第560話 手を取られた地底の人魚姫
「何、水族館だと!? それは聞き捨てならんな」
王様が、ガシャ以外では決して見せない剣幕で叫んでいる。
そうよね。カジノに海に水族館、サンセライオの興行に次々と強力な競合相手が誕生しているのだから、さすがに王としてまずいと思ってるんでしょ。
「と言いましても、それらを妨害することなどできませんが」
「当然だ。であれば、俺たちの国の水族館やカジノも、向こうの良いところを真似るべきであろう」
たしかに、改善の余地があるのなら参考にしたいわね。
サンセライオの興行は今も変わらず順調だけど、強力なライバルから学ぶことができれば、さらにこの国は活気に満ちるかもしれない。
王様の言葉に、私だけでなく周囲の偉い人たちも納得しているらしく頷いていた。
「ということで、俺は視察に行くことにする」
「待てこら。結局遊びに行きたいだけだろ。あんた」
「何を言う! この目でしっかりと見て学ぼうとしているだけではないか!」
「そうして水族館を見学し、カジノで遊び惚けて、お気に入りの宿で食事をとるってことか?」
「結果的にはそうなる。だが、それはお前自身がたった今許可したことなので、仕方あるまい」
「うっ……」
ああ、言い負かされている。
こうして王様は、今日も欲望のダンジョンへと向かうのだった。
ただ、ちゃんと成果を持ち帰るし、帰ってきたら国のこともしっかりとやるのよねえ。
だから、周りの人たちもあまり文句を言えないのだから、たちが悪い王様ね……。
◇
「というわけで、来たぞ」
「その会話の流れで、なんで真っ先にカジノに来るんだよ……」
水族館の話どこいったんだ、王様。
あんたの部下、そろそろキレるんじゃないか?
ここに怒鳴り込みにくるのは勘弁だぜ。
「ロペスくん、この男のことを心配しても無駄よ。それでもうまくいっているんだから、そういうものだと納得しておいたほうがいいわ」
ああ、そういうのは得意だ。
ボスといい王様といい、この世界の為政者ってそんなのばかりなのか……。
まあ、客は客だ。そういうことなら気にしないから、俺たちを儲けさせてくれ。
「じゃあ、宝箱かい?」
「いや、それは最後にしよう。実際のところ水族館の視察も本気だ」
「それなら、なんでここにいるんだよ……」
つい、同じことを聞き返してしまった。
この王様の思考も大概わけがわかんねえな。
「いや、挨拶はしておこうと思ってな。欲望のダンジョンにできた新たな施設、つまりロペス。お前の仲間の事業ということだろう?」
……不意討ちで核心を突いてくるんだよなあ。この王様。
まあ、合っているし隠すべきことでもない。
「ああ、転生者っていうのも捨てたもんじゃないだろ? この世界で真面目に働かせてもらっているぜ」
「ちなみに、その者の勧誘は……」
「残念ながら、そいつは恥ずかしがりやでね。責任者として顔を見せることはないと思うぜ?」
「む、それは残念だ……」
なんせ、オクイだもんなあ。
人工海で面識があるため、水族館のほうまでオクイの力だと知られるのはよくない。
いや、水関連の能力だとごまかすこともできるが、海と水族館を作れるほどの強大な力と勘違いされると、さすがの王様も勧誘したがるだろう。
……そう考えると、ボスの力って本当にとんでもないな。
海と水族館どころではない。様々な施設を作るだけでもおかしいのに、ダンジョンやモンスターまで作っている。
ほんと、どうなっているんだろうな。うちのボスは。
「では、いざゆかん。俺の国以外の水族館とは、実に興味深いからな!」
「おう、きっと驚くと思うぜ。まあ楽しんでやってくれ」
俺の言葉を聞いて、リズワンの旦那はさらに期待に満ちたように目を輝かせると、水族館のほうへと向かっていった。
宝箱に挑戦しないあたり、わりと本気で視察にきていたのかもしれないな。
「レンシャの姐御は、どうする? うちで遊んでいくかい?」
「そうね。昨日はアタリが出たから、今日はたぶん外れるわ。ということで、適当にスロットあたりでハズレを引いておくわ」
被害を最小限に留めたい気持ちはわかるが、それでなんとかなる宝箱じゃないと思うぞ……。
さて、周囲には誰もいなくなったことだし、一応知らせておくかね。
「ピルカヤの旦那。オクイに通信頼む」
「いいよ。はい、どうぞ」
「ありがとな。オクイ、水族館にリズワンの旦那が向かった。一応、見つからないようにしたほうがいいぜ」
『ええ、わかったわ。ちょっと隠れておく』
さて、これで鉢合わせることもないだろう。
本場のリゾート国から見て、オクイとボスが作った水族館はどんな評価になるものか、ちょっと見ものだな。
◇
「そこの者、ここが受付でいいか?」
「はい。当水族館をご利用でしょうか?」
「うむ、楽しませてもらうぞ」
ダークエルフだな。
ということは、やはりロペス同様に、この世界の迫害種などものともしない価値観か。
俺たちでは救えない者が、こうして救われているのは良いことだ。
転生者という者は、トラブルを起こす者も少なくはないが、こうしてこの世界のために力になってくれることは、実に喜ばしい。
「では、お手並み拝見といこうか」
だが、こちらもリゾート国サンセライオの王だ。
ライバルともなる水族館の評価は、手を抜くつもりはないぞ。
暗い道を進んで行く。
良いな。海底を思わせる静けさと暗さは、この場所を楽しむ贅沢な時間を演出してくれている。
このあたりはうちも似ている。昔は明るい場所に魚を展示していたが、いつだったか転生者の助言でそのように変えた。
「ほう、センスがいい。ただ無造作に魚を入れているだけではなく、彩のバランスが考えられている」
それに水と砂だけでなく、岩や水草で作られたこの水槽は、まさしく海の中の世界を切り取ったかの如く美しい。
やるな。さすがはロペスの仲間の転生者。このセンスは転生者特有のものだろう。
周囲の者たちも、いきなり海の世界へと迷い込んだことを錯覚し、思い思いにその光景に目を奪われている。
「次は……なるほど。シャチ、サメ、イルカ。大型の水棲生物もしっかりと確保している」
いわゆる目玉となる展示だ。迫力ある見た目の生き物たちは、大きな水槽の中で優雅に泳いでいる。
これほどの水槽も用意できるか。……いや、これはどちらかというと、また別の転生者の力か?
侮れないな。ロペスたちの転生者組合とも呼べる集団には、いったいどれほどの仲間が存在しているのか。
「これは……さすがに、俺でも真似できんな」
なんだこれは。
どれほどの技術を有している。全面がガラス張りの巨大なトンネルだと?
中には当然、海の世界が再現されており、巨大な海洋生物たちが泳いでいる。
むう……。うちにも欲しい。だが、これを再現できるかといわれるとな……。
「極め付けにこれか……」
海底トンネルのようなものを抜けると、その先にあった水槽はこれまでとは趣向が違っていた。
中にいるのは、たしかに水棲生物ではあるのだが……。
「ここも、モンスターか」
やはり、モンスター園といい、ロペスの仲間にはテイマーがいるようだ。
それにしても、モンスターを使役してやることが、戦闘ではなくこのような娯楽施設の作成か。
――素晴らしい考えだな。
実に平和的な考えだ。
ともすれば、臆病な考えと揶揄する者もいるだろう。
だが、これは世界が平和になった先を見ているようだ。
「悪くない」
願わくば、民がこのような施設で楽しめる、余裕ある世界になってほしいものだ。
ちょうど、先ほどから見かけるあの男女のようにな。
青髪の女性と赤髪の男性は、見ているこちらが楽しくなるくらいに、仲睦まじい様子で水族館を見て回っていた。
……ところで、あの青髪の女性は、以前カジノで大当たりを連発していた伝説の女性ではないか?
いや、やめておこう。男女の逢瀬を邪魔するのは無粋極まる。




