第577話 ダークと名乗らない程度のわずかな理性
「案ずるな無辜の民たちよ! お前たちのヒーローが駆けつけた!」
「な、何?」
「ひーろー?」
落ち着けナルカミ……。
ヒーローって何なのか、普通の人たちにはわからないから。
というか、俺たちだってわりとわかっていない気がするし。
「さあ、治れ! 回復してやろう!」
あと、回復薬を考えなしに使うなっての!
まずは状況を確認してから……。
「あ、怪我が治って……」
「ありがとうございます。ありがとうございます!」
まあ、これはこれで良かったのかもしれないけれどさあ。
感謝する村人たちを見ると、ナルカミを責めることなどできなかった。
「あ、あの……私たちより先に、アルメナ様を」
「安心してください。アルメナ様であれば、あなた方より自然治癒能力は高いので、重症なのはあなたたちのほうです」
「いえ、それが……」
教会の女性の言葉を村人が否定する。
それだけで何かを察したらしく、教会の女性は急いで村の奥にある家屋へと向かった。
それにしても、ひどいな……。そこら中の建物が破損している。
古いからではなく、何かに襲撃されたような跡だ。
きっと、モンスターたちのしわざということだろう。
地底魔界にいると忘れそうになるが、モンスターは本来凶暴だ。
それが強化されているとなると、目の前の光景にも納得するしかない。
せめて、怪我人だけでも治してやりたいところだな……。
◇
「アルメナ様! またそうやって無理をして!」
「……」
まずは事情を聞くためについて行ったはいいが、中で倒れている女性は見るも無残な姿だった。
体中に痛々しい傷を作っており、怪我をしていない箇所のほうが少ない。
冒険者も無傷で探索を終えるということはないが、あれほどの怪我はさすがに稀だ。
というか、あれで生きている生命力の高さに素直に驚嘆する。
「すみません。回復薬を……」
「あ、ああ。悪い。すぐに」
俺の手からひったくるように回復薬が奪われるが、それを無礼だとは思わない。
むしろ当然だ。ぐずぐずしている間に、目の前に倒れている女が死ぬ可能性すらある。
……いや、その可能性は考えすぎなんだろうな。
こいつがアルメナだとしたら、噂通りの女だとしたら、この状態でさえも耐えられるギリギリだと判断しているのだろう。
そうまでして、他者を癒やすのだから、教会の者はわからない。
「……ルリア?」
「背負い込みすぎです! それであなたが倒れては、いざというときどうするつもりですか!」
「私は、普通の人たちよりも頑丈なので問題ありません。それに自然治癒力も他の方より上です。であれば、傷は私に集約するのが一番効率的でしょう」
「それにしても限度があります! 毎回瀕死の状態になっては、いずれ本当に命を落としますよ!」
「平気です。死なないギリギリは見極めていますので」
やっぱりな。噂通りのやばい女だ。
そうまでして人々を救う気概を持っているのに、残念ながらそれだけの能力がない。
教会の者たちならば使える回復魔法も、彼女とその部下たちは使えないと聞いている。
それでも、持ち前のその特殊な能力があるので、自身を犠牲に癒し続けているというのだから、執念のようなものさえ感じてしまう。
「その献身、気に入った!」
……そうだった。
そんな常軌を逸した献身に俺は引いてしまったが、喜んで賛同しそうなのがうちにもいた。
「アルメナといったな! 自らが傷ついてまで他者を救うその精神、お前もヒーローに相応しい!」
「ひーろー? いえ、あなたは……?」
「ヒーローの鳴神奏一だ! お前を救うために参上した!」
「私を? いえ、私なんかよりも村の方たちを」
「無論、村人も救う。だが、それはお前たちがやれ。俺はそんなお前たちを救ってやろう!」
ナルカミの言葉に、アルメナが困惑している。
すごいなナルカミ……。あのアルメナのほうが困惑するって、お前とんでもないやつだってことだぞ。
「ええと……私たちではなく、村の方たちを」
「では、村人を守るお前たちのことは、誰が守る」
「必要ありません。私たちは救う側の者です」
「いいや必要だ。かくいう俺でさえ、誰かに頼らねばヒーローとして活躍できないからな」
自信だけはすごいんだよなあ……。
なんか、その勢いに押されて納得させられてしまう。
「ということで、アルメナたちは村人を守れ。俺はお前たちを守る。そしてタイラーが俺を守れ」
「俺かよ!」
「無論だ! 仲間ではないか!」
「いやまあ、そうなんだけどさあ……。まあいっか」
モンスターダンジョンに挑戦しているときも、ナルカミは前に出て俺たちを守るように戦ってくれていた。
だが、こいつは決して一人でなんでもできるわけじゃない。
モンスターの搦手なんかにはすぐに引っかかる。
そういうときには、素直に俺たちの助けを受け入れる。
今回もそれと同じだろう。いの一番に前線に出るが、それでピンチになったら俺たちがフォローしてやればいい。ただそれだけの話だ。
「よし、ではいくぞ!」
「おい待てって、どこに行こうとしているんだ」
「モンスターを倒しにだ!」
「お前、どこにモンスターがいるのかわかっているのか?」
「……ヒーローが参上したからには、向こうから襲ってくるべきではないのか?」
「いや、そんな都合が良いこと起こってたまるか」
本当に大丈夫なのか? こいつ。
不安な気持ちを吐き出すようにため息をついてから、俺は可能な限りの物資を提供し、村人や教会の者たちに話を聞くことにした。
レイ様への報告は……ピルカヤ様がしているようだし、問題なさそうかな?
◇
「奥居。知ってるか?」
「ええと、う~ん……。う~……」
「江梨子ちゃんの脳みその限界です! 記憶の旅はここで終わっているかと!」
「みたいだなあ。悪かった、無理に思い出させようとして」
そりゃあ、大して熱中していたわけでもないゲームなんだ。
そのアルメナという女がいたかどうかなんて、奥居の記憶からは消えているだろう。
ただでさえ、ピルカヤが視界を共有できないから、見た目はわからずに口頭での特徴しか伝わっていない。
そんな状態なら、なおのこと思い出すのは難しいだろう。
「それにしても、話を聞く限りだと納得だな」
「何がですか?」
アルメナへの感想を呟くと、フィオナ様が不思議そうに首をかしげる。
「いえ、傷を引き受ける能力があって、頑丈かつ治癒力が高いのなら、ギリギリまで自分に移したほうが効率的って発言です」
「ああ、危険な思想の子ですよねえ」
「え? 効率的だと納得したんですけど」
「ええ~……」
だって、そうすれば全員が生き残れますし、なんなら動ける人数も増えそうじゃないですか。
アルメナ一人が犠牲に、といっても死ぬこともなくしばらく動けなくなるだけで、何人もの村人が動けるようになるのなら、単純にそっちのほうがお得だ。
だが、俺のそんな感想は魔王軍には伝わらなかったらしい。
「たしかに……そのほうが効率的ですね」
「だよなあ」
唯一俺に賛同してくれたのは、ロマーナだけだった。
本人が死なないギリギリを見極められるというのなら、絶対に効率的なのに、こうも賛同を得られないとは。
やはり、魔族と元人間では、そのあたりの感覚が違うのかもしれないなあ。
「……ロマーナと仲良くするより、私としなさい!」
「ええ……。理不尽な」
というか、俺への文句はともかく、ロマーナを睨まないでください。
彼女、十魔将の部下という立場なので、魔王にそんなことされたら怖がるでしょうが。
「今は鳴神とタイラーたちの様子を見ているので、仲良くするのは後にしましょうね」
「いいでしょう! たっぷりと、私の部屋で仲良くしてもらいますからね!」
たぶん、本かな。
しばらく時間をおいたら落ち着きそうだし、そのころには読書を一緒に楽しむことになる気がする。
そんな穏やかな時間を過ごすためにも、今の問題をしっかりと見ておかないとな。
……風間たち、なんでそんな顔で俺たちのこと見ているんだ?




