第558話 氷点下の女
欲望のダンジョンの宿にある食堂。
そこでは様々な情報が交わされている。
カジノで希少なアイテムが出ただの、ダンジョンを踏破しただの、この料理がうまかっただの。
特に一日の終わりは皆気が緩んでいるのか、雑多な情報が飛び交っている。
「レアモンスター?」
そんな中、ある獣人の男の言葉にその場の者たちの興味は集まった。
「ああ、見たことない……。いや、見たことあるモンスターかと思ったが、色が違うモンスターだ」
そこまで聞いて、俺たちにも心当たりがあった。
ここではなくゴブリンダンジョンに行った時の話だが、黒いゴブリンと戦ったことがある。
そいつ、ゴブリンかと思ったらやけに強かったんだよな……。
「それって、黒いゴブリンか?」
どうやら、俺たち以外にもそのゴブリンを知る者がいたらしく、ハーフリングが獣人に尋ねる。
しかし、獣人は首を横に振って否定した。
「いや、俺たちが遭遇したのは、宝石みたいに輝いているスライムだ。逃げられちまったが、あれは絶対にレアモンスターだろ」
宝石みたいなスライム?
たしかに、そんなものは見たことがない。
興味を無くしかけていた周囲の者たちは、それを聞いて再び獣人の男に注目を示していた。
男はその続きを話そうとしたが、来訪者が現れたことにより中断する。
獣人の男も、自分の元へと迷わず向かってくるフードで顔を隠した存在に、わずかに身構えているように見えた。
だが、そいつがフードを外して顔を見せたことで、その場にいた者たちは口々にどよめきたった。
「そのスライム。宝石というよりは、水銀のような見た目ではなかったか?」
話しかけられた獣人も、思わずギョッとした表情を浮かべていた。
無理もない。なんせ、古竜なんかがこんな場所にいるのだ。
いくら腕っぷしが自慢で喧嘩早い獣人であっても、古竜に絡まれるのはごめんなのだろう。
しかも――あれは、リウィナだ。
勇者ヘーロスのパーティメンバーの一人。氷竜のリウィナ。
そんなやつの相手に喧嘩なんて、誰もが避けるに決まっている。
「い、いや……宝石みたいに、キラキラと輝いていた」
「そうか……。では、リグマが生きているというわけではないか」
その言葉に獣人の男は、ぽかんとしていた。
リグマ……。その名前なら、リウィナ以上に有名かもしれない。
魔王軍四天王で、変幻自在のスライムだ。
姿こそ知らないが、あらゆる姿に変化できる恐ろしい魔族だということは、誰もが知っているだろう。
「ま、まさか……俺たちが見たのは、四天王だったっていうのか!?」
「希少なスライムであり、輝く体というのであれば、その可能性も考えたが……いや、この目で見ないことには判断できないか。悪かったな。盗み聞きをして」
「い、いや、聞かれて困ることならこんな場所で話してねえよ」
「重ねて不躾ですまないが、そのスライムの場所を聞いても?」
「ああ、たしか……」
男から話を聞くと、リウィナは頭を下げてつかつかと食堂から立ち去っていった。
だが、どうしてあの女がこんなダンジョンに……?
そもそも、ルダルから離れて活動していること自体が不思議だ。
◇
モンスター騒動は、私たちが知らぬ間に終息した。
テンユウやリックが解決したのかと考えたが、彼らも私たちと同じくモンスターどもには逃げられていた。
一定以上の強者を嗅ぎつけ、必ず敵対前に逃げ出すモンスター。そんな厄介な相手が、すでにどこにも存在しなくなっている。
そんな中、モンスターに関していくつかの情報が入ってきた。
モンスター園と呼ばれるおかしな娯楽施設。水族館や植物園にまでいるモンスター。
そちらは、転生者のおかしな商売だということで問題はないが、今調査している噂は違う。
「欲望のダンジョンの新種のモンスター、か……」
何事もないだろうと思っていたが、途端にきな臭くなってきたものだ。
黒いゴブリンの噂は聞いたが、まさか輝くスライムとはな。
「ヘーロスに頼まれて来たはいいが、リグマの可能性は看過できないな」
倒したはずだ。確実にリグマは殺されている。
だというのに、復活しているというのであれば、それは魔王のしわざに違いない。
リグマだけか? ピルカヤやプリミラ、そしてリピアネムまでもが……。
もしも四天王が復活しているというのであれば、ヘーロスがまた猪突猛進に挑みかかりかねない。
そういう意味でも、少なくともリピアネムだけは蘇生していないでほしいものだな……。
「……シャドウスネーク。ミストウルフ。ソウルイーター」
今のところ、おかしなモンスターは出現していない。
搦手を得意としているモンスターと共にソウルイーターのような強めなモンスターも出現しているため、そこそこ厄介なだけだ。
不審な点は見当たらない。
「ヘルハウンド。ガーゴイル」
違う。既知のモンスターしか見当たらない。
そも、あの男が話していたような、スライム種のモンスターすら見当たらない。
やはり噂は噂か? だが、あの男の話はうわべだけ取り繕ったような嘘ではなかった。
もう少し探してみるか。あるいは、このダンジョンを踏破するまで進むか。
……正直なところ、あまり気が進まない。
弱者を相手取ることを嫌うというのもあるが、それ以上にこのダンジョンからは一刻も早く出ていきたい。
なんなんだ。この殺意に満ちた罠の数々は。
侵入者を殺そうという気概を感じる。だというのに、それをすんでのところで思いとどまって、あえて被害を軽くするようにも感じる。
まるで、殺戮趣味の者がかろうじて理性を取り戻し、なんとか自分を制御して作り上げたようなダンジョンだ。
魔王……。ヘーロスたちでさえも太刀打ちできなかったはずだが、情緒が壊れるほどに追い詰められたのか?
「あれか!」
そんな不気味なダンジョンを進んでいくと、ようやく粘液でできた体が見えた。
なるほど、たしかにスライムだ。それにあの男が言うように、宝石のごとく輝いている。
だが、これはリグマではないな。さすがに四天王が相手なら見ればわかる。
あいつ得意の変身というわけでもなく、本当に単なるモンスターにすぎない。
「ふっ」
すぐさま凍らせることで、そのスライムを絶命させる。
特別力を得た感覚もなければ、スライムから得られる素材もあまり有用とは言い難い。
……本当に、なんてことはないただのスライムだったな。
「しかし、まだ見ぬ個体のモンスターが出現するとは、事件はまだ続いているのか、あるいはその余波で生態が変わったか……」
いずれにせよ、また同じ騒動が起こる可能性も考えた方が良さそうだな。
調査を終えた私はルダルへ帰還し、そのことをヘーロスに共有することにした。
◇
「あちゃあ、クリスタスライムが」
「さすがにリウィナ相手じゃ、プラスがついていようときついだろうなあ」
「やけに強かったけど、あれってリピアネムと同じ種族?」
「うむ。リウィナは私と同じエンシェントドラゴンで、今はヘーロスのパーティメンバーだ」
ということは、ルダルの勇者一行の一人ってことだな。
そりゃあクリスタスライムには、荷が重いにもほどがある。
「どうする? 私なら勝てるが」
「いや、どうやらモンスターの調査が目的らしいし、このまま帰そう。下手に仕留めると、彼女に指示していたヘーロスたちまでやってくる」
まったく、本当にあのモンスター騒動はいい迷惑だな。
モンスター園や他の施設のモンスターたちはなんとか許されたが、ダンジョンのプラスモンスターにまで疑いの目がかかるとは。
だが、今回は何か納得している様子だったし、このまま手出ししないのが最善の行動といえよう。
「ちなみに、リピアネムが戦ったとして、どのくらい苦戦する?」
「リウィナ一人が相手というのなら、封印状態の私でも勝てる」
「なら安心だな」
「やはり倒すか!?」
「落ち着いてくれ」
なんか、リピアネムのやつもピルカヤと同じだなあ。
手柄を褒めてもらうために、嬉々として侵入者を殺しに行こうとしないでくれ。
あと、そこの魔王様。あなたはもっと駄目です。
魔王ワープのための集中を解いてください。
「駄目ですよ」
「ひゃっ! 急に耳元で話しかけるときは、話しかけますよって事前に注意してください!」
魔王の集中を解いた俺は、勇者の仲間の命を救うことに成功するのだった。




