第586話 狩る者と狩られる者
ネズミたちが、俺たちを無視するかのように子供たちに襲いかかった。
アルメナが子供たちを守ろうと身を挺すると、ネズミたちは今度は子供たちを無視して、アルメナに群がる。
いかん。あれは良くない。
あいつらの歯であれば、人の肉をえぐることができる。
あれだけのネズミに群がられて、一斉に攻撃されたらひとたまりもない。
……救えないのか?
シリウスフォルムで追いつけるか?
さすがにこの距離は……無理だな。
ならば見殺しにするか?
――なんのために、ヒーローを名乗るようになったと思っている。
「ならば超えよう。限界を!」
今の俺で追いつけないというのであれば、追いつけるスピードまで強くなれば良い。
なに、あのときとは違うんだ。俺はヒーローとして、これからも救済し続ける。その同志の危機を見捨てるなどありえないだろう。
「シリウス・ゼロフォルム!」
なんとなくできる。そう思っていた。
そしてそれは間違いではなかった。
これがシリウスフォルムの極致だ。これならば、あの程度の距離造作もなく手が届くだろう。
「刮目せよ! これがヒーローというものだ!」
一足でアルメナのもとへと到達する。
そのままアルメナを抱えて離脱しつつ、体に群がるネズミたちを振り払う。
ネズミたちも、さすがに何が起きたか理解できていないようだ。
あとは、このまま安全圏へと離脱……。
体のバランスが崩れる。想像以上に体力が持っていかれた……。
くっ……やはり、俺にはまだ負荷が大きいか?
新たなフォルムは、俺の望むままに力を与えてくれた。
だが、俺にそれを扱うだけの力がない。
「ナ、ナルカミ様!?」
アルメナがようやく状況を理解できたらしいが、このまま倒れては彼女を巻き込む。
せめて、守らねばな……。
◇
「まさか、あの状態から救うとはね。でも、より一層あの男を手駒にしたくなったわ」
アルメナを攻撃させ、部下にそれを救わせるも力及ばずに死なせてしまう。
そんなシナリオは失敗した。
だけど、これはこれで好都合。一番厄介な男は相当無理して力を行使したらしく、そのまま倒れてしまった。
なら、どうとでもなるわ。
男が意識を取り戻す前に、引き続きモンスターたちにこいつらを襲わせる。
あの男の気配だけは消して、モンスターたちを誘導してやれば良い。
そうすれば、男が目を覚ました時に見るのは、モンスターに殺された仲間たちと、それを助けにきたが一歩間に合わなかった私の部下だけ。
あとは適当に、あの男に仲間たちのことを忘れて、私たちに協力するように申し出ればいいでしょ?
適当に正義のためとか言っておけば、簡単に頷きそうだもの。
「レンティ。やりなさい」
ついでにモンスターだけでなく、私たちが妨害してやれば完璧。
どうせ気付けない。私たちは影光の牙。影に乗じて冒険者を殺すなんて、造作もないことなんだから。
私たちの存在を認識することもなく、わけもわからずに死んでいくと良いわ。
大丈夫。その男だけは、有効活用してあげるから。
「くそっ、ナルカミ大丈夫か?」
「なんなの!? またモンスターたちが、こっちに襲いかかるようになってる!」
やっぱり、あの冒険者たちだけでは対処はできないわね。
じゃあ、駄目押しとして暗殺してあげようかしら。
幸いにもモンスターで手一杯。それに、こいつら程度なら私たちの接近に気付くこともない。
念のために魔力の痕跡を悟られないようにし、ゆっくりと近づいていく。
「さようなら」
そうして、モンスターの牙で作った猛毒の短刀を冒険者の男に突き立てる。
……それだけだったのに、邪魔された。
「っ!」
私の武器が弾かれた。
冒険者に気取られた? 違う。モンスターとも冒険者とも違う別の誰か。
気付かなかった……? 私たちが見落としていた誰かが、ここにいた?
「う~ん。黒幕といえば黒幕なんだけど、モンスターを強化したのは別の誰かか~。ハズレだな~」
「誰!?」
「え? あ、あれ!? なんでこんなところに!?」
「というか、そのエルフたちは……?」
そいつがあまりにも堂々と話すものだから、冒険者たちがこちらに視線を向けてしまった。
さすがにここまで注視されてしまうと、私たちの存在を魔法でごまかすのは無理。
ちっ……余計なことをしてくれるわ。
こうして姿を見られた以上は、口封じをするしかないわね。
「影光の牙! 皆殺しよ!」
「なんなんだよ。このエルフたち!?」
モンスターは、相変わらず私たちよりも周りのやつらを標的にしている。
なら何も問題ない。
モンスターと私たちで、ここにいる全員を仕留めれば良いだけ。
大したことがない冒険者、戦うことすらできない教会の連中、それに見るからに弱そうな獣人たち……。
違う。これってもしかして、魔族?
「イピレティス様~。見られちゃったから、殺します?」
「うん。というか、殺すから見られたんだけどね。宰相様は黒幕が誰かもうわかったみたいだし、やっちゃおう」
イピレティス……。イピレティス!?
こいつが、十魔将の暗殺部隊長のイピレティスだとでもいうの!?
そんなはずは……いえ、同じ暗殺部隊同士じゃない。それなら、モンスターもいる私たちのほうが上よ。
「それにしても、モンスターを強化していた転生者も、それを命じていた最高評議会もいないし。下っ端だけが相手なんて消化不良だよね~」
「ふ、ふざけないで! あんたたちごときに、私たちがやられ……」
「イピレティス様~。終わりました~」
「は~い。じゃあ君で終わりだから、ばいば~い」
短剣を振るって迎撃……腕が動かない?
な、何が……。
私の腕が――ない?
「っああ!」
敵の攻撃が迫ってくる。避けないと……でも、足も動かせない。
斬られる。斬られる。体がそのたびに動かなくなる。
私の部隊が……影光の牙が、こんなにも簡単に……。
私を殺そうとしている目の前のウサギは、私にまるで興味がないかのように……。
「ふざけ――」
◇
「ってことみたいだよ~」
「なるほどな。やっぱりエルフか」
大方の予想通り、やはりモンスターを強化していたのはエルフみたいだ。
ただ、イピレティスが始末したのは、ロマーナたちとは別の部隊の一つだけ。
モンスターを強化していたのも、以前時任たちが出会ったジノという転生者だろう。
彼女たちは、ジノの女神の加護が強化であると教えてくれたからな。
エルフにとって希少である転生者を、ロマーナと同じような部隊が独断で動かせたとは思えない。
ということは、指示を出していたのはおそらくエルフの最高責任者たちだ。
つまり、モンスターを強化していた者も、指示していた者も今回は倒せなかった。
「そうなると、エルフたちがまた別の場所でモンスター被害を発生させることもあり得るな」
めんどくさい……。潰したいな。
いっそうちに来てくれたら、しっかりと全員潰すのに……。
魔王軍とは無関係に、人類同士でなんか足を引っ張り合っているから困ったものだ。
こちらも無視できる内容なら良いんだけど、モンスターを使っているせいで魔王軍が逆恨みされそうなのが面倒くさい。
「転生者がいる限り、いくらでも同じような事象は起こりうる」
「ああ。だが、エルフの国に転生者が現れることは非常に珍しい。こうしてモンスター騒動がたびたび阻止されたとなれば、転生者の身を案じて活動も停止させるだろう」
「イピレティスが殺したやつらが、モンスターたちを扇動していたみたいだし、ディキティスの言うとおりだろね~」
ディキティスの見解をピルカヤが肯定した。
ディキティスは、魔王軍では軍を率いていた者ということもあって、同じように指示する側の者の観点がわかったのだろう。
「欲望のダンジョンのときと同じだな。ある程度は部隊を動かすが、損害が拡大する前に沈静化する」
だからこそ仕留めきれないということになるが、部隊をいくつか潰せただけよしとするか。
「ところで、イピレティスたちが教会の連中に姿を見せたけど、殺すか仲間にするかどっちにするか聞いてるよ?」
「ええ……。仲間にしないとまずいじゃん」
鳴神がせっかく守った相手なんだから、まずは彼女たちの意思を聞かないとな。
それで断られたら仕方ないが、何も聞かずに口封じというのは、さすがにまずそうだ。
「仕方ない……。とりあえず、全員を地底魔界に連れて来てくれ」
教会かあ。人類側の大きな組織らしいし、うちに投降してくれるかなあ。
なんか、そのままイピレティスたちに任せることになりそうだ。
そうならないためにも、鳴神にはさっさと目を覚ましてもらって、説得に回ってもらおう。




