第573話 ゆく年くる年の地下アイドル
「こっちの世界も、明日で年明けなんですよね?」
「そうですね。今日で一年も終わりです」
どうせ時任が騒ぎ出すだろうと思い、フィオナ様に尋ねてみると、やはり今日は年末ということらしい。
だが、地底魔界はいつもと特に変わりはなく、モンスターたちは侵入者を撃退しているし、罠は稼働しているし、各店舗に客が出入りしている。
「こっちの世界では、年末に何か行事とかあるんですか?」
「う……。わかりません」
ない。ではなく、わからないときた。
もしかして、魔族にはそういう風習がないけれど、人類はその限りではないからだろうか?
「じゃあ、時任を待ちますか。どうせクリスマスのときみたいに、みんなで騒ごうと提案するでしょうし」
「ふふ。元気な子ですねえ」
だが、おかげで地底魔界が明るくなっている気がする。
であれば、今後も彼女の突拍子もない提案は、前向きに検討したほうが良さそうだな。
◇
「レイさん、レイさん!」
「そらきた」
「大晦日ですよ! 地底魔界で紅白歌合戦を見ましょう!」
「たぶん、そんなイベントどこにもないと思う」
さすがに、テレビ番組は用意できない。
前向きに検討しようとしたが、いきなり無理難題を振られてしまった。
「じゃあ、年越しそばはいかがでしょう!?」
「それなら、マギレマさんに頼めばなんとかなりそうだな」
「あとは、あとは……」
「とりあえず落ち着いてくれ」
なんか、お馬鹿な犬みたいになっているぞ。
お前、うさぎのはずだろうが。
「むむむ……。やはり、特別なテレビ番組が必要ですね」
「魔導映写館で、なにか上映するか?」
「歌関係ですね! そういえば、魔王軍に歌が得意な魔族っていないんですか?」
「どうだろう」
セイレーンとかなら、歌がうまそうだよな。
ちょっとフィオナ様に相談してみるか。
「確認してくる。そっちはそっちで、適当に準備していてくれ」
「はい!」
時任は元気に走り去っていった。
今年最後の力を全て使い切るつもりか。あいつは。
◇
「歌ですか」
「はい。そういうのが得意な魔族っています?」
「プネヴマとかどうですか? バンシーなので、声の大きさはなかなかですよ」
「あいつ、声は大きいですけど、綺麗と汚いが混じった不思議な声じゃないですか」
「なんででしょうね? 昔はそんなことなかったのですが」
たしかにプネヴマの声はかわいいし綺麗だ。
なのに汚い。どういうことなのかわからないが、本来同居しないものが同居してしまっている。
「マギレマさんの部下にセイレーンがいたはずですけど、彼女はどうですか?」
「あの子、恥ずかしがり屋なので、人前で歌うのは無理だと思います」
なんとも不憫なセイレーンだな。
だが、そういう理由なら無理強いもよくない。
「いっそ、フィオナ様が歌います?」
「え~……。私、そういうの向いていないので」
引きこもりだもんな。
本人が騒ぐよりは、周囲の騒がしさを楽しむタイプなんだ。この魔族は。
「まあ、料理を食べてみんなで楽しめばそれで良いんですかね?」
「そうですね。それだけでも、十分素敵だと思いますよ」
なら、マギレマさんたちにまたお願いするとしよう。
◇
「りょうか~い。いろいろ準備しておくね」
「ちなみに、マギレマさんたちは年末には何してたの?」
「普段と変わらずかな。いつも通りのことをしてた」
へえ、それじゃあ料理か。
なんともマギレマさんらしい年の瀬だな。
「となると、やっぱり特別のイベントとかは考えずに、みんなで楽しく過ごすって感じが良いか」
「そうだね~。ま、料理は準備するから、期待してて良いよ~」
頼もしい言葉に礼を言い、俺は邪魔にならないように厨房から立ち去った。
背後でラプティキさんと何やら話をしていたようだが、彼女も料理を手伝ってくれるのだろうか?
「……いつも通りって、あんたいつも通り喧嘩してただけでしょ」
「嘘は言ってないし!」
「レイさん、あんたのことを料理好きのお姉さんとして見ているからね……」
「今はそうだから良いでしょ! レイくんに変なこと吹き込まないでよ!?」
「はいはい……」
◇
「ボス。トキトウが張り切って変なことしてるが、止めなくて良いのか?」
「時任が? ちなみに、何をしていた?」
「コンサートのステージを作るとか言って、ハルカと協力して色々と運んでいたが、あの様子じゃ年が明けると思うぜ」
何してんだあいつ。
まさか魔導映写館で上映する映像を選別するでもなく、ここでコンサートを行おうとするとは。
さすが時任だ。発想がぶっ飛んでいる。
「……仕方ない。手伝いに行くか」
「もしかして、ボスってコンサートのステージまで作れるのか?」
「試してみる。無理なら時任を止める」
「なんか、大変だな……」
年末ではあるが、いつも通りドタバタしている。
そのほうがうちらしいといえば、それまでだけどな。
そうしてロペスとクララを連れながら時任のもとに向かうと、彼女は音楽結晶やらステージ用の資材を運んでいた。
……本気で今から作ろうとしているのか。
「時任」
「あ、レイさん。楽しみにしていてください! 立派なコンサート会場を作ってみせますから!」
「今からじゃ間に合わないから諦めてくれ」
「ええ!? そんな~……」
ダンジョンマスターさん。コンサート会場って作れますか?
……無理そうですかね?
なんかステージがあって、きらびやかならそれで良いので。
頼み込んでみると、ダンジョンマスターさんは魔導映写館のメニューを点灯させた。
なるほど、これを改良すれば良いのか。
たしかに、スクリーンはあるし音響もしっかりしている。
あとはそこにステージを追加するようなイメージでバランス調整すれば……いけるか?
「魔導映写館作成」
「ひょわっ!?」
時任とハルカが作ろうとしていたステージあたりに魔導映写館を作成する。
スクリーン、よし。座席、よし。ステージ……良いな。ちゃんとできている。
「これで良いか?」
「さすがレイさん! よ~し! あとは、ここで歌ってくれる人を集めてきます!」
「いるのかなあ……」
最悪、時任のソロステージにしてもらおう。
慌ただしいウサギを見送ると、ロペスとクララからの視線を感じた。
「ボス……。なんでもありだな」
「さすがはレイ様ですね……」
「いや、魔導映写館の応用だからすんなりいっただけだ。ゼロからだったらこうはいかない」
ダンジョンマスターさん、いつも無茶ぶりに応えてくれてありがとう。
さて、場所は用意したので、あとは自由に使ってもらおう。
◇
「時任歌います!」
あいつ、本当に度胸あるよなあ……。
出会った頃、落とし穴の中で命乞いをされたのが嘘みたいだ。
「トキトウはすごいですねえ」
「本当にそう思いますよ。なんなんですかね。あいつ」
フィオナ様と隣同士、ステージの上で歌う時任を眺めているが、あいつの力は底しれない気がしてきた。
時任が一番手を引き受けたことにより、鳴神がヒーローショーを公演したり、こちらの世界の者たちが魔法で一芸を見せたりと、もはや宴会だな。
「本当に賑やかですね」
ステージの上では代わる代わる芸が繰り広げられていく。
周囲の者たちはそれらを眺め、マギレマさんたちは軽食を配り回っていた。
リグマやドワーフたちなんて、酒を飲みながらステージに立つ者たちを応援しているな……。
「むしろやかましいくらいですけど」
「元気なのは、良いことです」
フィオナ様は、そんな地底魔界の住人たちを温かい目で見守っていた。
……魔王だからな。民たちを慈しむ姿がとても似合っており、その横顔は思わず見惚れるほどには美しかった。
「年が明けることが嫌いでした。意味もなく繰り返されていくだけの日々。停滞した時の中で重ねられるだけの時を、苦痛とさえ感じていました」
「……今はどうですか?」
「初めてです。新たな年に希望を持てそうなのは」
「来年も、フィオナ様が喜べるような年にしますよ」
「ええ。頼りにしていますよ、私のレイ」
その喧騒は年が明けても続き、つないだ手はいつまでも離れることはなかった。




