第572話 土の中の宝物は煤を払えない
「掃除をしましょう!」
「また急に……」
「ごめんなさいごめんなさい。芹香がご迷惑をおかけします」
「いや、そこまで謝ることでもないから、頭を上げてくれ」
ただ、例によって突発的だなあと思っただけだ。
食堂で数多の魔王軍が集まっている中、時任が急に大声で提案したので、つい反応してしまった。
「もう年末ということなので、気持ちよく新年を迎えるために地底魔界を大掃除しましょう!」
「そっか。僕たち、こっちの世界に来て年を越すことになるんだねえ」
風間がしみじみと言う。
たしかに、もうそんなに経つのか。
なんか、フィオナ様との日々が濃すぎて、こちらの世界に来てまだそれだけなのかと思えてきた。
「ということで、各自担当の職場と自分の部屋のお掃除ですね!」
「まあ、ちょうど良い機会かもしれないな。それじゃあ、各々食事後に掃除してくれ」
俺の言葉により、時任の提案は確定事項へと変わる。
そつなくできる者もいれば、苦手そうな者もいるし、俺は見回りもしたほうが良さそうだな。
◇
「あ、レイさん! どうですか。ニュー時任奥居ルームです!」
「前回との違いがわからない……。そもそも、前回の時点で綺麗だったと思うんだけど」
「日頃から掃除はしていますから」
だよなあ。
時任と奥居は、わりとまめに綺麗にする性格だし、大掃除といっても普段とやることは変わらなさそうだ。
「甘いですね。実は前回よりも音楽結晶が増えています!」
「ああ。それはたしかに」
あれから外出も増えたからなあ。
お気に入りの音楽を買って、部屋に飾っているみたいだ。
「良いですよねえ、結晶。これからもガンガン買うつもりです」
「散らかさないようにな」
二人とも部屋の掃除は問題ない。
商店とモンスター園、人工海も水族館も、スタッフ総出で掃除していたため大丈夫そうだ。
「ここは平気だな」
「はい! 完璧に綺麗にしておきます」
やる気に満ちた時任の声を聞きながら、俺は次の場所へと向かった。
◇
「リグマの旦那、俺たちがやるからそんな体を張らなくても良いって」
「いやいや。おじさんスライムだから、適任だろ」
カジノに向かうとリグマがスライム状態で掃除をしていた。
どうやら隙間に入って床掃除をしているらしい。
それも自らの体を使って……。
スライムの体にゴミが溜まると、器用にもゴミだけを体外に排出している。
便利だな……。ただ、目的は掃除というよりも別にあるらしい。
「お、またあった」
ゴミとは別に彼の体にはコインが溜まっていた。
なるほど、客が落としたコインを集めているのか。
「だ、旦那。そんなことしなくても、コインくらい融通するぜ?」
「いや、こうして拾ったコインにこそツキがあると見たね。逆に融通なんかされたコインでは、きっと勝てない」
そうかなあ……。
まあ、本人が納得しているのなら良いか。
「レイ様、見回りでしょうか」
「ああ。だけど問題なさそうだな、クララ」
「はい。ダークエルフ一同、カジノの掃除は完璧にこなします」
「それは頼もしいけど、自分たちの部屋もしっかりと掃除するようにな」
ダークエルフ。仕事は真面目で全力なんだけど、自分たちのことになるとやや無頓着だからなあ。
「ええ。手本となるためにも、そちらも完璧にします」
「ああ。女王として、ダークエルフの手本になろうとしているのか、さすがだな」
「いえ、どちらかというと彼が……」
クララの視線はロペスへと向けられている。
「もしかして、ロペスって掃除しないのか?」
「自分の部屋となると、手を抜きますね……。まったく! 私が手伝ってあげないと駄目なんですよ!」
「そうか。それじゃあ、悪いが今回も手伝ってやってくれ」
「もちろんです!」
クララはロペスのことになると、やる気満々だからなあ。
この二人の組み合わせは、どうにも相性が良いらしい。
◇
「……すごいことになっているな」
「面目ない。どうも日ごろの研究で散らかしすぎたようですね」
「エピクレシ様、掃除しませんからね……」
「うるさいですよ、ドラゴンゾンビ。口より手を動かしなさい」
エピクレシの研究室に行くと、これぞ大掃除というほどには散らかっていた。
アンデッドが総出となり、広い研究室の掃除に取り掛かっている。
ノーライフキングの指揮により、テキパキと掃除は進んでいるようだが、エピクレシの前には山積みのアイテム。
……いや、素材というか触媒か。たしか、アンデッド作成に使う物だったっけ。
「エピクレシ様。そちらは私たちでは判断できないため、エピクレシ様が仕分けてください」
「全部要ります」
「本当ですか?」
「……」
「仕分けてください」
「おのれドラゴンゾンビ……」
どうやら、仕分けるのが面倒くさいらしい。
それを見破ったドラゴンゾンビもさすがだな。
「手伝おうか?」
「いえいえ! レイ様の手を煩わせるわけにはいきませんので!」
俺が手伝いを申し出ると、エピクレシは急にテキパキと動き始める。
そんな彼女を見て、ドラゴンゾンビは呆れたようにため息を吐くのだった。
「レイ様の前では、真面目なんですよねえ」
「これでも上司だからな」
「これからもエピクレシ様のことをお願いします」
やけに切実な頼みに、ドラゴンゾンビの苦労が伺い知れる。
まあ、フィオナ様の部下だからな。しっかりと面倒は見させてもらうさ。
◇
「さて、あとは……」
フィオナ様、時任、鳴神、プネヴマ、エピクレシ、ナツラ。
心配な者たちは一通り見終えたし、問題はなかった。
となると、あとは順調に掃除しているであろう者たちの様子を念のために確認するか。
「ここは、たしかダスカロスの部屋だな」
ちょうど良い。まずはダスカロスの様子でも見るか。
ただ、彼のことだからすでに掃除を終えて、他の者たちを手伝いに行っているかもしれない。
「まあ、そのときはそのときで良いか」
別の場所に向かうだけだからな。
扉をノックするが返事はない。やはり、すでに掃除を終えて別の場所に……。
いや、部屋の中から魔力を感じるな。
それだけ集中しているのだろうか?
「ダスカロス?」
ノックをするも返事はない。
仕方ない。悪いが勝手に入らせてもらおう。
万が一異常事態だとしたら、放置するわけにもいかない。
後で怒られるかもしれないが、その程度ですむのなら良しとしよう。
「入るぞ」
部屋に足を踏み入れると、そこはとんでもない惨状だった。
足をどこに置けば良いかもわからない。それほどまでの散らかり様。
ともすれば、部屋を間違えたと錯覚しそうだが、部屋の中央にいるダスカロスの姿から、間違いなくここが彼の部屋であることはわかる。
「ダスカロス。大丈夫か?」
「……レイか」
「大丈夫か? なんか、調子が悪そうだが」
というか元気がないというか、いつものようにキリッとしていないというか。
「いや、途方に暮れていた」
「なんでまた……」
珍しい。ダスカロスのこんな姿を見るのは、初めてかもしれない。
「私も、掃除くらいは理解している。不要な物を分別して捨てる。それだけで良いはずだ」
「そうだな。みんなそうして部屋をきれいにしているし」
「……」
ダスカロスの足元には、様々な……ガラクタ? が散らばっていた。
「このあたりが不要品ってことなら、手伝おうか?」
「いや、それは……」
ガラクタの山を運ぼうとした俺を、ダスカロスが少し慌てて止める。
本当に珍しい姿だな。
「……要るのか?」
「……まあその、なんだ。いずれ使うかもしれない」
あ、これ片付けられない魔族の発言だ。
何でも溜め込み、いつか使うかもと捨てられない。
そうして、部屋の中が圧迫されて大変なことになる。
まさか、普段あれだけしっかり者のダスカロスが、そんな魔族だったとは。
「よし、捨てよう」
「まあ待て。それは、使う可能性があってだな」
「いつ?」
「……」
アイテム、おもちゃ? 容れ物、インテリア、枯れた観葉植物とか絶対使わないだろ……。
もしかして、狼だからか?
犬系の魔族だから、なんでもお宝扱いして溜め込む蒐集癖が?
「よし、頑張って掃除しよう」
「すまない……」
問題児たちが順調と思いきや、どうやらここにきてラスボスが現れたようだ。
さて……掃除もだが、どうやって捨てさせるか。その説得に難儀しそうだなあ。




