第549話 福利厚生はモンスターで
「閑古鳥が鳴いている」
なんとも寂しい光景だ。
物珍しさから、それなりに好評だったモンスター園も、今では特に熱中してくれていた客が数人だけ。
このままでは、普通なら閉鎖しないといけないくらいには、あてが外れてしまった。
場所なら一瞬で作れるし、従業員も最初からうちで雇っていた者たちだ。
だから、経費が特別かかることはなく、赤字だろうとこちらには痛手はない。
いつもなら、そうやって思い付きを即座に実行し、駄目だったら気軽に消すだけだ。
だけどなあ……。今回は、最初は成功していたんだ。
それに、途中から客が来なくなったけれど、原因はうちではなく外部によるもの。
だから、モンスター園を潰すのは、さすがに早計だろう。
「よし、一旦営業中止だな」
「良いのですか? まだまだ、集客を見込める施設だと思いますが」
「あくまでも、一旦中止というだけだから、しばらく営業しないだけだよ」
プリミラもこの施設のポテンシャルは、まだまだ大きいと思ってくれているようだ。
だけど、客がこれだけしか来ないのなら、今は大人しく営業を自粛しておこう。
下手に営業し続けて、巷で噂されているおかしなモンスターと関係がある、なんて思われても困るし。
「常連さんには、モンスター騒動の煽りを受けたと説明して、今後は地底魔界の内部で楽しむ施設としてしまおう」
「なるほど。たしかに、興味がありそうな従業員は多かったですからね。主に、家族連れの従業員が、子供にねだられているとか」
「大人より、子供のほうが怖いもの知らずなことも、時にはあるからなあ」
冒険者の息子や娘だからか、実にたくましい。
うちのモンスターたちを見て、最初は怯えていた子もいるけれど、今ではすっかり興味津々だからな。
そういう子たちのためにも、ここらで一度モンスターとの触れ合いとして、モンスター園を内部用に開放するのはタイミングが良いのかもしれない。
「あとは、かねてから言っていたプロジェクトも進めよう」
「転移温泉でしょうか? それとも、十魔将の部下たちの復活でしょうか?」
「転移温泉はグレムリンたちにいじらせても、なんかうまくいかないから、保留で。蘇生薬のほうは、まだまだダンジョン魔力の備蓄が足りないかな」
だからこそ、今こうして様々な施策であがいているわけだし。
……実を言うと、ダンジョン魔力を完全に使い果たす覚悟なら、足りるような気はする。
だけど、それで万が一運悪く引けなかった場合、何人か蘇生が遅れる。
そうなると、一度に今の状況を説明できなくて、十魔将も大変だろう。
何よりも、枯渇覚悟で回したくない……。このことを知られたら、フィオナ様にねだられそうなので、内緒にしておこう。
「では、今度は何を……まさか、また侵入者を根こそぎ刈り取るダンジョンでしょうか?」
なんで、若干恐れおののいているの?
君、四天王だよね。俺より強いし、なんなら俺のダンジョンだって突破できるでしょう。
「安心してくれ。ダンジョンではなく、あくまでも新たな集客施設だ」
心からほっとしたような、そのため息に異議を述べたい。
それと同時に、アナンタだけでなくプリミラにも、普段から心配かけているんだな、と反省する。
まあ、止まる気はないんだけど。
「そんな負担をかけているプリミラに、これまでのお詫びと今後のお詫びの先払いとして」
「今後も……」
「植物園を本格的に作ろうと思うんだ」
「この身は、レイ様と魔王様のためにあります。どうぞ、今後も遠慮なく、なんでもお申し付けください」
諦められたのか、あるいは植物園という存在が賄賂としてあまりにも有効だったのか。
ともあれ、プリミラは今後も俺の面倒を見てくれるようでなによりだ。
「あと、奥居が事あるごとにプレゼンしてくる水族館もだな」
「魔王様がお喜びになるというのは、なかなかこちらを理解しているアピールポイントでしたね」
ほんとにそう。
しかも、フィオナ様の耳に入るようにしているあたり、なかなか策士だな。あいつ。
……ロペスあたりの入れ知恵か?
「モンスター園に注力しないでいいから、今のうちにどっちも並行して進めてしまおう」
「ちなみに、内部向けと外部向けどちらでしょうか?」
「集客して魔力を稼ぎたいから、外部向け……と思っていたけど、植物園はプリミラ、水族館は奥居が通いたそうだし、内部も外部もかな」
まあ、休園日とかにしておいて、その日に内部向けにすればいいだろう。
そうすれば、わざわざ二つ作る必要もないし、外と内の客が出くわさないようにと気を遣わなくてすむ。
「プリミラ、前から植物園の構想を練っていたような? ちょっと、話を聞かせてくれるか?」
「はい。……いえ、まずはモンスター園の内部向け開放を進めましょう」
さすがはプリミラだ。
自分の欲望よりも、地底魔界のやるべきことを優先してくれている。
それじゃあ、閉鎖の連絡はハーフリングたちに任せて、内部利用者の受付も彼女たちにお願いするか。
あとは、従業員たちへの連絡は……ピルカヤよりも、リグマのほうがいいな。
「やるべきことをすませたら、時間をかけて植物園のお話です。長くなりますので、他の仕事はすませておかないといけませんからね」
「え」
あれ、地底魔界を優先したというよりも、本腰入れて話をするために用事をすませたってことか?
だとしたら、俺はこれからどれだけの時間、プリミラの話を聞かされることになるのだろう……。
あ、これもう駄目なやつだ。袖を引っ張るその力強さはさすが四天王だ。
リグマも、こうしてよく引きずられてるもんなあ……。
◇
「モンスターさんと!?」
「ああ。なんでも、触れ合ったり餌をやれるらしい」
「あれ? でも、モンスターさんって頭良いから、ご飯とか自分で食べるよね?」
「そのはずなんだけどなあ……」
それに関しては、俺もよくわからない。
だが、魔王軍の宰相様のお考えだ。きっと、全て意味があることなんだろう。
「まあ、興味があるなら行ってみるか」
そうして向かったモンスター園。そんな酔狂な家族なんて、俺たちだけだろうと思っていた。
しかし、いざ訪れてみると……。
「従業員は無料なので、好きに観ていってくださ~い」
「今なら、従業員限定で、超位モンスター解放中で~す」
超位モンスター!
待ってくれ。モンスター園って、ゴブリンとかコボルトみたいに、そこまで強くないモンスターだけじゃなかったか?
……いや、そのゴブリンたちでさえも、その気になればダンジョンで侵入者を返り討ちにできるんだった。
モンスター園が安全なのは、そこにいるモンスターが弱いからではなく、安全だからだもんな。
それで、宰相様ならどんなモンスターたちも、言うことを聞かせることができる。
なら、超位モンスターだろうと低位モンスターだろうと、危険度は同じ……。本当に?
「犬さん!」
「あ、それはケルベロス……」
真っ黒な毛並みをした巨大な三つ首の犬に向かって、娘が走っていく。
これが、以前の俺であれば、何が何でも娘を止めて、命を懸けてでも守っただろう。
だが……。まあ、大丈夫だろうな。
だって、娘だけでなく、すでに他の家族の子供たちが、大量にひっついているし。
「す、すごいことになっているわね……」
「まったくだ。冒険者として活動していたころでさえ、こんなモンスター目にしたことはないというのに」
それが今では、こうして超位モンスターを家族と一緒に見ることになるとは。
俺の人生、ずいぶんと変わったよなあ……。
「まあ、あの子が喜んでいるなら、問題ないか」
ここで働いていて変わったことはもう一つ。
気にしないで良いことは、受け入れてしまえるようになったことだ。
ここでの出来事にいちいち驚いていたら、きりがないからなあ……。




