第562話 甘えに満ちる影の庭
「おっきいですねえ」
「改めて眺めるとそうですね」
柵の中のケルベロス、見上げるほどには大きいな。
いつも俺になでられるときは、身をかがめて頭を低くしているから忘れがちだった。
「別に伏せと言ったわけじゃないから、楽にしていていいんだぞ」
俺とフィオナ様の会話を聞いていたらしく、ケルベロスが伏せてしまう。
とりあえず頭をなでておくとしよう。
「ふむ……」
「なんであなたまで、頭を下げてくるんですか」
魔王軍の頂点は、今日もやけに軽々しく頭を下げているのだった……。
まあ、こっちもなでるけどさあ。
「ふふん」
「なでられてドヤ顔晒すって、どういう感情ですか」
「あれ、レイからは見えていないはずなのに」
「声でわかります」
「以心伝心ですね」
そうと言えなくもないけれど、この以心伝心はいいことなんだろうか……。
「それじゃあ次の子を見に行きましょうか」
「そうですね。またな、ケルベロス」
ここはモンスター園。
俺とフィオナ様は、客の一人として存分にモンスターたちとの触れ合いを楽しんでいる。
もっとも、普段のモンスター園とは違って、今回は全力のモンスター園だ。
つまり、低位以外のモンスターたちも展示している。
というのも、モンスターたちが低位ばかりずるいと訴えかけてきたのだ。
言葉は通じずとも、なんとなくわかる程度には不満を抱えられてしまっていた。
であれば、願いを叶えるしかないが、外の客に見せるわけにもいかない。
そうして内部向けの特別なモンスター園として、営業時間外に楽しむことにしている。
「次は……ソウルイーターですね」
「いつもと違って、こっちに突進せずにのんびりしてますねえ」
きっとこの子も、柵の中で観賞用モンスターとして頑張っているんだな。
……いや、これきっと寝てるだけか。
わずかに身体が上下しているのは、睡眠中の呼吸によるものだろう。
しばらく眺めていると、ソウルイーターの体が震えた。
あ、起きた。すぐにわかる。
なぜなら、起きた途端にこちらに突進して頭をなでるようにせがんできたからだ。
じゃあ、二人でなでておくか。
「相変わらず甘えん坊ですねえ」
「本当なら、ゴブリンたちよりもモンスター園に最適だと思います」
これだけ人懐っこいのだから、モンスター園の人気モンスターになりそうだ。
しかし、人類にはこの子のかわいさが理解できないらしい。
それだけならいずれはわかると思うのだが、そもそも怖がられるとのことなので、残念ながらこの子はあくまでも内向けの展示モンスターだな。
「時任とか、口の中に手を突っ込んで餌をあげているんですけどね」
「でも、ハーフリングたちはまだ無理みたいですし、トキトウがすごいのかもしれませんよ?」
「たしかに……。あいつ、そういうところありますからね」
苦手だったはずのオーガすら、もはや彼女の配下というか、いい相棒みたいになっているし。
「おや?」
そんな話をしていると、ソウルイーターは餌をもらえると思ったのか、大きく口を開けていた。
「餌、あげてみます?」
「そうですね。それでは魔王として部下に褒美を与えましょう」
フィオナ様は係りのハーフリングを呼ぶと、ソウルイーター用の餌である肉の塊を手にする。
そしてそのまま躊躇なく、ソウルイーターの口の中に腕を突っ込んだ。
「……腕がなくなった演技でもしたほうがいいですか?」
「そんなことになったら、ソウルイーターを本気で叱ることになるのでやめてあげてください」
というか、最強魔王様の片腕を食いちぎれるなんて、ソウルイーターの強さがおかしなことになってしまう。
ほら、変なこと言ってるから、自分はそんなことはしないと抗議しているじゃないか。
「ふふ、すみません。あなたは賢いですからね」
そう言いながら頭をなでることで、どうやらソウルイーターと和解できたようだ。
温厚な子だよなあ。肉の塊が一瞬で消えたことから、怖がる気持ちもわからないでもないが。
「……ま、魔王様大変です!」
二人でのんびりとソウルイーター相手に戯れていたら、ハーフリングが焦りながら駆け寄ってきた。
問題か? まずはピルカヤに確認して、罠とモンスターの見直しを。
「どうかしましたか?」
「モンスターたちが、ソウルイーターとのやり取りを見ていたようでして……」
モンスター?
侵入者によるトラブルではないのか?
「……ふむ」
言われて気がついたが、たしかに柵の中のモンスターたちは、みんな俺たちのことを見ていた。
「自分たちも、餌やりしてほしいと訴えかけています」
なるほど、つまりうらやましくなったのか。ソウルイーターが。
であれば、みんなに公平に餌を与えるとしよう。
……もしかして、普段の食事足りてないのかな?
こんなふうに抗議するくらいに空腹だというのであれば、食事の量を見直すようマギレマさんに進言してみるか。
ともあれ、まずはモンスターたちの餌やりだ。
「それでは、みんなに平等にあげるとしましょう。さあ、魔王と宰相の大仕事ですよ!」
「けっこうな数ですからねえ。まあ、ゆっくりと確実にこなしていきましょうか」
こうして俺たちは、お腹をすかせたモンスターたちに餌を与えるのだった。
計算外だったのは、モンスター園以外のモンスターたちまで、餌を欲したところか。
やはり……空腹な子が多いらしいな。
◇
「それ、魔王様とレイくんから餌をもらいたかっただけっしょ」
「そうなのかな? マギレマさんの食事が、モンスターサイズじゃないと思っていたんだけど」
「いやいや、ソウルイーターとかケルベロスには、ちゃんと大きめ多めにしてるし、あの子たちが空腹ってことはないはずだよ?」
よかった。
飢えているモンスターたちは、俺の思い過ごしだったらしい。
となると、マギレマさんが言っているように、俺たちから餌をもらいたかったというだけか。
……かわいいじゃないか。なんだかんだで、俺たちはモンスターに懐いてもらえるということだし、嬉しくなってくる。
「ほら、ちょうどそこの魔王様と同じだと思うよ?」
「そこの……」
俺の隣には、口を開いて何かを期待するフィオナ様がいた……。
何してんですかあなた。
魔王らしさ皆無だなあ。今さらか。
……いや、今さらにしていいのか?
「というわけで、はいどうぞ」
「どうも……」
マギレマさんからチョコレートのお菓子を手渡され、それを一粒つまんで魔王様に与えてみる。
口の中にお菓子が放られたことを確認し、魔王様が満足そうに咀嚼している。
「……ついに自分で食事するのも面倒になるほど、怠惰を極めたんですか?」
「魔王のかわいらしいおねだりじゃないですか!」
事実、かわいらしいのがたち悪い。
憤慨しつつもまた口を開いているあたり、この方こそ食事が足りないのではと心配になりそうだ。
「……」
お菓子を与えれば大人しくなるとか、子供かな?
「ちょっと!?」
そんな考えを見透かされたのか、チョコレートをつまんだ指ごと食いつかれた。
その気になれば簡単に食いちぎれるだろうけど、人の指を甘噛みした挙句しゃぶらないでください……。
「あ、あの」
「ふふん、意地悪なことを考えていた罰です」
……罰というよりも、羞恥心が。
そんな気持ちもまたまた伝わったのか、フィオナ様まで黙ってしまった。
「……な、なぜそんなに恥ずかしがるんですか!」
「だって、すごいことしてきたじゃないですか!」
「なにをぅ!? あれくらい、私とあなたなら日常のスキンシップでしょう!」
「勘違いされそうなことを大声で言わないでくれます!?」
食堂の利用者たちが、何事かとこちらを見る。
「二人とも~? 騒ぐなとは言わないけど、度が過ぎた大騒ぎはやめようね?」
「は、はい……」
「すみません……」
周囲からの注目に、マギレマさんの忠告、それらのせいで余計に恥ずかしさが増していき、俺たちは大人しくマギレマさんからもらったお菓子を食べることにするのだった




