第570話 免許講習の最後に見せられるような映像人材
「あ、宰相様だ~」
美少女が俺を発見するなり抱きついた。
いや、美少年か。
なので、特に気にすることもなく引き剥がすと、不満そうに抗議される。
「え~。僕、わりとかわいいですよね?」
「かわいいけど、そういうのはイピレティスで慣れてる」
「くっ、さすがイピレティス様!」
彼は何かに敗北したように、そのまま去っていった。
イピレティスの兎部隊。隊長が隊長なだけに、やたらと馴れ馴れしく接してくるよなあ。
「へ~、これが転生者のセンスなんだ」
「てか、わりとデザインしっかりしてんね。あの子そういう役職じゃないんでしょ?」
「ラプティキ様に伝えるときは、だいたいあの子が絵を描いてくれてるみたいよ?」
こっちはラプティキさんの部下たちだな。
話の内容を察するに、奥居がまた服の依頼をしたのだろう。
そんな彼女たちは、俺に気づくと慌てて直立した。
「宰相様。お疲れ様です」
「ああ、お疲れ……。別にそんな律儀に挨拶しなくてもいいんだけど」
さっきまで、わりとだらだらと談笑してたでしょ。君たち。
「そういうわけにはいきません」
なるほど……。これがフィオナ様が味わっている感覚か。
もっと楽にしていいんだけどなあ。
と言っても素直に聞けないだろうし、せめて俺が立ち去ることで、さっきの空気を取り戻してもらおう。
そうして先に進み、地底魔界技術部へと移動すると、ここは随分と活気づいていた。
「テクニティス様! 魔力炉の準備できました!」
「じゃあ、カールに渡せっす! カール、組み込みは任せたっすよ!」
「おう、貸せ小僧!」
「カールさん! 魔石の調整はこれでいいですか!?」
「……ちょっと荒い! もう少し削れ!」
「はいっ!」
「お前らは、今は来るなって!」
「グレムリンの魔力で感知しろっす! いたずらか手伝いか、それで判断できるっすから!」
「ええ……。何が違うんですか?」
忙しそうだな。
だけど、みんなが協力して作業できているようだ。
……グレムリンたちは、協力しようとしているのか、いたずらしようとしているのか、どっちだ?
「あ、レイさん」
「おう、風間か」
喧騒から抜け出して、こちらに近付いてきたのは風間だった。
彼もまた一生懸命作業していたが、周囲ほど熱中していたわけでないらしく、俺に気付けたらしい。
「師匠とテクニティスさんを呼んできましょうか?」
「いや、散歩中というだけだから、邪魔はしないでやってくれ」
そうやって、蘇生した部下たちの働きを見回っていただけだ。
「そうですか。大変ですね」
「いや、お前らのほうが大変そうだよ。テクニティスとカールと風間、三人のときより慌ただしいというか、騒がしいというか」
「全員職人気質なのか、作業が進むにつれてヒートアップしちゃうみたいですね」
だよなあ。別に急ぎの注文はしていないのに、まるで納期直前の慌ただしさだ。
「ちなみに、今は何を?」
「海で使うジェットスキーの試作品と転移温泉の移動先の調整と映像結晶の魔力効率の調整ですね」
「なるほど。人員も増えたことで、並行して進められるようになったのか」
ある意味では、ここが一番蘇生の恩恵を授かっているのかもしれないな。
ただ、熱中しすぎるのは良くない。
邪魔しないようにとは思ったが、もうすぐ昼になるのに誰も作業を中断しなさそうだな……。
止めるか。
「お~い。そろそろ作業中断して昼飯にしないと、後でマギレマさんに叱られるぞ~」
「今はそれどころじゃ……いや、マギレマ様のお叱り……え、宰相様!?」
近くにいた作業員が反応するも、最終的には俺を見て驚いていた。
やはり、俺が来たことに気づかずに熱中していたようだ。
「えっと、今いいところでして」
「と言ってもなあ。食事抜きで作業するのはおすすめしないぞ」
なんせ、マギレマさんの料理は美味しいからな。
あれを食べるだけでも、午後からのやる気も上がるというもの。
それを抜きにして作業するなんてもったいない。
「私たち、昼食を抜かすくらい、なんてことありませんから」
「それ、明日も同じこと言える?」
「はい! 二日や三日食べずとも、問題ありません!」
「じゃあ、一週間後や一ヶ月後は?」
「さすがにそれは……」
「なら、食べられるうちに食べておこう。いざというときに食べずに作業することもあるかもしれないけれど、そうでないときまで食事を抜くのは良くない」
俺の言葉に納得してくれたのか、彼は渋々と従ってくれた。
ちょっと危険だな。テクニティス組は、わりとブラックな労働になりそうだし、注意して見ておこう。
「ところで、何を作ってたの?」
「私は、新たに作るというよりは既存の罠の改良をしようかと」
「ちょっと、詳しく聞きたい」
「はい!」
なにそれ気になる。
改良の内容次第では、俺のメニューに組み込まれるかもしれないし、そうでなくとも作成の際に出力を変えて対応できる。
効率的な運用方法があるのなら、ぜひ意見を聞いてみたい。
「レイさん。レイさ~ん! お昼休憩のはずでは?」
「あ、そうだった……」
風間の指摘でなんとかそれを思い出せた。
よし、話を聞くのは午後からにしよう。
◇
「みんなわりとうまくやっているみたいです」
「そのようですね。ただ、働き過ぎには注意が必要ですね」
その日の夜フィオナ様の寝室で報告すると、彼女も同じようなことを気にしているようだった。
マギレマさんやディキティスの部下はともかく、テラペイアやルトラの部下ですら、まだまだ以前のように働きすぎる傾向にあるようだからな。
蘇生したての今回の部下たちも、慣れていくまでは大変かもしれない。
「ということで、下がしっかり休めるように、上がだらだらと休みましょう」
「それ、サボるための口実では?」
「サボるも何も、今の魔王軍は私が働かなくてもいい体制を築けているじゃないですか」
……たしかに。
だからこそ、プリミラも最近は働けと言わなくなったのかもしれないな。
であれば、魔王様には今後も存分にだらけてもらうか。
「どこに行くんですか?」
「どこにって……魔王様の休息の邪魔をしないように、明日の準備でもしようかと」
「言ったはずです。上が休む姿を見せると」
そうですね。だから、それを邪魔しないようにと。
「魔王と宰相。二人がぐーたらすることで、下もゆるく生活できるのです」
「あ、俺もなんですね」
これは決定事項のようであり、フィオナ様はすでに俺を掴んで離さない。
「さあ、二人で仲良くだらだらしますよ」
それだけ言い終えると、フィオナ様は俺をベッドの中に引きずり込んだ。
仕方ない。今日はこれで休むとして、明日からまた頑張ろう。
「今日は何の話をしましょうか?」
「そうですねえ。それじゃあ、今回部下が復活した十魔将たちのことなんかを」
目の前にはフィオナ様の顔。
吐息が届くほどの距離で、俺たちは眠気が来るまで語り合った。
◇
「いいですか? あれが今の魔王様です。そしてレイ様です」
「ちなみに、邪魔したらあたしでも怖いと思うほどプレッシャーかかるから、気を付けようね」
「私、サキュバスというだけで警戒されましたからね……」
「あ、あの……勝手に覗き見するのは、処罰されないのでしょうか?」
「そのへん気にしないから平気。というか、所構わずあんな感じだから、隠すこともないんだろうね」
魔王様だけでなく宰相様も、何かがおかしいのかもしれない。
お二人の行動、それに慣れている方たちの発言、それらは私たちの認識を変えるには十分だった。
「ところで、宰相様は王配なのでしょうか?」
「……そこが難しいところだな。あの二人の関係は、私たちは考えないほうがいいかもしれない」
な、なんか複雑そう……。
今後、この魔王軍でやっていけるかどうか、目の前に映し出される魔導映写装置のスクリーンを観ながら、私は不安を抱えるのだった。




