声もきっと良い人だから大丈夫だと思う。
俺がガシャにのめり込もうとしたときに、俺に頭を冷やすように忠告してくれた気がするし。
「そうか、聞こえなかったか……。え、幻聴?」
なんか、それはそれで嫌なんだけど。
というか、俺はそっちのほうが怖い。
この世界って幽霊は普通に存在しているし、そちらのほうがよっぽどマシだろう。
「テラペイア先生に診察してもらうのはどうです?」
「本気で全身を調べようとするからなあ……」
原の提案ももっともだけど、テラペイアは俺に過保護なんだ。
無理していないのに、なにかあったらすぐに全身を検査する。
みんなが蘇生する前には、何度か魔力切れで眠っていたことを話すと、わりと真剣に叱られたし。
「あまり無理しないでくださいね」
「ああ。最近は無理していないんだけどなあ……」
あの声は、どうやら俺にだけ聞こえていたということがわかった。
風間たちと別れて、念のために別の誰かにも話を聞こうとすると、なんだか賑やかな声……もとい騒がしい声が聞こえてくる。
「ぎゃああぁっ!!」
「だから、よく考えて手札を切れって言っただろ」
「芹香は、自信だけはすごいんだけどね」
どうやら、こっちも休憩中らしいな。
今回はドミノで遊んでいるらしいが、時任が負けたことだけはわかる。
「あ、レイさん! レイさんが来たから、今の勝負はノーカンだね!」
「なに、そのとんでもないルール……」
「まあ、何も賭けてないし、仕切り直したいなら構わねえけど」
必死な時任と違い、ロペスも奥居もクララも余裕がありそうだ。
時任、たぶんお前じゃこの三人に勝てないよ……。
きっと、時任と組んだほうが負けるゲームになっているんだろうなあ。
「ボスもやっていくかい? それなら、俺が抜けて」
「ロペスくんが抜けたら、私がロペスくんに勝てないでしょ!」
「じゃあ、俺がボスと組んで」
「ロペスくんに勝てるなら、レイさんと私が組んだほうが良いと思う!」
「お前、それはずるいぞ!」
俺、別に運が良いわけじゃないから、期待されても困るんだけど。
それに、俺も適当に手札を切るタイプだから、ここにいるメンバーには勝てないと思う。
「レイ様、遊びに来たというよりは、何か悩んでいませんか?」
「悩んでいるというほどではないが、ちょっと気になっていることがあってな」
どうやらクララにはわかるらしい。
なら、ここでもついでに聞いてみることにしよう。
「前回のガシャで、今は無理って誰かが俺に言った気がするんだけど、そういう声聞こえなかったか?」
「こ、怖い話ですか!?」
「だから違うっての」
時任からは、世良と同じ反応が返ってきた。
「今は無理っていうのは、ボスのモンスター生成についてってことだよな?」
「たぶんな。俺がやけになって大量に生成しようとしたら、誰かが止めるみたいに言った気がする」
「う~ん……。私たちの耳には聞こえませんでしたけど、イピレティス様たちが耳打ちしたとかでしょうか?」
あいつらがそんなことするかなあ。
揃いも揃って、快楽主義者の破滅主義者みたいな集団なのに。
「お、お化けではないんですね!?」
「違うんじゃないか? プネヴマの声でもなかったし」
「なるほど! プネヴマさんは良いお化けなので、怖くありません」
昔はけっこうやばい悪霊だったらしいことは、時任に言わないほうが良さそうだな。
しかし、ここでもあの声が聞こえた者はいないか。
ということは、もしかして本当に俺が幻聴を聞いてしまった可能性が……。
「あ、でも。姿が見えないけど、声だけはするって選択肢みたいですね」
「選択肢って、声で教えてくれるんだっけ?」
「最初は文字だけでしたけど、読むのがめんどくさくなってきたら、なんか読んでくれるようになりました!」
「選択肢をもっといたわってやってくれ……」
ある意味で、時任が最も加護とうまくやっている転生者かもしれないな。
……加護の声。もしかして、俺もそうなのか?
そういえば、あのときは熱くなっていたので、ついついダンジョンマスターさんにお願いしていた気がする。
それに対する回答だとしたら、あれはダンジョンマスターさんの声か?
「時任」
「時任です!」
「選択肢と話せるようになったきっかけ、もう少し詳しく教えてくれ」
「そうですねえ。実は選択肢って、毎朝私に教えてくれるんですよ。魔王軍を裏切ったら死ぬって」
嫌な目覚めだな……。
時任は裏切らないと思っているけれど、選択肢はそれでも忠告しているってことか?
「当然、裏切らないんですけど、いくら言っても毎朝選択肢を出してくるので、寝起きで面倒だから選択肢が読めばいいじゃないって言ったら、なんか読んでくれました」
「甘やかされてる……」
うん。参考にならない。
選択肢と時任の関係が特殊すぎる。
「まあなんだ。選択肢と仲良くな」
「は~い」
ゲームの邪魔をしても悪いので、俺はその場を立ち去った。
加護の声か……。時任みたいに加護と対話し続ければ、もしかして会話までできるようになるのか?
試してみるか。
◇
ダンジョンマスターさん。中位モンスターならプラスを出せますか?
ダンジョンマスターさん。岩の罠の種類もっと増やせますか?
ダンジョンマスターさん。蘇生薬を生成できませんか?
駄目っぽい。返事は返ってこない。
だけど、なんか呆れたような感情を感じ取れる気がするな……。
もしかして、選択肢みたいにダンジョンマスターさんにも、思念とかあるんだろうか?
「おや、瞑想中ですか?」
「ダンジョンマスターさんと対話しようとしていました」
「ダンジョンマスター……。レイのことではないんですか? つまり、自分自身との会話?」
フィオナ様には、俺の言葉の意味が伝わらなかったらしく、首をかしげて悩んでしまった。
「なるほど、そうやって自分自身を理解することで、ガシャの確率を上げているのですね!」
「……だいたいそんな感じです」
なんか、あながち間違っていないので、否定もしづらいな。
「では、私もレイの隣で、自分自身と向き合うことにしましょう」
「じゃあ、立ちっぱなしもなんですし、どこかに座って考えましょうか」
そうして、俺とフィオナ様は互いに無言で向き合い続けた。
わりと真剣に考えていたらしく、二人の沈黙は、通りすがりのドリュが不安そうに尋ねるまで続くのだった。
それにしても失礼な。そんなに真剣な顔で、誰を殺す算段かなんて聞いてくるとは……。
少なくとも俺は、誰かを殺す相談ならもっと意見を交わすぞ。




