第578話 魔王軍以上の人類の敵
「はあはあ……」
「お疲れ様です、ジノ様。きっと、最高評議会様もお喜びになることでしょう」
「そうか……」
こちらに反応する余裕がないほど疲弊しているようですね。
ですが、それならばこちらにとっても好都合です。
その疲労は判断力を奪い、ご自身で何をされているかも理解できなくなっているようですから。
「モンスターのことは、頼んだ……」
「ええ、お任せください。私たちが全て処理しておきますから」
本来であれば、モンスターの強化と放置など、他種族を害すると拒否されたでしょう。
私たちが責任をもってモンスターを処分すると言いくるめ、なんとか動いてもらうことができたくらいですから。
ですが、女神の加護を絶え間なく多用したことによって、私たちが本当にモンスターを処理しているか確認する余裕もなくなっています。
これで、気兼ねなく人類への損害が出すことができますね。
「リアン様。モンスターは、私たちのほうで」
「ええ。お願いね」
頼んだわよ。
ヤニシアは、ロマーナにモレーノ、それにダンテすら失ったのだから。
不公平だもの。私たちだけが戦力を失うだなんて。私たちの国だけが弱体化するなんて。
だから、ジノ様を強化しながら、しっかりとその力も利用しないとね。
強化したモンスターたちが他種族の者たちを襲い、少しでも損害を与えてくれればそれで良い。
そして、モンスターの仕業ということなら、魔王軍にしか疑いはかからない。
もしかしたら、ダンジョンに調査に向かうかもしれない。
そうしたら、私たちと同じね。あのダンジョンで戦力を失うことになるでしょう。
それで平等。
もしかしたら、勇者が動いてダンジョンを攻略するかもしれないけれど、それならそれで魔王軍が弱体化する。
良いこと尽くめね。
だって、私たちには何も被害はないもの。
「……」
一人ほくそ笑んでいると、ジノ様が立ちあがった。
「どうしました? ジノ様」
「休憩はもう良い」
「そうですか。では、私たちは次の訓練地へ向かいましょう」
やはり余力はないらしく、返事はなかった。
私の部下たちの動向を気にすることすらない。
素晴らしい。実に良く動いてくれる。
国のために、自身が強くなろうと惜しまず努力してくれている。
他種族を気にかける点だけは欠点だけど、この方ならいずれヤニシアを導いてくれるでしょう。
◇
「次はどこに誘導しようかしら?」
「そうねえ。また勇者たちに嗅ぎつけられても面倒だし、前と同じ辺境の村で良いんじゃない?」
仲間の案に頷くと、他の者たちも同意した。
そうね。それが良いわ。
いくら強化されたといっても、所詮はモンスターだもの。
勇者を相手にするには分が悪い。
なら、せいぜい抵抗できないような弱者たちを狙わせましょう。
「あの村。次こそ滅びるかもね」
「良いわよ別に。だって、自分たちの国にすら見捨てられてるじゃない」
そっか。それじゃあ滅んだところで、エーニルキアに損害はなさそうね。
かといって、損害がある場所を攻撃させても、今は警戒されているでしょうし。
しばらくの間、適当に不要な人間でも間引いておくのが良いかしら?
「それじゃあ、さっさと移動させるわよ」
移動も面倒だし、やっぱりあの村が適任ね。
強化されたモンスターたちは、凶暴性が増している。
だから、囮となる人形を魔法で操作してやれば、馬鹿みたいにそいつらに向かって一直線に襲いかかる。
そうして人形を村まで移動させたら、あとは私たちの知ったことではない。
私たちは、人形操作の魔法の訓練をしていただけ。モンスターがそれを発見して、勝手に襲いかかっただけ。
近くに村があったのは災難ね。でも、モンスターの襲撃なんて、どの町でも村でも起きているでしょ?
だから、運が悪かったと諦めてね?
私が人形を操作し、仲間の一人が私たちの気配を消し、もう一人が私たちや人形の魔力の残滓を消す。
これを徹底すれば、誰にも気づかれることはない。
さあ、今日も魔法の訓練を頑張らないとね。
◇
「ダ、ダイアウルフ!」
「ほら見ろ! 向こうからやって来たぞ、タイラー!」
「ええ……」
なんつうタイミングだよ。
ナルカミの言うとおり、本当にモンスターたちが襲撃してきた。
下手したら、ナルカミが仕込んでいたんじゃないか、と疑われかねないほどの間の悪さだ。
「犬との戦いは慣れている!」
「そりゃあ、そうだろうけど……」
思わず、ケルベロスのことを言いそうになった。
こいつ、地底魔界でケルベロスと戦闘訓練をしてやっているからな。
敵対していたときは、ケルベロス相手に圧倒していたというのだから、転生者ってやっぱりやべえよ……。
現に、ダイアウルフ程度なら相手にもなっていないようだ。
俺が見る限りでは、あのダイアウルフも従来のものと比べて、かなり凶暴かつ強い気がするんだけど、ナルカミにはまるで敵わないらしいな。
「す、すごい……。これがひーろー」
「そうだ! ヒーローに守られている!」
「ひーろー……」
ま、まあいいか。
村人たちがそれで安心できるというのなら、口をはさむのは無粋というものだろう。
現に、あれほど死にそうだった目が、輝きを取り戻している。
強さだけでなく、心まで救っているというのなら、何も悪いことではないはずだ。
「く、来るな!」
だが、さすがのナルカミでも、あれだけのダイアウルフから村人を守り切るのは難しいか。
気づけば村人がモンスターに襲われそうになっている。
だが、俺たちはしっかりと見ていたぞ。
「下がってろ!」
「あ、ありがとう!」
どのモンスターがナルカミで処理しきれるか、どのモンスターを取りこぼしてしまうか。
俺たちのやるべきことは、ナルカミが倒し損ねたモンスターを相手にすることだ。
俺だけでなく、仲間も全員それを理解しているようで、すり抜けてきたモンスターたちをしっかりと倒している。
「すまん!」
「気にするな! お前が取りこぼした分は、俺たちで対応する!」
「いいや、もう取りこぼさん! シリウスフォルム!」
なにあれ? 姿が変わったぞあいつ。
変な恰好になったナルカミが、わずかに体勢を前に傾けたかと思うと――ダイアウルフが全滅した。
「なにそれ!?」
「シリウスフォルムだ! スピード特化の形態だが、こいつら相手にはこれが最適だろう!」
そういえば、なんとかフォルムとかいって、モンスターの攻撃をしのいでいたこともあったっけ。
もっともそのときは、体が動かないからそのまま敗北していたけど……。
「さあ、モンスターは駆逐した。安心するがいい、村人たちよ!」
「ひ、ひーろー様!」
「ひーろー!」
なんか喝采を浴びているぞ、あいつ……。
まあ、危険なモンスターの群れを退治してくれたわけだし、無理もないけれど。
なんか、それでいいのか村人って気になってくるのはなぜだろう……。
◇
『ナルカミが、ダイアウルフの群れを撃破したよ』
「ダイアウルフか。うちにもいるな」
うん、呼んだわけじゃないんだ。
だから並んで俺に撫でられるための列を作らないでくれ。
撫でるけど。
「それじゃあ、モンスター騒動はまた終息したのか?」
『う~ん。なんか、怪しいんだよねえ』
「他にも怪しいモンスターが?」
『というより、ボクの対策をして行動している誰かがいる』
「またか……」
仕方がないことなのだろう。
ピルカヤの対策は、どの種族にも重要だと理解されている。
それだけ、魔王軍と人類の戦争で大活躍したということは、よくわかる。
しかし、魔王軍が活動を停止したと思われている今でもそれを徹底するということは、わりと用心深い相手ということになる。
「面倒な相手が裏にいそうだな」
つまり、モンスターたちが自然に発生したのではなく、裏でそれを引き起こしている誰かがいるということだろう。
『ボクが見えたのは、急にダイアウルフの群れが凶暴になって、一目散に村を襲撃したってところだけだったよ。やんなっちゃうね』
「たぶん、ピルカヤに隠れて誘導している誰かがいるんだろうな」
だとしたら、強化している誰かもいそうだ。
モンスター騒動は、そいつらのどちらか、あるいは両方を倒さないと終わらなさそうだな……。




