第546話 それで褒められるのは幼児くらいです
「なるほど、うちの子たちは賢いからな」
だが、さすがにこの状況は想定外だ。
どうするかというと、許可しても良いとは思う。だって、賢いし。
ただ、心配しているのも事実だ。となると、ピルカヤに見張ってもらって、問題ないようなら、今後は自由にさせるか。
「わかった。これは受理するよ」
俺は、ゴブリンたちが手に持っていた休暇及び外出申請書を受け取った。
まあ、この様子を見るだけでも、彼らがこちらと意思疎通していることは明白だし、きちんと言って聞かせれば、外で変なことはしないだろう。
「一応言っておくけれど、人類を襲ったり、そもそも目立たないようにしてほしい」
ゴブリンたちは、俺の言葉にしっかりと頷いてくれる。
「そして、悪いけれど、人類たちの村や町にも近寄らないように。モンスターということだから、他の従業員みたいな外出はできないけれど、それでもいいのか?」
良いみたいだ。
唸り声とともに、彼らはやはり俺の言葉に頷いた。
あれかな。ダンジョンの中ばかりだと、さすがに気分を変えたくなってくるのかな?
人と関わる気はないけれど、外の世界で野生のゴブリンたちのように、森や山でのんびりと過ごしたいのかも。
「ゴブリンさえも、外出するんですねえ」
「そのようです。まあ、もしも冒険者に襲われたとしても、再生成すればいいので、多少気は楽ですけど」
彼らなら、下手に抵抗せずに死ぬだろうからな。
こちらの不利になるため、冒険者を返り討ちにして騒ぎを起こすこともないはずだ。
「ピルカヤ。念のため、初日だけ彼らの様子を見てくれるか?」
「オッケー。まあ、平気だと思うけど、一応監視しておくよ」
ピルカヤは、頼もしい返事を聞かせると、すぐに姿を消してしまった。
相変わらず、仕事熱心なやつだ。
「転生者や従業員は、外出許可を出したことは多々あるけれど、ゴブリンかあ……」
「う~ん。やっぱり、みんな外で息抜きしたいんでしょうねえ」
「まあ、ずっと地底魔界で暮らしていますからね」
閉塞感を感じたのか、あるいは陽の光を浴びたいのか、あるいは人の営みに触れたいのか、理由は様々だろう。
そういえば、俺ってこの世界の町とか、全然知らないよなあ。
転生直後に逃げることになって、すぐに地底魔界で保護されたし。
「……レイも、外出したいですか?」
すると、フィオナ様が心配そうな表情で、そんなことを俺に尋ねてきた。
外出か。興味が無いと言えば嘘になる。
なんでも、リズワンの国サンセライオは、リゾート地のような国らしい。
水の国アルマセグシアは、物流が盛んな港町をさらに大きくしたものらしいから、一日じゃ見回れないだろう。
だけどまあ……。
「フィオナ様がいないなら、外出しても楽しそうじゃないですね」
「っ! ですよね! いやあ、レイは、本当に私のことが好きですからねえ~」
それはそう。
「でも、フィオナ様だって、俺のこと好きじゃないですか」
「それはそうです。良かったですねえ。お互いに好きで」
そうだなあ。
魔王と宰相だし、互いがいがみ合ってたら、絶対にろくなことにならない。
うちは、上の者たちに変な野心とかないから良いけど、下手したら派閥が分かれて内部で争っていたかもしれない。
「それじゃあ、私のことが大好きなレイと、私たちの地底魔界を堪能しますか」
「そうですね。俺のことが大好きなフィオナ様と、俺たちの地底魔界を堪能しましょう」
「……強情」
「そちらこそ」
さて、見回りも兼ねて施設を訪問するか。
従業員が、また驚きそうなので、なるべくこそこそと訪れよう。
今はモンスター園の客が減っているから、ついでに新たな施設の案でも考えられると良いんだけど。
◇
「なるほどな。カーマルのところは、そのような状況だったか。たしかに、うちに来る客たちもモンスターがどうとか言っていたな」
「アルマセグシアの喫茶店だから、こことマギレマさんのレストランは、特にその手の話を聞けそうだもんな」
「うむ。しかし、なかなかに厄介そうではあるぞ。数も種類も多く、何よりも危険察知の力に長けているため、すぐに逃げられるそうだ」
鳴神の話どおり、そこが何よりも厄介なところらしいな。
知恵がないモンスターたちは、たしかに凶暴で恐ろしい。
だけど、今回のモンスターたちは、凶暴さが減少している分、倒すのが難しい。
テンユウでさえも、情報を集めながら、いまだに対処しきれていないようだからな。
……あの勇者、苦労ばかりしているな。
「そのへんは、報告にあった話と変わらないな」
「包み隠さず報告しているからな! それにしても、それほどまでに困っているのであれば、ヒーローである俺を頼ってくれればいいものを」
「いや、さすがに、人類のヒーローになられたら困る」
「そうだった! 今の俺はダークヒーローだったからな!」
大丈夫だよな?
なんかこいつの場合、秘密裏にヒーローとして活動しそうで怖い。
そういうのに、憧れていそうなやつだからなあ……。
◇
「モンスターたちは、冒険者だけでなく一般人も襲い始めているみたいです」
「強い相手を避けているみたいだからな。となると、一般人のほうがやりやすいか」
「ですね。そのせいか、おしゃれな服を買うよりも、身を守れる服の売り上げのほうが、上がっていますから」
原は、若干不満そうな表情で教えてくれた。
彼女は、ラプティキさんと協力して、日々新しい服の構想を練っているみたいだし、機能性よりも見た目を大切にしているのだろう。
風間がたまに、それで文句を言われているからな。
動きやすく戦いやすい服を望む風間、センス良くおしゃれな服を望む原。
そんな二人の戦いは、最終的に世良が原に加勢することで、毎回風間が負けている。
「ちなみに、身を守れる服って、どんな感じ?」
「これです! たしかに、ラプティキさん作なので、センスは良いですよ? でも、やっぱりもっとオシャレにしてほしいんですよ! それも、外部の影響でオシャレよりも性能を選んでいる、というのならなおさらです!」
「お、おう」
はたから見ている分には良いけれど、こう詰め寄られるとすごいパワーを感じる。
なるほど、風間はいつもこれで折れているのか。
「普通の服みたいな見た目だな」
「ですが、魔力でしっかりと防御できています。そのへんは、私たちの軍服と同じですね」
俺の疑問にフィオナ様が答えてくれた。
だけど……。
「フィオナ様、その軍服を羽織っているだけで、あまりしっかり着ていませんけどね」
「私はほら……。軍服より、自分の肉体のほうが頑丈ですし」
「そういえば、リグマもピルカヤも……」
プリミラにいたっては、あいつへそ出してるし……。
さすが魔王に四天王。服の防御性能なんかよりも、自分の肉体のほうが、よほど信頼できるというわけか。
なんか、それでも真面目に軍服を着ているリピアネムを、無性に褒めたくなってきた。
「ハラも、働くときはともかく、訓練や戦闘のときは、軍服を着ることをおすすめしますよ」
「は、はい! ありがとうございます!」
◇
「快復の湯のほうは、あまり変わりませんねえ」
「さすがに、モンスターと病気は関係なさそうか」
モンスターを媒介に、未知の病が蔓延するとかは、気にしなくていいみたいだな。
頭がよくても、普通のモンスターと変わりないようだし、そのへんの問題は、今のところ発生していないってことか。
「あ、でも」
安心した矢先に、世良が思い出したように声をあげた。
「快復の湯とは無関係なんですけど、怪我人が増えているみたいで、私についでに治せないか聞いてくる人が多いです」
「あ~……。聖女だもんな」
「一応、治せはするんですけど、あの……やめておくべきでしたか?」
世良は、急に心配になってきたのか、こちらの様子を伺いながら尋ねてきた。
まあ、人類の助けになっているということは、魔王軍への反逆行為と見られなくもないからな。
だけど、それならそもそも人類の病を治すこの施設を作ったりはしない。
「世良が聖女ということは、周知の事実だし、そこで断る方が怪しまれそうだな。今のまま、対応してやってくれ」
「はい。わかりました~」
俺の言葉にほっとした様子で返事を返すが、一つ気がかりだな。
「どのくらいの頻度で、治療を頼まれるんだ?」
「え~と……十。二十? さすがに、百とかではないはずですけど」
「……それで、世良の負担が大きくなるようなら、魔力が足りないとかで断って良いんだぞ?」
「ありがとうございます。でも、武巳くんと友香ちゃんと訓練しているので、私も魔力が増えていますし、大丈夫です」
魔力の話をしていたのに、なぜ力こぶを見せようとするんだ。
それに、そんなポーズをとっても、力こぶなんてまるでできていないぞ。
「魔力だけでなく、仕事が増えすぎても困るから、くれぐれも無理しないように」
「は~い」
◇
「わりと各地に影響ありそうですねえ」
「そうですね。アルマセグシアだけでも、被害はそれなりに出ているみたいですし」
しかし、やはり気になるのは、そんなモンスターたちが急増した原因だな。
突然変異だというのなら、うちの子たちにもそれを適応できないだろうか……。
そうしたら、うちの子たちがさらに強く賢くかわいくなるんじゃないか?
「レイ。なんか、エピクレシが暴走したときみたいな、マッドな思考をしていませんか?」
「いえ、この騒ぎを利用して、うちの子たちを鍛えようとしただけですよ?」
「そうですか? なら、良いのですが……」
エピクレシに相談したら、原因を究明してアンデッドやモンスターに利用してくれないかな?
無理か。すでに相談したけれど、彼女にも原因はわからないみたいだったしな。
その件は諦めよう。そう判断して、俺はフィオナ様と手をつなぎながら地底魔界へと戻ることにした。
すると、何やらすごい勢いで、こちらに向かってくる大きな魔力が……。
「ハラから聞いたぞ! ちゃんと服を着ている私を、レイ殿が褒めたそうにしていたようだな! さあ、好きにしてくれ!」
「あ~……。そうだな。偉い偉い」
何この子。そのためだけに、走ってきたの?
また、勝手に持ち場を離れて、マギレマさんに叱られやしないだろうな。
「……」
「あの、フィオナ様?」
「なんですか?」
「なんで、肩に羽織っていた軍服を、しっかりと着直しているんですか?」
「……さあ。褒めなさい!」
「……偉いですねえ」
服を着ただけで褒められる魔王軍実力ナンバーワンとナンバーツー……。
ともすれば、変異したモンスターたちのほうが、賢いのではないだろうか。
そう言いたくなったが、俺はぐっとその言葉を飲み込むことにするのだった。




