第543話 犬歯さえも愛してほしい
「ちょいとあんた」
「は、はい。なんでしょうか?」
スティア様とミスティ様についていこうとすると、テンユウ様に呼び止められる。
なんだ? なにかしでかしたか?
やけに、神妙な顔で、先ほどの明るい表情が嘘みたいだ。
「そのランタン。ピルカヤいるでしょ」
!?
心臓が跳ね上がるほどに、衝撃的なことを言われた。
よく、反応しなかったと自分を褒めたいくらいだ。
いや、あまりにも突然で、反応する余裕もなかったというのが、正しいが。
「隠さなくていいわよ。っていうか、聞いてんでしょ? ピルカヤ。さっさと声を出しなさい」
な、なんで、こんな確信を持っているんだ……。
まずい、ランタンを持っていたのは、俺だ。
つまり、この失態は俺のせい……。
いっそ、このランタンを落として火を消すか!?
『また君? なに? ボクのこと、好きなの?』
「こっちのセリフよ。あんたたちこそ、アタシの行く先に、いるわよねえ……」
……どういうことだ?
ピルカヤ様は、あっさりとテンユウ様に声を聞かせたし、テンユウ様はテンユウ様で、ピルカヤ様に驚きさえもしない。
……しかも、この会話内容から察するに、二人は前々から知り合いだった?
……ま、魔王軍と勇者って、裏では繋がっていたとでもいうのか!?
「で、今度は何企んでるのよ? どうせ、あの宰相でしょ? 最近のおかしなモンスター、あれも、レイの仕業なの?」
『そっちは、知らな~い。ボクたちは、普通のゴブリンを捕まえに来ただけ。君も来たじゃない。モンスター園』
「ああ、あれ……。なるほどねえ。やっぱり、あれもあんたたちなのね」
『というわけで、そのモンスター被害とやらは、ボクたち無関係だから、変に疑われても困るんだよねぇ』
「う~ん……。嘘は言ってなさそうね。なぁんだ。いっそ、あんたたちの仕業なら、納得もできたし、ある程度楽だったのに」
『残念だったね~』
「ほんとよ。それにしても、モンスター園のために、ゴブリンの捕獲ねえ。やっぱり、あの宰相、モンスターを飼い慣らせるってことね」
『さぁ? 君はどう思う?』
テンユウ様、ピルカヤ様の発言で、誤解しているな……。
レイ様は、モンスターを飼いならすどころか、無尽蔵に生成できるお力だ。
さすがに、そこまでは知らないということか。
「どうもこうも、あのソウルイーターを見たら、一目瞭然でしょ。いやあねえ。魔族だけでなく、使役されたモンスターとまで、戦わなきゃいけないのね。アタシたち」
あのソウルイーターはなあ……。
一番懐いてる気がするし、俺たちも慣れたせいで恐怖よりはかわいいという感情のほうが大きい。
良い子なんだよなあ! ソウルイーターなのに!
「あの……お二人は、お知り合いなんでしょうか?」
「……黙秘するわ!」
『まあ、気にしなくていいよ。少なくとも、今すぐボクらが戦うことはない。だけど、敵だから、気を付けてね』
それ、何を気にしなくて良いんですか?
え、やっぱり勇者は敵? 実は、人類と魔族は、裏では仲が良いとかではないのか。
そっかあ……。残念だ。
「ま、いいわ。あんたたちの仕業じゃないというのなら、調査は面倒になったけど、モンスターの対処は楽そうだし」
『そうだねえ。ボクたちの仕業なら、そのモンスターの居場所は、すぐわかるだろうけど、そのモンスターを守って罠がフル稼働するかもしれなかったからね!』
「声だけで楽しそうなのが、伝わってくるのが、憎たらしいわあ……」
なんなら、ケラケラと、笑い声が聞こえてるもんなあ。
さすがは、ピルカヤ様だ。勇者相手にも、いつも通りの態度で接している。
「ピルカヤ、あんた、この森の中の変異モンスターを探せないの?」
『森を全部燃やせばいけるよ』
「今は、火が足りないってことね……。ま、そうでしょうね。それなら、アタシたちで探すわ。あんたも悪いわね。普通のゴブリンも一緒に探すから、このまま進みましょ」
「は、はい!」
そうして、何事もなかったかのように、テンユウ様は、先頭を歩く者たちに合流した。
……ピルカヤ様のことは、話すつもりはないらしい。
いったい、どういう関係なんだ?
『平気だよ。テンユウは、まだ問題を解決していない。だから、軽率にボクらを倒すなんて真似できないのさ』
「そ、そうなんですか」
俺が知らないところで、この二人にも色々あるみたいだなあ……。
当然か。魔王軍と勇者なんだし。
気にしても仕方ないと割り切ることにして、そのまま後方につき、ついていくことにした。
この場には、勇者と勇者パーティと四天王がいるのかあ。
なんて頼もしい布陣だろう。
◇
さて、案の定ピルカヤだったわね。
そこまで薄暗くもない森で、あんな魔力の強いランタン、おかしいと思ったのよ。
ただ、残念ながら、今回の問題には、ピルカヤたちも関与していないみたい。
残念かしら? それとも、安心したのかしら?
まあ、レイ案件じゃないのなら、良いことなのよね。きっと。
……あいつ、そのうち人語を解するモンスター作るわよ。絶対に。
「テンユウさん。モンスターの魔力です」
「みたいね。この感じ……。普通のゴブリンね。タイラー。良かったわね。あんたのお使い終わりそうよ」
「は、はい。それじゃあ、みんないくぞ!」
その号令に従い、タイラーたちがモンスターに奇襲をかける。
群れは、やはり単なるゴブリン。
奇襲に驚いて、何も対応できていない。
良いパーティね。
バランスが良いし、それに連携もかなりのもの。
経験を積んでいるのか、調子に乗って窮地に追いやられることもない。
あくまでも堅実に、確実に戦えている。
それにしても、捕獲ねえ。
どうするつもりかしら? いかに、自分たちより劣るとはいえ、モンスターはモンスター。
殺さずに捕まえたとしても、油断してたら後ろから襲われかねないわよ?
手足でも切り落とすのかしら? やりそうね……。あの宰相なら、そのくらいやるわ。きっと。
「タイラー! 準備できたよ!」
「ああ、それじゃあ、頼んだ!」
一人が矢をつがえたと思ったら、ゴブリンに狙いをつけていた。
目かしら? 目を射抜いて、動けなくするとか?
しかし、その矢は目どころか、わずかにかすっただけ。
……外したのかしら?
そう思ったのも束の間、ゴブリンは糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。
……え? 何したの?
あの感じ……。毒かしら? 石化はしていないし、麻痺毒?
「よし、助かった。これで、依頼は達成だな」
「ちょい待ち」
思わず口を挟んでしまった。
え? なんか、やけに強力な毒じゃなあい?
「えっと……今の何かしら?」
「ああ、麻痺毒です。イエローバジリスクとシャドウスネークの」
まあ、たしかに、モンスターの素材として取り扱われているわ。そこは認める。
でも、あんなかすっただけで、一瞬で効果を発揮する毒?
いったい、どれだけの毒を集めたのよ。
毒袋から取り出したにしたって、効力は弱まっているでしょ。
あのレベルになると、直接毒を採取する必要が……あいつ、やらかしたわね。
「そ、そう。ま、いいわ。なんにせよ、安全に捕獲できたみたいだし、おめでとう」
「ありがとうございます。勇者様たちのおかげで、安心して戦えました」
いや、絶対あんたたちだけで、余裕だったでしょ。
まあ、それをいちいち指摘する気はないけど。
そっかあ。毒モンスターも手懐けてるのね。そりゃあそうよね。
……ねえ。本当に、今のモンスター騒動、あんたの仕業じゃないわよね? レイ。
アタシの心配は、当然誰にも届くことはなく、森の中は再び静まり返っていた。
◇
「何しているんですか? シャドウスネークの口を開けて。歯医者さんですか?」
「いえ、麻痺毒が必要だったので、シャドウスネークたちに頼んで、分けてもらっていたんです」
「あれ? タイラーたちには、すでに渡しましたよね? 追加で必要になったんですか?」
フィオナ様の疑問ももっともだ。
タイラーたちには、すでに矢に塗るための毒は預けてある。
それに、すでにここを出て、森の中を探索中のはずだ。
だというのに、俺がいまだに毒を回収している理由。それは。
「一匹に協力をお願いしていたら、いつのまにか全員が毒を提供してくれるらしく、列になっていました……」
「なるほど……。愛されていますねえ」
みんな仕事熱心だからな。
「さて」
「さて、なんですか? なんで、シャドウスネークの後ろに並ぶんですか」
「私の歯もついでに見たいと思いましてね! レイなら、私の歯さえも、好きでしょう!」
「ノーコメントで……」
嫌いじゃないと言ったら、また変な性癖扱いされる!
足だけでも、濡れ衣……でもないけれど、不本意なのに!
仕方なく無視していたら、順番が回ってきた魔王様は、俺の前で口を大きく開くのだった。
いっそ虫歯でも見つけてやろうか。この魔王め。




