第568話 隣の芝生の迫害
『今日はどこに行く?』
『そうだなあ。水族館に行ってみるか』
『カジノでまた金が無くなった! ダンジョン潜るぞ!』
『せめて、温泉と食事代くらいほしいからね……』
『私が餌をあげないと、あの子たちがお腹空かせちゃうでしょ』
『いや、あのモンスターたち、色んなやつから餌もらってるぞ』
順調だな。実にいい傾向だ。
地上のモンスター騒動のせいで、モンスター園への客足は途絶えていたが、もはや完全に回復している。
それどころか、水族館と植物園も順調で、欲望のダンジョンはさらなる顧客が増加していた。
「頃合いか?」
「ああ。さすがに定期的に行うのは無理だけど、今回溜めていた分を使うくらいなら問題なさそうだ」
ダスカロスもそれはわかっているらしく、ゆっくりと頷いた。
「それにしても大したものだな。本当に大量の蘇生薬の当てがつくとは」
「いや、ここから宝箱を開けるわけだから、まだ手に入ったわけじゃないぞ」
「だが、君には確信がある。とかく心配性な君が自信を持っているのであれば、成功は確約されたようなものだろう」
「プレッシャーがかかるなあ……。フィオナ様には言わないでくれよ?」
「無駄だと思うがね。君は、魔王様に隠れて宝箱を開けないだろう?」
そうだなあ……。
ということは、俺が宝箱を開けると言った時点で、フィオナ様の中では、大量の蘇生薬が手に入ったも同然という考えになりそうだ。
いつか、その期待を裏切ることになりそうで怖いが、今回もうまくいきますように……。
ダンジョンマスターさん。そろそろ、蘇生薬確定宝箱とか作ってくれません?
一回の作成に一万の魔力消費とかでもいいから……。え? 無理ですか?
◇
「ついに! 蘇生薬祭の日ですか!」
ほらきた。そろそろ宝箱を開けようと思うと伝えただけで、フィオナ様はすでに蘇生薬が手に入ったような喜びようだ。
これで外したら、自分が開けたわけでもないのに落ち込むんだろうか。それを俺が慰めるんだろうか。
むしろ外したのは俺で、慰めてもらいたいくらいなのに。
……いや、開ける前からネガティブな考えはやめよう。運気が逃げる。
「なになに? レイさんが、またすごいことするの?」
「宰相様が部下を大量に蘇生するらしい」
「また人手が増えるのね。頑張って名前を覚えないと……」
「僕たちにとって、馴染みのない名前が多いからねえ。わりと大変だよ」
「そうか? 顔と名前なんて、一度で覚えられるだろ?」
「ロペスくん。わりとハイスペックよね」
やめて。ぞろぞろと集まって期待しないでくれ。
これも全てフィオナ様が悪い。この魔族が騒ぐせいで、何事かと地底魔界の住人たちが集まり、今ではちょっとした騒ぎになっているじゃないか。
これだけたくさんの者たちに見られながら、もしもハズレなんて引いてみろ。
いたたまれない微妙な空気が流れることになるぞ。
……そのときは、光量を最大にした火の球の閃光弾トラップを起動して、この場から逃げようかな。
「……ボスがよからぬことを考えている気がする。お前ら、あんまりプレッシャーをかけるな!」
ロペス……。頼りになる男だ。
「ロペスくんが、また変なこと言ってる。大丈夫だよ。レイさんすごいもん」
時任……。余計なことを言う女だ。
仕方ない。腹をくくってガシャるか。
まあ、外れたとしても笑われることもないだろう。
だって、いつも魔王様が外しているからな。魔王様でもできないことなら、宰相の俺が失敗しても何も問題ではない。
「どうしました? レイ。やはり、重圧を感じていますか?」
「いえ、フィオナ様を見ていたら、なんか気楽に引けるようになりました」
「? なんかよくわかりませんが、私を見てレイの負担が減るのなら、好きなだけ見ていいんですよ?」
だからといって、両手を俺の頬に沿えないでください。これじゃあ動けません。
まあ、気合は入ったかな? それじゃあ、ぼちぼち始めようか。
「宝箱作成」
◇
「すっからかんです」
いや、さすがにダンジョン運営用の魔力は残しているけれど、これでまたしばらくの間は、貯蓄の日々が続くだろうな。
たまに散財するこういう日のために、毎日コツコツためていく、それが大切なのだ。
「わ~。わ~」
フィオナ様が子供のようにキラキラした目で、蘇生薬の山を見ている。
途中から数を数えるのはやめたけれど、ダスカロスとプリミラがそのあたりはしっかりとカウントしてくれていた。
どうやら俺は、目標の数値になんとか到達していたようだ。
「これで、テクニティスとラプティキさんとイピレティスの部下たち、全員蘇生できるかな?」
「直属の部下たちを蘇生する分は、ちょうど足りているな。相変わらず、狙いすましたかのような数を引き当てるものだ」
もう慣れたもので、ダスカロスは素直に感心してくれているが、慣れていない者たちはなんか恐れおののいている。
蘇生薬って、やっぱりかなり希少なんだろうなあという反応だ。
「あ、あれが全部蘇生薬?」
「テラペイア様……。宰相様が無尽蔵に蘇生薬を製錬できるのであれば、我々の存在意義は……」
「レイに手をわずらわせないための私たちだ。やるべきことをやる。それだけでいい」
「ルトラ様……。レイ様って、何者なのでしょうか?」
「宰相様です」
そういえば、テラペイアとルトラたちの部下以来、蘇生ってしていなかったもんな。
慣れていない彼らが驚く姿は、なんだか新鮮だ。
だが、次からはそんな彼らも、驚く者たちに説明を行う立場となるのだろう。
ちょうど彼らが、マギレマさんとディキティスの部下たちに説明されているように。
「さて、それじゃあフィオナ様お願いします」
「はい。任されました!」
ここからは、フィオナ様にバトンタッチだ。
大量の蘇生薬を全てフィオナ様に渡すことで、フィオナ様には対象の魔族たちを蘇生してもらう。
人数も人数なので、これだけでもけっこう大変な作業になりそうだな。
だが、そんな作業の一つ一つを、フィオナ様は楽しそうに丁寧にこなしていく。
……そういうところ、けっこう嫌いじゃないというか好きだ。
だから、この魔族に従う者たちも多いんだろうな。俺含めて。
「さあ、蘇りなさい」
◇
「さすがに、目の前にしても信じられない光景だねえ……」
蘇生薬自体、目にする機会がなく生涯を終える者だって少なくない。
それは、私たち長命種にとっても同じことがいえる。
だというのに……大量生産? それで何十人もの部下を蘇生させる?
魔王軍にきて驚きの連続ではあるけれど、やはりこれが一番驚くべき出来事かもしれない。
「あれってすごいことなの?」
「ナツラ……。君、もう少し常識を身に着けなよ。戦闘だけじゃなくてさ」
「とはいってもねえ……。ほら、私たち死んだ後に蘇生とかよりも、どうやって死ぬかのほうが大切だし」
「ああ、君たちはそういう価値観だもんね」
戦闘が大好きで、そのためなら死んでもいいくらいだもんねえ……。
私たちみたいに、種の存続とかあまり気にしていないから、迫害されようと常に強気の姿勢でいられたのだろう。
「まったく、その生き方を否定はしないけれど、蘇生薬のすごさくらいしっておきなよ。ねえ、ゼラシア?」
「……えっと、私たちも別に兵隊は死ぬことが前提だし。女王さえも、その役割を全うできる誰かが引き継ぐなら、それでいいから……」
「君もかい!」
もしかして、おかしいのって私だけ?
なんか、ダークエルフだけが迫害種の中で、特に不遇な理由も分かった気がする。
そりゃあ、死んでもいいと思ってる相手に、下手に手出しはできないんだろうねえ。
どんな反撃をされるかわからないもの。
迫害仲間として、なんとなく疎外感を感じていると、ふと見物しているモンスターたちが目に入った。
……大丈夫かな? 大丈夫だよね? いや、一応注意しておくか。
「ロペス。彼らに一応忠告しておいたほうがいいんじゃないかい?」
「ん? ……やばいかもな。ちょっといってくる」
まあ、さすがに平気だろうけど、念には念を入れておかないと。
こういう心配性なところも、迫害種の中で舐められるところなのかねえ。
◇
「お~い、グレムリンども。一応言っておくが、蘇生薬を改造なんてしたら、お前らたぶん皆殺しにされるぞ」
「有能かつ重鎮のハーフリングを手足のように動かして魔王軍をサポートするなんて、大したもんよねえ。あれくらい慎重だから、迫害されても生き残っていたのかしら?」
「考えなしに抵抗するだけでは駄目だったのかしらね?」
「いいわねえ。頭がいい種族は。私たちなんて、戦闘くらいでしか役立てないもの」
「それも、ここではもっと強い魔族ばかりだからねえ」
「こういう短絡的な仕事しかできないところが、迫害種として舐められている理由なのかもね」




