第575話 この世界の神は有給休暇中
救えない。
「うっ……あぁ……」
救えない。
「助け……」
救えない救えない救えない救えない。
「アルメナ様! もう回復薬どころか、包帯すらありません!」
「それに、食料も……このままでは、患者たちが助かりません」
魔王軍との戦いも落ち着いたというのに、モンスターの被害者が多すぎます。
国の騎士たちの手が届かないほどの辺境の地とはいえ、物資がすでに尽きています。
やはり、急激に凶暴化したモンスターたちが問題でした。
知能が高いモンスターたちは、勇者様たちが倒してくださったそうですが、それでも変異種たちは今も現れ続けている……。
「……やはり、ダンジョンが原因なのではないでしょうか?」
「ダンジョンの外にモンスターが出たという話は聞いたことがありませんが、強化モンスターの出現とあのダンジョンの出現の時期は重なりますね……」
冒険者たちの話では、モンスターしかいないダンジョンということですし、やはりあれが原因で……?
「仕方ありません。では、再び私が請け負います」
「アルメナ様。それは……」
部下たちは、私の行動を止めようとして、すぐに思い直しました。
それ以外に方法はない。それは彼女たちにも理解できているのでしょう。
「すみませんが、またしばらく動けなくなります。後のことは頼みました」
「……はい。どうか、無理をなさらないでください」
無理はしません。そのうえで、ぎりぎりまで請け負うだけですから。
まずは、最も重症の者たちからですね。
私は患者のもとに向かうと、すぐに準備を開始しました。
「……」
生きてはいますが、喋ることも動くこともできないほどの重症……。
このままでは、明日保つかどうかさえもわかりません。
だから、私が彼らに明日を与えます。
「ぐっ……うぅ……」
目の前の患者の痛みを引き受ける。
それこそが、私だけに許された力でした。
この力で人々を救ったことで、教会で役職を与えられ、さらなる人々を救うことができるようになりました。
痛みがこちらに流れてくるのがわかります。
ですが、これしきのことに苦しむつもりはありません。
私が肩代わりした痛みはほんの一部、彼はもっと痛いのですから。
「あ……アルメナ様……?」
「喋らなくても大丈夫です。私が引き受けた怪我はほんの一部、まだ苦しいはずです。ゆっくりと休んでください」
ですが、これでもう少しは生きられるようになりました。
全て肩代わりすると私が死ぬ。だから私は一部しか肩代わりできません。
他の重症者たちの分も必要なので、これが限界です。
◇
「……あと……一人……」
「アルメナ様……」
さすがに、動くのさえも辛くなってきました。
痛みのせいというよりは、引き取った怪我により身体の機能が限界になっているのでしょう。
ですが、私は死にません。死なないギリギリを見極められるようになりました。
こうして集めた怪我も、私ならば他の者よりも治りが早い。
ならば、この行為こそが今できる最善なのです。
「すみません。しばらく私は使い物になりません」
「もう喋らないでください……。後のことは私たちがなんとかしますから」
動けなくなった体を部下たちに運ばれ、私はそこで快復に努めます。
私は強い。だから、他の者たちよりも治るのが早い。
大丈夫。モンスターたちは、もうしばらくは襲撃しないはずです。
今のうちにこの怪我を完治させて、次に備えれば……。
◇
「もう限界だよ……」
アルメナ様がまた無理をした。
そうしなければ、何人もの村人たちが命を落とした。
凶暴化したモンスターたちは、一時期は出現が途絶えたというのに、再び頻繁に目撃されている。
これまでのように、大きな都市ではなくこのような僻地にばかり……。
そのせいで、今回は勇者様たちが動くまで時間がかかっている。
もしかしたら……こちらの情報が届かない、あるいは軽視される可能性も……。
ぞっとした。
国からの応援がないと、滅ぶしかないという状況なのに、いまだに国からの反応がない。
私たちは、このままここで滅ぶしかないんだろうか。
「……あのダンジョン、モンスターが入っていったよね?」
「そうね。もしかしたら、あそこがモンスターたちの根城なのかも」
ここままモンスターの被害者の手当てをしているだけでは、きっとどうにもならない。
火の元を絶たないと、犠牲者は今後も出続けると思う。
なら、今のうちに私たちで……。
「ねえ。いっそ、ダンジョンに入って、モンスターたちを倒さない?」
「そっちは、冒険者たちに任せたほうがいいと思うわ」
そうかもしれないけれど……。
なら、冒険者たちから物資を売ってもらうとか、ダンジョンの宝箱から得るとか……。
そうでもしないと、私たちがこの村でできることがなくなってしまう。
そう提案すると、仲間たちは少し迷いながらも納得してくれた。
せめて回復薬でも融通してもらえたら、アルメナ様が動けるようになる。
私たちは、そんな希望を胸に抱いて、ダンジョンへと向かうことにした。
◇
「……なんでこんなことに」
「諦めなさいタイラー。あなたが悪いんだから」
「う……。迷惑かけてすまない」
そうだよなあ。俺の失言が原因だ。
こいつらは、むしろそれに巻き込まれた被害者なのだから、俺が文句を言う資格はない。
「まあ、気持ちはわかるけどな。カザマくんの前で、いい格好したいというのは」
「うう……」
そう。あれは食堂での軽い談笑だった。
俺たちの恩人であるカザマくんたちは、俺たちを冒険者の先輩として慕ってくれている。
なので、ついつい地底魔界に来る前の話をしてしまい、自分たちが有能な冒険者であるように振る舞ってしまった。
そこまではまだいいのだが、問題はその後だ。
そんな俺たちの活躍するところを見たいと言われたため、軽い気持ちで機会があればなんて言ってしまったんだ……。
その結果、機会を用意されてしまった。
カザマくんからレイ様に話が通り、ちょうど最近作ったモンスターダンジョンなら安全に探索できるなんて言われ、こうして冒険者時代のようにダンジョンを進んでいる……。
「落ち込むことはない。タイラーよ! なぜならお前には、ヒーローがついているからな!」
不幸中の幸いは、俺たちにはヒーローがついているってことか……。
ナルカミソウイチ。実力だけならば、あの十魔将様にも匹敵するという、転生者のやばさを体現したような少年だ。
ただなあ……。たぶん、それも原因だよな?
「加減してくれよ!」
「してくれてこれなんでしょ!」
ゴブリンたちは、俺たちがギリギリで勝てるように戦力を投入している。
だが、俺たちにはナルカミがついている。
超位モンスターすら倒せるナルカミが、だ。
「む、いかん! 任せろタイラーよ!」
うわあ。ケルベロスが一撃でよろめいている。
なにこれ。俺たち必要か? いや、必要なんだろうな。
ナルカミは強いけど、探索における注意深い行動とかができない。
どうやら、それを学ぶために俺たちと一緒に行動しているらしいからな。
「これ、どこまで進めば終わりなんだ?」
「当然、ボス部屋でしょうね」
「げ、マジかよ……」
たどり着けるかどうかで言えば、たどり着けるだろう。
ただ、そこで全滅するような気がしてきた。
さすがにボスまで加減はしてくれないだろう。
仕方ない……。そこまでは付き合うことに……。
ん? 俺たち以外の侵入者か?
道を進んだ先には、モンスター以外の誰かが見えた。
あの格好……教会のやつらか?
人類の大きな組織の一つであり、人々を癒すことを目的とした連中だ。
回復魔法を無償で施してくれるから、俺たちも新人時代に世話になった。
かといって戦闘力がないということもなく、教会の戦士たちは下手したら勇者パーティに匹敵する者もいる。
だが、そんな連中がなんでダンジョンなんかに?
いくら強いといっても、好んで探索業なんかにかかわらなかったはずだ。
「冒険者の方? すみません! 助けてください!」
なんか、面倒ごとの予感がする……。
このダンジョンのボス退治の協力とかだったらどうしよう。
まあ、そのときはレイ様が判断するか……。
◇
「なんか世良みたいな集団が」
「たしかに、聖女も元々は教会の所属でしたからね」
「教会ですか?」
ということは、信心深い。
ということは、あんな女神を信仰している。
敵だな。
「どうします? 殺しましょうか?」
「どこでスイッチが入ったのかはわかりませんが、放置でいいんじゃないですか?」
そうか。じゃあやめておこう。
……女神の信者なんだよな? あいつらを倒せば、女神の力とか削げないかな?
「あいつらって、あの女神を信仰しているんですか?」
「え? う~ん……。まあ、人並みにって感じですね。教会の者たちは、人を癒やすことが目的なので、信仰とかは人それぞれです」
なんだ。そういう集団なのか。
じゃあ、他の侵入者のように、モンスターたちと適当に戦ってもらうだけでよさそうだな。
ただ、タイラーたちと合流してしまったのは、どうするべきか……。
「タイラーたちもいますし、様子見します」
「それがいいです」
「……タイラーたちがいなかったら、どうするつもりだったんだろうね?」
そりゃあもう、様子見だよ。
それで危険そうなら、モンスターたちの難易度を上げていただけだ。




