第587話 地下まで堕落する奇跡の人
「ナ、ナルカミ様……。これはいったい、どういうことですか!?」
「案ずるなアルメナ。魔王軍はホワイトな職場だぞ」
「ホ、ホワイト? いえ、それよりも人類を救うとは真逆じゃないですか!」
「いや、ここにも人類はいる。現に前回お前たちが救った村人たちは、すでに適応しているぞ」
「そ、そういえば、あの者たちも連れ去られて……待っていてください。私が必ず救ってみせます!」
鳴神とのやり取り途中にもかかわらず、アルメナは走り去ってしまった。
……村人たちの居場所、わからないだろ?
それを教えるためかはわからないが、鳴神もアルメナたちを追いかけて走っていった。
「忙しないですねえ」
「まあ、こうなるとは思っていたけどな」
そんな教会の者たちとは逆に、イピレティスと彼の部下たちは一仕事終えてのんびりとしている。
だが、その実力はピルカヤたちからも聞いたとおり、エルフの暗殺部隊を一方的に蹂躙するものだったらしい。
なんか、日常と戦闘時のギャップが怖いなあ。
「あれ、宰相様が私たちを見てる!」
「惚れました!? どうぞ!」
「なにがだよ……」
そして全員が全員、イピレティスと同じくからかってくる傾向にある。
中身が男だと知っているから、別に期待するような反応は見せられないぞ。
「はあ……。これで、仕事中は淡々と暗殺するんだから、怖いよなあ」
「え、レイ様がそれ言います?」
なんだよ。俺が言ったら悪いのか。
抱きついてくるイピレティスに不服な目を向けると、彼は気にせずにまったりとしていた。
ここ、一応玉座なんだけどなあ。
教会の連中相手に、魔王のふりをしないといけなかったが、肝心の教会の者たちがいなくなった。
そのせいで、今では玉座に座る俺と、俺にわらわらとしがみつくウサギ部隊という、わけのわからない状態になっていた。
「解散かなあ?」
「ナルカミが連れ戻してくれると思うので、もう少し魔王の影武者は必要だと思いますよ?」
「なら、フィオナ様も隠れていないと駄目じゃないですか」
「まったりした様子に釣られて出てきました」
フィオナ様が現れると、イピレティスとその部下たちは俺から離れていく。
さすがに、魔王様の前でのんびりとはしていられないのかもしれない。
「魔王様~。どうぞ~」
「宰相様の隣空いてますよ~」
「ふむ……では、アルメナたちが戻ってくるまで」
「では、じゃありませんが」
フィオナ様に抱きつかれるが、やはりイピレティスたちとは違う。
……いかん、なんか落ち着いてしまったが、ここにフィオナ様がいたらアルメナたちに、姿を見られる。
いよいよ、俺が玉座に座る意味がなくなるじゃないか。
「離れてください」
「なんでですか! イピレティスたちには、そんなこと言わなかったじゃないですか!」
あ、ポンコツ怒りモードだ。
プライベートなら良いんだけど、仕事中にこれはちょっと厄介だぞ。
しかも、いつ鳴神たちが戻ってくるかもわからない。
すぐに機嫌を直さなくては……。
「イピレティスたちとフィオナ様は別なので」
「なにをぅ!? 魔王を除け者ですか! 私も性別反転して、抱きつけば良いんですか!?」
「魔王様~。レイ様は、魔王様に抱きつかれると恥ずかしいんだと思いますよ~?」
そうかな? そうかも。
慣れているとはいえ、いまだにフィオナ様に抱きつかれると恥ずかしさはある。
イピレティスの場合、男とわかったから、もはやそんな気持ちは微塵も湧いてこない。
たしかに、その違いはあるな。
「ほほう」
あ、意地の悪い顔をしている。
「それじゃあ、たっぷりと恥ずかしがらせてあげましょう」
「意地が悪いですよ……」
「おや、本当に照れちゃってかわいいですねえ」
仕方ないでしょう。
自分の顔の良さを自覚してください。……自覚しているんだよなあ。
そのうえでこんなことしてくるから、本当にたちが悪い。
「……」
「……」
「な、なんでフィオナ様まで黙るんですか」
「レイが必要以上に恥ずかしがるせいで、私まで恥ずかしくなってきたじゃないですか!」
「ええ……」
理不尽だ。さすがは魔王。
とんでもない暴君の片鱗を見せつけてくる。
こんな姿を見せたら、教会の連中にどう思われることか……。
だが、幸いなことに俺たちが言い争っている間には、彼女たちが戻ってくることはなかった。
◇
「あなたは、私たちを救ってくれた教会の……」
「あのときは、本当にありがとうございました。おかげで、こうしてまともな生活を送れるようになりました」
「い、いえ、私は……」
あの時の村人たちを探していたら、それを見かねたナルカミ様が案内してくれました。
そこで見た彼らの姿は、魔王軍のもとで希望を失った表情などではなく、むしろあの時よりも生き生きとしているような、活力に満ちた表情を浮かべています。
……どういうことなのでしょうか?
「あの、あなたたちも騙されて魔王軍に降ることになったのでは?」
「ああ、もしかして教会の方々もですか?」
「たしかに、最初は騙されたと思いましたが、暮らしてみてわかりました。ここは、本当に住みやすい場所ですよ?」
……意味がわかりません。
もしかして洗脳されて……いるわけでもなさそうです。
魔王軍に支配されているというのに、どうしてそんなに穏やかな顔を……。
「アルメナ。まずはお前も魔王軍を体験するが良い。そのうえで判断するというのであれば、俺もその意思を汲もうではないか」
「……良いでしょう。ただし、あなたではなく、この方たちの言葉を信じます。私はあなたをまだ疑っていますから」
「それで良い。では、まずは食事だな!」
「ちょっと、そんなに急いで、そもそも手を引かなくても!」
聞く耳持ってます!?
ナルカミ様は、私を連れて食堂へと向かうようでした。
「……あの~、もしかして私たちを気遣って奮発してますか?」
「いや、これはいつも通りの食事だが……なるほど! 気が利かなかったようだ! すぐにもっと豪華な料理を注文してくる」
「いえ! けっこうですから!」
これ以上豪華な料理……?
そんなものが、あるのでしょうか?
「……一人一部屋の個室ですか」
「誰かと共に住みたかったか? なるほど、ではそのように伝えてこよう。二人部屋はここより広いから安心するがいい」
「い、いえ、そういうわけでは……」
こんな立派な部屋を与えられる?
いえ、普通の部屋にも見えますが、随分と綺麗といいますか、頑丈といいますか……。
「魔導映写館……」
「無料だ!」
「人工海……」
「無料だ!」
「モ、モンスター園!?」
「無料だ!」
それら全てが地底魔界の住人には無料?
それに、モンスター園では内部向けの上位モンスターたちとの触れ合い?
「……あの、村を襲っていたモンスターたち、あなた方の仕業では?」
「そこには魔王様も困っているようだ。無関係だというのに、このままでは俺たちが疑われるからな! なので、早急に事態を収めた」
「……」
魔王軍って、なんでしたっけ……。
人類に仇なし、女神様さえも倒そうとする者たち。
その後は人類を支配して、世界を恐怖で統治する者たち。
……たしかに、一部の人類が支配されていますが、恐怖の部分は?
「さあどうだ! 良い場所だろう!」
「良い場所ではあるのですが……」
良い場所すぎて、意味がわかりません。
「なんだ、まだ不足しているか? ならば魔王様に提言するが良い。魔王様ならば、望んだ施設を作ってくれるぞ。……作れるものであればだが」
しかも、私たちのような支配された人類の意見を取り入れる……?
私たち、教会の上層部にすら話を聞いてもらえませんでしたけど……。
「ちなみに、医療にも力を入れているぞ。いつぞやのように、物資が不足することもおそらくはない!」
「……ううっ」
そうすれば、私たちも人々をより救うことができます。
いえ、そもそも魔王軍なので、救うべき人類なんていないじゃないですか。
……色々な施設で魔族以外の者たちを見てきましたね。
むしろ、魔族より多いのでは? つまり、それだけ救うべき者たちが……。
「よ、様子見します」
「うむ、よく考えるが良い!」
私たちは、今後どのように在るべきなのでしょうか……。




