第551話 すぐそこにある恐怖
「さすがはプリミラさんです。私も負けてはいられません」
「そうか……」
熱意ならプリミラに引けを取らないと思うけどな。
奥居は様々なプレゼンをしてきたけれど、本当に俺にそんな水族館なんて作れるんだろうか。
「まず、魚ではなく水棲モンスターを水槽に入れます。要するにモンスター園の水版ですね」
「まあ、それ自体は量産可能だし、仕事が終わったら水槽から移してやれば良いけど」
「水槽は、レイさんなら作れます」
「俺への信頼が重い」
「知ってるかぁ? お前のドワーフへの頑丈さの信頼とかも、そんな感じだからなぁ?」
なるほど……。どうやら俺は、過度な期待をしすぎていたようだ。
でも、実際にドワーフって頑丈だし、俺のはまた別だよな。
……これで、奥居の要望を応えられたら、それはそれで過度な期待じゃないってことになるけど。
「駄目だったときのために、テクニティスさんとカールさんを説得しました」
「されたっす」
「うちの客にもたまにいたが、あの手の興奮するタイプの依頼って断りにくいんだよなあ……」
「なんなら、一度お二人に製作してもらうことで、レイさんも実物を見ることができます。そうしたら、きっと再現可能です」
やはり、信頼が重い。
だけど、興味はある。水族館の水槽ということは、強化ガラスってことだ。
二人が作ったモンスター用の強化ガラスともなれば、壁と同じようにとても頑丈だろう。
水族館だけでなくダンジョンにも活用できそうだし、とっさに身を守るための壁にも使える。
「もう作ったのか?」
「さすがに、試作として小さなガラスを作っただけっす」
「強度に問題はないため、時間さえあれば拡大と量産自体は可能です」
さすがだな。うちの技術者たちは優秀だ。
今後、テクニティスの部下が蘇生できたら、さらに作業スピードも上がることを考えると、やはり蘇生薬のための魔力確保はしていきたい。
「へえ。厚ぼったいのに、しっかりと透けて見える」
水槽用なので、そうでなければならないのは当然だが、大した技術だなと感心してしまった。
「オクイに、そこは譲れないと言われたっすからねえ」
「まあ、用途を考えるとわからんでもないが」
「なんか、奥居がごめんな」
この子、たまに暴走するんだ。
時任という常時暴走している子の相方なので、まともな子だと思っていたけれど、こっちはこっちで限定条件により暴走する。
不思議なもので、そのときは時任が押さえ役になるのだから、相性が良いコンビだよな。
「自分たちだけでなく、プリミラ様にまで協力を仰いでいたっすからねえ……」
「プリミラも? ああ、水族館の水を頼んだのか」
「それもありますが、このガラスの原料は、プリミラ様が育てている木から採った樹液なのです」
へえ、樹液から……。よくわからないけれど、そんなところでも役立つなんてすごいな。
「どうっすか? レイ様。作成できそうっすか?」
「う~ん……。がんばってみる」
作れたら便利そうだし、ちょっとダンジョンマスタースキルさんと相談しよう。
というか、お願いしよう。何度も試行錯誤すれば、壁あたりが強化ガラスに変化するかもしれない。
◇
「ガラスガラスガラス」
「ガラスガラスガラス」
「ガラスっす」
俺が呟いていたら、奥居も念を送るように呟き、テクニティスもそれに便乗する。
カールだけは、さすがに乗ってくることはないけれど、俺の作業を見守ってくれているので、わりと面倒見が良いなと思う。
「な、なんの宗教ですか!?」
そんな怪しげな集団なのだから、フィオナ様の驚きの言葉ももっともだろう。
でも、あなただって宝箱に祈りを捧げているじゃないですか。それと一緒ですよ。
「魔王様~。レイ様は、ガラスを作成できるように、祈っているところですよ~」
「なんだ、そうでしたか。それなら問題ありませんね」
「え」
「欲する物のために必要な最後の一押しは、祈りですからね」
なんか、勝手に納得してくれた。
やはり普段から、宝箱に祈っているだけのことはある。
「レイさん。壁とかじゃなくて、凍結床から氷の壁を作って、そこからガラスに派生できないでしょうか?」
「なるほど、いっそ組み合わせてみよう」
壁作成+凍結床作成。まずはこれで、氷の壁さえ作ってしまえば……。
氷の壁作成:消費魔力 5
よし、いける!
次は、ひたすら氷の壁を作って、なんとかガラスを生み出してもらおう。
「うわっ、なにここ! 寒っ!」
「あ、ピルカヤ様。ちょうど良かったです。今からレイさんが大量の氷の壁を作るので、周囲の温度を調整してください」
「君、たまにまったく遠慮しなくなるよね!?」
「江梨子ちゃんがごめんなさい。普段は真面目なんです!」
氷の壁作成。氷の壁作成。そろそろガラスになってもいいぞ。
原料である樹脂とか全く関係ない作り方だけど、ダンジョンマスタースキルさんならできると思うんだ。
……いや、ここらで一つ樹の要素を取り入れるか? 影冠樹から魔力をもらって、樹の魔力を追加すれば……。
ガラスの壁作成:消費魔力 3
「ほらきた!」
「おめでとうございます!」
「マジで、作っちまったっすねえ……」
「……強度も大きさも十分だ。テクニティス、宰相様はすごいな」
カールとテクニティスが確認しても問題ないみたいだし、これならあとは自由に水槽も作れそうだな。
となると、水槽に入れるべきモンスターたちを考えないと。
と思ったが、その心配もいらないようだ。奥居が、水槽の内装も含めて色々と考えてくれている。
「やっぱりエビとカニは確定として……。超位モンスターも」
「待て、お前ぇ! こんなのばかりか! うちの連中はぁ!」
へえ、アナンタに怒られている姿って、はたから見るとこんな感じなのか。
集中していると、どうしても暴走しがちだもんな。
それを止めてくれるアナンタは、やはりとてもありがたい存在だとしみじみ思う。
「なんだか楽しい施設になりそうですねえ」
「ええ。プリミラの植物園もですけど、きっと気に入ってもらえると思います。完成したら二人で見ましょう」
「楽しみです!」
つないだ手からは、嬉しそうな感情が伝わってくるかのようだった。
◇
薄暗く、窮屈な場所のはずだった。
広間は別だが、小さな部屋とそれらをつなぐ通路は、冷たい壁で仕切られており、どうしても息苦しかった。
だというのに、今日のダンジョンはそれらとは違う。
「……ガラス?」
「みたいね。頑丈で傷一つつかないし、割れる心配はないでしょうけど」
なんだって急にこんな壁に変わったんだ?
ここに来るまでは、今までどおりの壁だったじゃないか。
この部屋だけが特別? いや、この部屋だけでなくこの先の通路も、そのまた先の部屋も壁ではなくガラスで仕切られている。
「意味が分からん……」
「でも、考え方によっては利があるんじゃないか? ほら、モンスターたちの動きが筒抜けだ」
仲間が指さした先には、徘徊するソウルイーターが見えた。
ぞっとする。このまま進むとあれに遭遇していたのだから。
これまでのような壁で仕切られていた場合、事前にあれを発見することはできなかっただろう。
だが、こうして発見できた以上は、迂回するという選択肢だってとれる。
「幸い、こっちには気付いていないようだな」
「ああ、まずはあれから離れようぜ」
そう判断し、すぐに敵がいない安全な道へと逃げるように進む。
扉を開き通路を進み、繰り返すこと数回。
なるほど、これは楽でいい。先を見るだけで安全かどうか判断できる。
この先の部屋もモンスターはいない。なら、さっさと進んでしまおう。
そう思い、扉を開けて雑に進んでしまった。
それがいけなかったのだろう……。
足元から聞こえた、カチッという音には聞き覚えがあった。
「え……」
ダンジョンに仕掛けられた罠の起動音。もう何度も聞いてきた音だ。
今回の罠は毒ガス。すぐに呼吸を押さえて身をかがめて逃げるが、やはり無防備に罠を起動したのがまずかった。
間に合わない。このままでは、パーティは全滅する。
だが、解毒薬はある。麻痺毒だったとしても、しばらく時間が経てば動けるようになる。
問題ない。ミスはしたけれど、取り返しがつくミスだ。
「――」
やはり毒からは逃げ切れなかった。
そして、解毒薬で治療できるものではなく、麻痺毒のほうか……。
意識はあるが体が動かない。仲間たちも倒れてしまったため、俺たちは横になりながらダンジョンを見つめることしかできない。
早く、回復してくれ。そう願っていると、視線を感じた。
それは、俺たちがそうしていたように、透明なガラスの壁ごしにこちらを見ていた。
……ヘルハウンド!? まずい、発見された。距離はまだある。すぐに逃げれば間に合う。
間に合うはずなのに……!
駆けてくる。間抜けにも動けなくなった獲物に向かって、迷うことなく駆けてくる。
やめてくれ。このままじゃ、無防備なまま襲われて……抵抗すらできずに……。
何がこちらに利があるだ。
こんなことなら、あの無機質な壁のほうがよかった。
下手に透明で向こうが透けて見えるせいで、モンスターに発見された。
見えるせいで……襲われるまでの時間、恐怖することになった。
こんなことなら――。
◇
「水族館より先に、ダンジョンを改築するとは思わなかったよ!」
「いや、透明な壁のダンジョンって、おしゃれかなって」
「極限まで恐怖を与えてから殺す場所みたいになってんぞぉ!」
「おかしいな? なんか簡単に罠にかかってたし」
「なまじ、モンスターが見えるから、注意力が散漫になったのだろうな。そして、罠にあっけなくかかった。と」
なるほどなあ。
それならそれで、悪くないのでは?
手ごたえを感じて頷いていると、アナンタは残念なものを見る目で、俺のことを見てきた。




