第545話 ペットのペットのしつけ中
「うわあ。すっごい、凶暴」
「殺します?」
「いや、観察中だから、危なくなったら頼む」
「は~い」
というか、俺の姿は確認できてないみたいだからな。
久しぶりに暗影の指輪の恩恵を感じている。
これまで、指輪の効果を無効化する強者や、指輪の条件をすり抜ける敵意のない相手ばかりだったので、忘れがちだった。
だけど、やっぱり便利だなあ。一定以下の実力者に、俺の存在を認識されないというのは。
「う~ん……。うちの子たちとの違いは……」
「体の構造は、うちのゴブリンたちと同じだな。脳の大きさまでも、同じだろう」
「魔力も変わんないっすね。うちのゴブリンたちが、特別魔力が高いわけでもないっす」
「わかるのか」
特にテラペイア。どうやって、脳のサイズまで……魔力でスキャンしてるっぽいな。
テクニティスのほうも同じだ。もっとも、彼の場合はゴブリンの魔力自体を感じ取っているみたいだけど。
「完璧にではないが、ある程度はな」
「自分も、おおよそではあるっすけど、自信あるっす」
「二人がそう言うのなら、うちの子たちとの違いはなさそうか。じゃあ、前に捕まえたグレムリンたちは?」
残念ながら、比較対象こそいないものの。その流れで、なんとなく異変とかわからないかな。
「すでに診察はしたが、彼らもまた大きな異変はない」
「自分もそうっすね。お役に立てなくて、申し訳ないっす」
さすがは十魔将の二人。
それぞれの分野でできることは、言われる前に試してくれているようだ。
「モンスターの突然変異って、よくあることなの?」
「いや、そう頻繁には発生しないが……。起こるはずがない、というものでもない」
「珍しいことっすけど、自分たちも何度か見ているっすからね」
「ということは、今回もそれなのか……。いや、それにしては、色んな種類のモンスターが、これまたいろんな場所で、変異しているんだろ?」
珍しい事象だというのなら、おかしくないか?
二人も、それには賛同しているようだけど、やはり、何が原因かは思い当たっていない様子だな。
「嫌だなあ。モンスター園が疑われでもしたら」
「ただでさえ、うちには変異種のグレムリンや、ブラックゴブリンという特殊個体が、所属したばかりだからな」
以前テンユウが忠告したとおり、今はモンスター園の客足が減っている。
これも、その変異モンスターのせいなのだろう。
それだけに飽き足らず、うちが事件の原因などと疑われては、たまったものではない。
「う~ん……。ブラックゴブリン、しばらくダンジョンに出さないほうが良いか」
「ピルカヤ様が言うには、今のところ、そっちが疑いを向けられているってことは、無いみたいっすけどね」
それも、いつまで続くかわからないな。
いっそ、テンユウが、さっさとこの問題解決してくれないだろうか。
勇者と別の勇者のパーティが動いているので、こちらで解決するというのも嫌だ。
タイラーたちくらいなら良いけれど、転生者や魔族を動かして、勇者たちに目をつけられたら、ろくなことはないからな。
「仕方ない。しばらくは、大人しくしておこう」
「そうっすね」
「むしろ、しばらくと言わず大人しくしても良いような……」
「ばれないように、適度に人類から魔力をもらうのは、大事だから」
テラペイアは、その言葉を否定できないようだった。
仕方ないんだ。魔力って大事だから。
魔王軍全員どころか、いまだにイピレティスたちの部下さえも、蘇生の目途は立っていない。
やはり、モンスター園では駄目か? いや、モンスター被害さえ収まれば、きっともっと人気が出てくれるはず……。
「おっと」
考え事を中断するように、檻の中のゴブリンがテクニティスを睨みながら、檻を攻撃していた。
十魔将という、圧倒的な実力差を前にしても、やっぱり無謀な行動を取るみたいだなあ。
「殺します?」
「そうだな。タイラーたちには、悪いけど、調べても何もわからないみたいだし」
檻の周囲を壁で囲み、檻の上に転がる岩を設置する。
あとは、檻を消去して、岩を起動すれば……。
メニューを操作しようとすると、袖を引かれて止められた。
振り返るとそこにいたのは、うちのゴブリンたち。
「……もしかして、同族だから、殺さないほうが良いか?」
ゴブリンたちは、首を横に振っている。
なんだ。仲間意識が芽生えたので、俺に抗議しようとしたわけではないのか。
なら、気を取り直して……。やっぱり、止められた。
「どうした?」
「もしかして、自分たちに預けろと言っているんじゃないか?」
なるほど。それで、しきりに檻の中のゴブリンと、自分たちを交互に指さししていたのか。
だけど、預けてどうするんだろう?
もしかして、教育することで、同じように賢いゴブリンにするとか?
「どう思う?」
「ディキティスに尋ねてみるのが良いだろう。モンスターは、あいつの管轄だ」
「蘇生前は、そんなことなかったっすけど。いつの間にか、モンスターの世話が板についてるっすからねえ」
それもそうか。
それなら、さっそくディキティスに相談してみることにしよう。
◇
「やらせてみれば良い」
「そっか。じゃあ、やってみてくれ。ゴブリンたち」
「……私が言うのもなんだが、決断が早いな」
「ゴブリンたちは、できると思っている。ディキティスも、ゴブリンたちなら、問題ないと思っている。なら、止める必要はないだろ」
まあ、あのゴブリンの強さは、うちのゴブリンたちと大して変わらない。
それなら、頭もよくて連携も取れて数もいる分、うちのゴブリンたちのほうが上だ。
万が一があったとしても、首尾よく制圧してくれることだろう。
「ところで、ゴブリンたちは、野生のゴブリンを教育するつもりなのかな?」
「さて、そこまではわからない。だが、彼らは頭が良い。考えなしに、同族だからと引き取ったわけではないだろう」
だよな。なら、しばらくは彼らに任せてみるとしようか。
ゴブリンたちにそう伝えると、彼らは頭を下げながら、檻ごと野生のゴブリンを運んで行った。
あの檻、消さなくていいのかな? それとも、しばらくは檻の中に入れたまま教育するのかな?
◇
「グガアァァアッッ!!」
「うわあ。すっごい、凶暴」
「何が言いたいのか、同じ種族の俺たちでも、わかんないな」
「まあ、話が通じるとは思ってないけど」
ご主人様から許可をもらい、野生のゴブリンを預けてもらえた。
別に、同族だから情が湧いたとか、そういうのではない。
同じ種族だろうと、俺たちと野生のゴブリンは別物だ。
オーガのハルカと、ナツラたちが別物であるように、このゴブリンと俺たちでは、同じ種族という気がしない。
「そんじゃあ、ちょっと行ってみるか」
「ああ、ただ、その前に……」
「ああ、そっか。このままじゃ、絶対俺たちに襲いかかってくるもんな」
自分たちの住処へと移動する。
ご主人様は、俺たちモンスターにも部屋を与えてくれているので、住処というか大部屋だな。
個室なんて落ち着かないというのもあるが、今回の場合はこの大部屋がありがたい。
「カギ閉めたか?」
「おう、これで誰も入ってこないし、出られない」
安全を確認し、檻へと近づく。
檻の中から、俺のことを威嚇……。いや、襲いかかる寸前だな。これは。
まあ、いい。それじゃあ、さっさと檻を開けてしまって……。
「ガアアアッ!!」
「さすがに、そんな単純な攻撃にやられるほど、俺たちは弱くない」
開けた途端に、ものすごい勢いで襲いかかってきたが、勢いだけだ。
ディキティス先生に、日々訓練されている俺たちを舐めるな。
そもそも、舐めるという感覚もないか。ただ、目の前の敵に襲いかかるだけだもんな。
「手伝うか?」
「いや、これなら俺一人で十分だ」
きっと、力とか身のこなしとか魔力とか、そういう基礎的な部分に大差はない。
でも、俺たちはそれ以外の部分を重点的に鍛えてもらっている。
だから、こうして敵の攻撃を避けて、受け流して、さばききって反撃することは、あまりに容易かった。
「……グギャア!!」
襲いかかられる。反撃する。相手は地に伏せる。
立ち上がっては襲いかかる。その繰り返しだ。
「……」
延々と同じことの繰り返し。そうすれば、相手も学習はしないけれど、体に刻み込まれたんだろう。
俺たちには勝てないから、襲いかかっても無駄だと。
「よし、これで少なくとも、俺たちには襲いかからなくなった」
だが、あくまでも俺たちだけだ。
きっとこいつは、たとえ無謀であっても、ソウルイーターが相手でも襲いかかる。
そのたびに、いちいち相手をするのは、さすがに面倒だ。
それに、モンスター以外の従業員もいるし、ご主人様たちだっている。
それら全員が、こいつが諦めるまで、戦闘に付き合っていたらきりがない。
「仲間には入れられないな」
「ああ。じゃあ、別の方法で活用しよう」
あまり数が多すぎてもよくないな。適当に、くじでも作って担当を決めるとするか。
ブラックゴブリンのやつは……。駄目だな。あいつだと、余計なトラブルになりそうだし。
「まあ、仕事がないやつが、適当にやるか」
異論はないらしく、仲間たちはさっそく準備に取り掛かるのだった。




