第553話 可及的速やかに奇妙に
「またやられた! くそっ、うちの野菜が!」
「そっちもか……。うちの牛もやられている」
嘆く声は村中から聞こえてきた。
作物と家畜は、今日も忌々しいモンスターたちに食い荒らされている。
半端に手をつけられているだけなので、生活ができなくなるほどの被害ではない。
だが、それが頻繁にとなれば、村人たちも気が気ではなかった。
「どうする? 被害を国に報告するか?」
「いやあ、意味ないだろ。うち程度の被害だったら、対応も後回しになりそうだ」
それがこのモンスターたちの嫌らしいところだ。
いっそ、大々的に被害を出していたのなら、村一つが機能不全になるほどなら、国も本腰入れて警備をしてくれていただろう。
しかし、話を聞く限りでは、自分たちの村以外にも多数の被害が出ている。
それも、そちらのほうがより深刻な被害であるため、国の騎士たちも勇者たちも、そちらを重点的に守っているようだ。
仕方がないことだろう。自分たちの被害は軽微なのだから、より苦しむ人々を優先すべきだ。
そう理解を示しているからこそ、彼らは頭を抱えるしかない。
「いっそ、割り切るしかないのか? 家畜の一頭や二頭なら、マシだったと思うべきなのか?」
「だけどよお。次もまた来るかもしれないぞ? さすがに毎度のこととなると、笑っていられない」
そんな話をしながらも、彼らは一旦様子を見ることにした。
しばらくの間、村は被害もなく安心するも、忘れたころにまたわずかな被害が発生する。
それが延々と繰り返されることで、彼らはそのたびに悩み続けるのだった。
◇
「大丈夫か! すぐに回復薬を持ってくる!」
「くそっ……。ゴブリンだからと油断した……」
「散々言われていただろ! 見た目はただのゴブリンでも知能が別物だ! 勇者様たちに任せておけって!」
「だけど……勇者様たちを待っていたら、いつになるかわからないじゃないか……」
モンスターと戦った男の言葉に、仲間は何も返せなくなった。
勇者たちがモンスターを退治してくれている。初めはそれで問題が解決するだろうと思っていた。
だが、勇者が倒したモンスターは、変異種の中でも劣っていたものたちだった。
真に優れている者たちは、勇者たちから逃げ続け、その道中で作物と家畜を襲っている。
憎らしいことに、敵の力量をはっきりと理解しているため、自分たちはその現場を何度も目にしている。
だから、勇者ではなく自分たちで倒すしかない。そう思うのも仕方がないことだった。
「あいつら……自分より強いやつが来ると知ったら、なりふり構わず逃げやがる」
「勇者様たちが近づく前から逃げるなんて、まさか斥候みたいな役割もいるのか……?」
だとしたら笑えない話だ。
知恵をつけたモンスターというものを見くびっていた。
まさか、そこまでの知恵をつけて、逃げながら被害を与え続けるだなんて、誰も想像していなかったのだから。
◇
「これは、まいったねえ……」
「でしょ!? 私もスティアも、テンユウさんと一緒に調査していたけれど、知れば知るほどやばいわよ。このモンスターたち」
「あ~……くそっ! もっと正々堂々と挑んで来いよ! こそこそ逃げるやつらは、苦手なんだ!」
正面から戦えば、自分一人でも勝てる。オルドの判断はきっと正しい。
オルドだけでなく、リックもミスティも私も、きっと一対一で勝てるほどの相手。
だけど、そもそも戦うというスタートラインにすら立たせてもらえない。
「どうしますか? リック。被害を聞いて向かっても、モンスターたちはすでに逃げてしまっています。今まで倒したモンスターたちの比じゃありませんよ? 今残っているモンスターたちの賢さは」
「みたいだね。今までのモンスターも、普通よりずっと賢かった。だけど、それが子供だましと思えるくらいには、今のモンスターたちは厄介だね」
「テンユウ様たちのほうも駄目みたいね。罠を張っても、それをあざ笑うかのように避けているって」
テンユウ様たちだけでなく、イド様もオルナス様もヘーロス様も、みんなこの件で動いているけれどうまくいっていない。
特にイド様とヘーロス様は、そろそろ痺れを切らしてもおかしくありません。
「後手に回るのが痛いね。活動範囲も広すぎるし、被害報告を受けて向かってもすでに逃げられている」
「かといって、一度被害に遭った場所で待ち構えていても、一向に戻ってくる気配はないからな。俺たちがいることを知っていて、避けているとしか思えねえよ」
きっとオルドの考えはあっています。
私たちの行動を察知して、決して近寄らないようにしているのでしょう。
広大な範囲で活動するせいで、モンスターたちは私たちを翻弄し続けています。
「強者に反応して、決して戦わないように逃げ続けるモンスターか……厄介だね。まずは四人で行動するのをやめようか」
たしかに、四人で動いても一向に対応できていません。
戦うことすらないのであれば、この戦力は過剰でしょう。
「モンスターたちの実力は大体理解できている。国の騎士たちも過剰気味だ。もっと小数に分けて、手広く村や町を守れるようにしよう」
そう言うとリックは地図を広げて、私たちや騎士たちをどこに配置するか考え始めました。
これで、まずは被害を減らすことができればいいのですが……。
◇
「水族館も植物園も良かったですね」
「ええ、とても綺麗な場所でした。私の地底魔界にあんな場所ができるなんて夢みたいです」
そう言いながら微笑む横顔に、思わず心を奪われるところだった。
フィオナ様のくせに、儚げで美しい表情をするとは。
「ただ、外部への開放は難航しているそうですね?」
「あ~……。できなくはないんですよ?」
責任者は、それぞれ奥居とプリミラが担当してくれている。
職員はダークエルフや昆虫人が受け持ってくれている。
そのため、その気になればいつでも人類向けの観光施設にはできるのだ。
だから問題はモンスターたちだ。
植物園はともかく、水族館はモンスターを水槽に入れている。
それらを観光する余裕が、今の人類にはない。
例のモンスター騒動は、今もなお人類に被害を与えているらしく、人々のモンスターへの印象はかなり悪い。
モンスター園のように無関係のモンスターだとかは関係なく、モンスターというだけで忌避感を示されかねない。
「……まずは、そのモンスター騒動を解決すべく、うちでも動くべきですかねえ」
「うちに被害はないと思っていましたが、商売が失敗するのはよくありませんからね」
しょせんは人類だけが被害者だ、なんて高をくくっていたが、どうにもその余波はうちにまで及んでいる。
モンスターたちによって人類が疲弊するという判断は間違っていないが、その結果としてうちの客が減るのは望んでいないからなあ。
しかたない。数が多くて面倒ではあるだろうけれど、ピルカヤに場所を調べてもらうか。
そして、しらみつぶしに処理していくしかないが……。
問題は外での活動になってしまうことだ。ダンジョン内ならうちの戦力を好きに使えるが、外部となるとそう簡単ではない。
タイラーや風間のように、外にいても問題ない者たちだけになる。
……オーガと昆虫兵ならいけるか?
「まあ、まずはピルカヤに相談するか。ピルカヤ~」
「なぁに?」
「外の世界のモンスター騒動について調べてほしいんだ。そろそろ対応が必要そうだし、うちから戦力を派遣しようと思う」
「ああ、それなら解決したよ」
「え……」
解決した? もしかして勇者たちが何かしたのか?
重い腰を上げた途端にこれだ。肩透かしを食らった気分ではあるものの、まあ解決したのなら良かったじゃないか。
そう自分を納得させて、今後について考えるよう切り替えることにした。




