第574話 独りじゃないお正月
「ん……」
目が覚めると、柔らかい感触を全身に感じた。
どうやら、フィオナ様に抱きつかれているみたいだな。
ということは、先に目が覚めたようだ。
寝息は一定で穏やかなため、悪夢に苦しんでいる様子も無い。
となると、俺は彼女が起きるまで、しばらくこうして抱きつかれたままということになる。
「……近いなあ」
息がかかる距離に顔が見える。
いつものポンコツな顔ではないため、その美しい寝顔につい見惚れるが……まあ、今さらだな。
今日は両手を拘束される形で眠っていないので、右手だけは自由に動く。
なので、なんとなく近くにあった髪に触れてみた。
……さらさらしている。なんか手触りが良いなあ。
「……」
「……」
そんなことを考えていると、フィオナ様と目が合ってしまった。
さて、どうしよう。まさか目覚めていたとは……。
「えっと……欲しいですか?」
「もらっても、何に使えば良いかわかりません」
だから、髪を切り落とそうとするのはやめてください。
せめて、そういうのが得意な魔族とかに任せましょう。
◇
「いやあ、レイは私の髪の毛一本さえも好きですからねえ。欲しかったら、あげますよ?」
「本物が近くにいるから大丈夫です」
「そうですね! 私たちはいつも一緒ですから!」
年も明けたというのに、落ち着きなくべったりとくっついてきた。
今年も魔王様は、威厳などそっちのけで過ごすんだろうなあ。
そんなフィオナ様と共に食堂に向かうと、すでに起床した者たちが食事を楽しんでいるようだ。
やはり、フィオナ様は寝坊気味ということだな。
「今日は何にしようかな」
「おや、なにやら見かけないメニューが」
普段通りのメニューに急遽追加されたらしく、おせちとお雑煮という文字が見える。
……時任だな。時任がマギレマさんに頼んで、彼女が快く引き受けたのだろう。
「お正月用のメニューですね」
「なるほど……。では、せっかくですし、これにしましょうか」
お雑煮はともかく、おせちってどうなんだろう。
一人用の量が出てくるんだろうか。
まあ、せっかくだし俺も同じ物でいいや。
「あ、レイさん。明けましておめでとうございます」
「ああ、明けましておめでとう。風間」
なんだか少し疲れた様子の風間に声をかけられる。
あちらはあちらで、両手に原と世良が抱きついているので、動きにくそうだな。
「あれ、おせちとお雑煮なんてあるんですね? 地底魔界でも、お正月はこういうものを食べるんですか?」
「たぶん、時任が勝手に増やしたんだと思う」
「ああ、そういうことですか……」
きっと風間の頭の中でも、私がやりましたと言っている時任の顔が思い浮かんでいることだろう。
しかし、それにもすでに慣れてしまっているのか、風間たちも同じメニューを注文していた。
「お正月ということですけど、初日の出はここじゃ見られませんよね?」
「地底だからな」
わかっていて聞いてきたのだろう。
世良は納得したように頷きながら、お餅を食べていた。
特に不満があるようにも見えず、単に事実を確認したって感じだろうな。
「初詣もなさそうよね。そもそも、祈る神様ってあの女神ってことになりそうだし」
「祀りたくもないな。あいつは」
「当然です」
魔王と宰相がじきじきにNGを出しているので、あいつの崇拝は地底魔界では禁止だ。
ならば神社を作る意味もなくなってくる。
拝む対象がいない神社って、なんか罰当たりな気がするし。
「となると、寝正月ですかねえ。地底魔界のお店で買い物をとも思いましたけど、むしろ私たちって経営者側ですし」
「地底魔界ではそうだけど、外の世界なら客として楽しめるんじゃないか?」
「せっかくの魔王軍としてのお正月なので、地底魔界でのんびりと暮らしたいです」
そこまで言ってもらえるなら、魔王軍宰相として何か考えたいところだな。
元日本人としては、正月が特別という気持ちもわかるし。
「フィオナ様、正月に何か特別なイベントってありますか?」
「ガシャ祭りの話をしていますか?」
「クリスマスにしたばかりじゃないですか……」
「そうですよねえ。クリスマスは特別なので許されるとは思いましたが、年の初めまでというのは欲張りすぎましたか」
駄目元で聞いてきやがったな。この魔王。
危うく、再び大量の宝箱を生成することになりそうだった。
「あの~。いっそのこと、地底魔界を巡ってデートすれば良いんじゃないですか?」
「たしかに、今ならのんびりと堪能できそうよね」
「海とモンスター園と植物園と映画館と温泉と宿……。なんだか、数日楽しめそうだね」
言われてみれば、一つ一つの施設を巡るだけでも、十分楽しめる気がしてきた。
正月だからといって、何も特別な何かを準備する必要はないか。
「よしっ、行くわよ武巳、新!」
「あっ、友香ちゃん。えっと、それじゃあ私たちはこれで、失礼します」
「友香と新がすみません。魔王様とレイさんも、デート楽しんでください」
「デートじゃないんだけど?」
「デートじゃありませんけど?」
駄目だ。俺たちの言葉は、風間に届いていない。
だけど、のんびりと地底魔界を楽しむのも良いかもしれないな。
「俺たちも行ってみますか? デートじゃありませんけど」
「そうですね。せっかくですし、うんと楽しみましょう。デートではありませんが」
◇
「いきなり海で水着なんて……やっぱり、レイってえっちなのでは!?」
「誤解を招く発言はやめてください!」
そもそも水着を着ている他の人たちに失礼です。
「むしろ、水着をいかがわしいものとして扱うフィオナ様こそ、頭の中がえっちなんじゃないですか?」
「なにをぅ!? ぜんぜん余裕ですけど!? ほら、見てみなさい。余裕の魔王です」
小鹿のように、ぷるぷる震えている。
無理している様子にしか見えない。
そして、俺の視線はそれほどまでにわかりやすかったんだろう。
フィオナ様は、カチンときた様子でまた開き直っていた。
「余裕ですけど!? ほら、いつも通りレイに抱きつくこともできます!」
「……」
「……そこで黙られたら、余計に恥ずかしくなるじゃないですか!」
すみません。いつもより露出が多いので、そんな状態で抱きしめられたら恥ずかしさも倍増なんです……。
だが、そこはポンコツな我らが魔王様だ。一度ムキになったら、自分から引くことを知らない暴走列車となる。
「どうですか! これでも、負けを認めませんか!?」
「勝ち負けの問題じゃないと思うんです! そろそろ離してくださいって!」
「なにをぅ!? 私に抱きしめられるのが嫌だと言うんですか!?」
「嫌じゃありませんし、むしろ……いえ、とにかく……」
駄目だ。どんどん紅潮していくのが自分でもわかる。
海といえどここは人工海。冬用の温度調整は行っており、どちらかといえば巨大な温水プールになっている。
魚たちは退避させているので安全だが、今日に限ってはむしろ冷たい水のほうが良かったのかもしれない。
そうすれば、この火照る体や頬も誤魔化せたと思うから。
「……」
「……な、なんでフィオナ様まで、真っ赤になって黙っているんですか!」
「レ、レイが恥ずかしがるからです……」
急にしおらしくなるからたちが悪い。
かといって、抱きしめた体を離してくれることはなく、俺たちは真っ赤になりながら海の中で抱きしめあっていた。
◇
「これは?」
「魔王様とレイ様が用意した、お年玉というものらしいです」
「去年までの手柄への褒賞ってこと? ボク、もっと大々的に褒めてほしいなぁ」
「そのあたりを考慮していない、魔王軍全員への褒美みたいなもんらしいぞ。ほれ、魔族以外の従業員にも配られている」
「中身は……アイテムだな。私たち一人一人のことを考え、準備して頂けたのだろう」
「……まあ、これはこれで良いかもね」
「ところで、その魔王様とレイくんはどこ行ったの?」
「人工海ですね。プネヴマが倒れていたので、間違いないかと」
「今年も仲がよろしくて、何よりだねえ」




