第580話 泥まみれの正義の味方
「お願いします。安全な場所に移住させてください」
それが村人たちが出した答えだった。
きっと、相当な葛藤があっただろう。
なんせ、生まれ育った村を捨てることになるんだ。
俺たちのように、自らそれを決断したわけではなく、そうせざるを得ない状況になったのだ。
だが、このままここにいては、次こそ村ごと滅ぶと理解したのだろう。
村民たちは、悲しそうな表情で俺たちに助けを求めた。
「歓迎しよう! きっとお前たちは、最初は俺を恨むだろう。騙されたと憤るだろう。だが、その土地で暮らせば理解できる。あそこはこの世界でも特に過ごしやすい場所だからな」
魔王軍だもんなあ……。
このまま移住させられた者たちは、絶対にナルカミを魔王の手先として恨む。
「それまでの鬱憤は全て俺にぶつけるといい!」
だが、こいつはそれを受け止めると宣言した。
不器用なのか、それとも考えるのが苦手なのか、こいつは体を張るほうが性に合っているんだと思う。
「それで、お前たちはどうする? アルメナ」
「わ、私たちは……」
折り合いがついた村人たちとは違い、こちらはさらに浮かない顔をしている。
虐げられているとはいえ、彼女たちは教会の一部隊だ。
村人以上に移住なんて難しい。
それに、村人たちと違って、命の危機に瀕しているわけではない。
「……お気持ちはありがたいですが、私たちは人々を癒やす者です。ここの問題が解決したのであれば、次は別の場所で助けを求める者たちのために働きましょう」
「そうか。その志、実に素晴らしいものだ。応援しているぞ、アルメナ」
「……笑わないのですか? 実力もないくせに、理想ばかり掲げる愚かな女たちと」
「素晴らしいと言った。笑う要素が見当たらん」
まあ、似たようなもんだからな。
ヒーローも教会の者たちも。
だから、こいつは応援することがあっても、嘲笑するなんて考えたことすらないんだろう。
「では移動するぞ。ヒーローに続け、村人たちよ!」
「はい!」
さて、受け入れはできるだろうけど、村人たちのケアが大変そうだな。
ナルカミが責められるのであれば、俺も関係者として一緒に責められるとしようか。
◇
「ま、魔王……様」
「ああ、うん。そうだな。とりあえず、お前らにはここでの生活に慣れてもらう」
「そ、そんな……。ナルカミ様が魔王の手先だったなんて……」
「うむ、ダークヒーローだからな! 不平不満は全て受け止めよう!」
「は、話が違います!」
「いや、違わん。ここ以上に安全で快適な場所などそうはない」
もめてるなあ。
俺としては、さっさとこの偉そうな態度をやめたい。
というか、玉座に座ることさえ恐れ多い。
……いや、あの魔王の玉座なら、そうでもないか。
なんせ、本人もここでだらーっとしているし、威厳の欠片もないし。
「諦めろ。これ以上は、時間を使いたくない」
ということで、早く居住区に移ってくれ。
俺はダンジョン作りに戻りたいんだ。
あと、そろそろフィオナ様にかまわないといけないんだ。
「……はい」
よし、聞き入れてくれた。
ということで、鳴神に視線をやって移動してもらう。
村人たちは、大人しくそれに従い歩いていくのだった。
◇
「くそ……何がひーろーだ」
よくわからないが、悪の手先を意味する言葉だったのか。
騙された。人さらいよりもたちが悪い。
なんせ、俺たちは自分の意思で移住を決めてしまったのだ。
それを主張されては、反論もできない。
「これからどうなるんだろうな」
魔王軍に捕まった愚かな人間たち……。
その結末なんて、想像したくもない。
いっそ、俺たちを先導する男にみんなで襲いかかって、ここから逃げ出すか?
……いや、相手はモンスターたちをほぼ一人で倒せる。
そんなやつに目をつけられた時点で、俺たちの運命は決まっていたということか。
「さあついたぞ。ここを自由に使うといい!」
魔王の手先とバレたのに、相変わらず自信満々で大きな声が響く。
何の負い目もない。それが伝わるような声だ。
はあ……。どうせ、ろくな場所じゃないんだろ。
洞窟の中での生活だ。あの村よりも環境が悪く、汚く、そもそも人数分の寝床があるかどうかさえ……。
「でかっ」
顔を上げると、そこには場違いな建物があった。
いくつもの部屋を有した巨大な宿?
大きな街に行ったときに見たことがあるが、ここまで立派なものだっただろうか?
「一人一部屋ではないが、一世帯一部屋はある。ちなみに、今後の仕事で活躍したら、より広く良い部屋に住むこともできるぞ」
より良い部屋……?
いや、ここでも十分じゃないか?
もしかして、見た目だけ豪華だが、中身は馬小屋みたいなものなんだろうか。
そう思い中を見ても、俺たちが住んでいた家よりはしっかりとした作りだった。
……そうか。さすがに住む場所はまともだけど、食事がろくなものじゃないんだな。きっとそうだ。
「美味しい……」
巨大な食堂で目にしたのは、ここを利用するさまざまな種族たち。
そして、何を選べばいいかわからないほど多様なメニュー。
……これが無料? 嘘だろ?
わけもわからないまま注文した料理を口にすると、今まで食べたことがないほどの多幸感を味わった。
「……何ここ?」
明日……ナルカミさんに改めて聞いてみるか。
この場所がなんなのか。俺たちは何を求められているのか。
◇
「休ませて飯食わせたら大人しくなったな」
「お腹が空くと、イライラするものですからねえ」
鳴神を責める者も、鳴神に当たり散らかす者も、あいつは平然と受け止めていた。
だが、そんな彼らもまともな住居に案内され、マギレマさんの食事を味わったら大人しくなっている。
フィオナ様が言うとおり、村がたびたび襲撃されたことで、安全な住居への不安を抱え、まともな食事も取れずに疲弊していたのだろう。
「ならば良かった! 俺は、彼らをここに招いた責任があるからな」
「ああ、この分だと従業員として雇えるかもしれない」
「もう行っていいぞ。今なら、八つ当たりのようなことはされないはずだ」
「うむ。しっかりと面倒を見るとしよう。なんせ、俺はダークヒーローだからな!」
避難させていたが、この分だと鳴神を責めようとする者ももういないだろう。
今のうちに交流を深めてもらい、魔王軍のもとで働くという意思を固めてもらおう。
今の彼らは、鳴神を責めたことへの罪悪感があるようだし、鳴神に任せればうまく取り込めるだろう。
「おじさんの教育になるのかなあ」
「どうだろう? もともと村で働いていたはずだし、冒険者に慣れない仕事を教えるのとは勝手も違うと思うぞ」
「畑仕事は即戦力ですね」
「タイラーたちの報告では、農作業をしていた痕跡は見つかったらしいからな」
「では、彼らに割り振れる作業をまとめておきます」
プリミラは、うきうきとしながら畑へと向かった。
あそこも人手が増えるのであれば、新たな作物でも作れるかもしれないな。
「……それで、俺はいつまでここに座らされるんですか?」
「おや、座り心地が悪かったですか?」
「いえ、座るということだけを考えると、とても座り心地は良いですけど」
「なら、良いじゃないですか」
だけど、本来は魔王様が座るべき玉座じゃないですか。
いつまでも偉そうに座り続けているのは、別の意味で座り心地が悪いです。
というか、玉座に座る俺にしなだれかかってこないでください。
あなたがそうするから、俺もここから動けないんでしょうが。
「いっそ、魔王軍をあなたのものにしちゃいます? 今なら魔王もついてきますよ?」
「なら、魔王命令でフィオナ様に魔王になってもらいます」
「う……。な、ならこっちも、魔王命令でレイを魔王に戻します!」
「それ、一生終わらないですよ~。魔王様、レイくん」
強情な魔王だ……。
仕方ない。もうしばらくこのままでいるけれど、その後は絶対に宰相に戻るからな。




