第542話 開き直るテンユウさん
「なんか久しぶりだなあ。こういうことするの」
街に買い出しに行くことはあれど、こういう場所の探索なんて、ずいぶんとご無沙汰だったからな。
「勘が鈍ってないといいんだけど……」
ルースの言葉に、少し不安になる。
だけど、まあなんとかなるだろう。この場所よりも、よっぽど危険な場所で暮らしているんだ。
なら、恐れることはない。ただし、油断をしてはいけない。
「ねえ、タイラー。あてはあるの?」
ズーイーに尋ねられるが、大丈夫だ。
なんせ今回は、事前に調査してもらって、情報を提供してもらえたからな。
「ピルカヤ様に、おおよその場所は教えてもらった。だから、俺たちは、そこを調べていくだけだ」
場所は深い森の中。火から火へ移動して情報を探るピルカヤ様では、さすがに調査も不可能と思っていた。
だが、無人というわけではない。俺たちのような冒険者が、火を扱うこともある。
落雷の影響で、火が発生することだってある。
ピルカヤ様は、そんな火をたどって、可能な限り情報を集めてくださったのだ。
……魔王軍の恐ろしさが、改めてわかる。
そりゃあ、国のお偉いさんたちが、常に警戒するはずだよな。ピルカヤ様のこと。
「それじゃあ行くか。久しぶりの冒険者活動だ。楽しみながら、任務をこなそうぜ」
バムの言うとおりだな。緊張感は必要だが、そればかりだと疲れてしまう。
適度に力を抜くのが、生き残るコツだ。
「狙いはゴブリン。だけど、それ以外がいないわけでもない。気を抜かず、張り詰めすぎず、今まで通りにいこう」
恐れることはない。
かつて冒険者として、活動していたころよりも、はるかに安全な探索だ。
なんせ……ピルカヤ様がいるのだから。
手に持ったランタンの中で揺れる火を見つめると、その頼もしさに安心感しか生まれなかった。
◇
「ここは……違うな」
「ええ、ゴブリンじゃなくて、獣が食べ散らかした跡みたい」
何かの骨。潰れた木の実や野草で汚れた地面。
食事の跡を発見したはいいが、ゴブリンならもっと盛大に汚すはず。
……はずだ。なんか、不安になってきた。
「大丈夫だよな? うちのゴブリンたちみたいに、綺麗に食事をする可能性も……」
「落ち着けよ……。うちのゴブリンたちは、特別だ。今回探しているのは、俺たちがよく知るゴブリンだから、どのみちここで食事したやつらは、関係ない」
そうだな。それで良いんだよな。
俺の中のゴブリンの常識が揺らぎつつある。
今さらすぎるけれど、なんなんだろうなあ……。下手したら、人間よりも綺麗に食事をするゴブリンって。
マナーなんてものとは、縁遠い冒険者仲間には、あれよりも汚すやつらなんて、いくらでもいた。
それに、礼儀でも負けている気がする……。
「考えても仕方ないですよ。レイ様のゴブリンなんですから」
「そうだな……。忘れよう」
地底魔界で暮らすコツの一つは、余計なことは深く考えないことだ。
どうせ、考えても納得できる答えなんて、出てこないのだから、そういうものと割り切ろう。
「タイラー。こっち来て」
ルースが俺の名を呼ぶ。何かの痕跡を見つけたみたいだな。
みんなで、そちらに向かうと、ここで休息したような跡が残っていた。
「これ、人間だな……」
「みたいね。冒険者でもいるのかしら?」
いてもおかしくないな。
この森は、ゴブリン以外にもモンスターがいる。
それらを狩りにくることは、何もおかしくはない。
「……話を聞ければ、探しものも楽になるかもしれないが」
どうだろう? そこまで時間は経過していない。
まだ、近くにいそうだな。なら、ゴブリンだけでなく、ついでに人間も探すか。
そう伝えようとすると、背後から声がかけられた。
いつのまに! まったく、気配を感じなかったぞ!?
「あらあ、アタシたちに、何か用かしら?」
「え……」
テンユウ!?
勇者がなんで、こんな場所に……。それも、引き連れているのは、リックの従者じゃないか。
たしか、ミスティとスティア。精霊使いと聖女だ。
急な出会いに混乱していると、テンユウは、俺の手元を見てため息をついた。
……あ! まずい! このランタンには、ピルカヤ様が……。
「見たところ、冒険者かしら?」
「え……。ああ、はい。そうです」
気付かなかった?
たしかに、いつのまにか、ランタンの中は普通の火に戻っているみたいだ。
ピルカヤ様が、テンユウに見つからないように、早急に体を別の場所に、移動させたのか?
「う~ん……。聞いて良いことなら、教えてほしいんだけど。もしかして、あんたたちも、最近のモンスター被害の調査でも、依頼された?」
「モンスター被害……? いえ、俺たちは、ちょっと、ゴブリンを探しに」
「あら、そうなの。たしかに、ここはゴブリンが多いわね。……なら、悪いことしちゃったかしら」
「悪いこと?」
「アタシたち、とあるモンスターの調査で、ここに来たんだけど、襲いかかってくるモンスターは、片っ端から倒しちゃってるのよ。もちろん、ゴブリンもね」
まあ、モンスターだもんな……。
うちのモンスターと違って、野生のモンスターたちは、敵を見つけ次第襲いかかってくる。
それを返り討ちにすることを責めるつもりなんて、毛頭ない。
「そうでしたか……。じゃあ、このあたりのモンスターは」
「たぶん、ほとんど倒しちゃったわね」
勇者だもんなあ……。
ゴブリン程度なら、一瞬で倒せるに違いない。
「どうする? 他の場所に行く?」
「そうだなあ。勇者様の邪魔をしてもいけないし」
「別に邪魔じゃないわよ。むしろ、あんたたちの依頼の邪魔しちゃって悪いわねえ」
「いえいえ。俺たちのほうは、失敗しても問題ないので」
レイ様も、試しにと言っていたからな。
何が何でも成功しないといけないわけじゃない。
そもそも、ゴブリンを捕獲して見比べたところで、何もわからないだろうとも言っていた。
それでも、試さずに結論を出したくない人なんだろうなあ。
「ねえねえ。ゴブリンを探して、どうするの? 素材を持ち帰るっていうのなら、まだいるだろうし、手伝うわよ?」
「え……」
ミスティさんの提案に、俺たちは顔を見合わせた。
さすがに、勇者のパーティのかたに、そんなことをしてもらっていいのか……?
「どうする?」
「手伝ってくれるっていうのなら、お言葉に甘えようか」
そうだな。勇者とその仲間なら、ゴブリンなんて簡単にひねれるだろうし。
そうと決まれば、すぐに行動に移るとしよう。
「お願いできますか? ゴブリンを見つけてもらうだけでいいので」
「はい。そういうことでしたら、一緒に行きましょう。テンユウさん、良いですよね?」
「え……。ま、まあ、いっか」
大丈夫かな?
テンユウ様のほうは、なんか困っているみたいだけど。
「また、共闘? えぇ……。そういう巡り合わせなの? あれと? 嫌になっちゃうわねぇ……」
ほら、何かぶつぶつと言っているみたいだし、さすがに、俺たち程度の冒険者とは、行動したくないんじゃないか?
「あの……ご迷惑でしたら、別々に」
「いいのよ~! そうね! だって、本人いないし! あれと一緒じゃなければ、問題ないわよね!」
なんか、やけくそになってないか?
高笑いするテンユウ様の様子は、仲間にも不審だったのか、俺たちは疑問符を浮かべながら、顔を見合うことしかできなかった。
◇
「あ、テンユウだ」
「本当ですねえ。それに、相変わらずミスティとスティアもいます」
「パーティメンバー交換したんですかね?」
「さすがに、それは簡単ではありませんよ?」
フィオナ様は、俺の意見をきっぱりと否定した。
てっきり、リックとテンユウで、パーティメンバーを取り替えたのかと思ったが、そう気軽にはできないのか。
「テンユウやリックほどの実力者となると、それについていける仲間は数えるほどです。まして、完璧に連携できる者となると、なおさらです」
「じゃあ、気軽に交換しても、十全の力は引き出せないってことですね」
「そういうことです」
まあ、俺もいきなり知らない魔族と連携しろと言われるよりは、四天王や十魔将のほうが、やりやすいからな。
「それじゃあ、パーティの脱退や加入も、簡単じゃなさそうですね」
「そうですねえ。私が知る限り、せいぜいへーロスのところのメンバーの一人が、解雇されて、代わりの者が入ったくらいでしょうか」
解雇……。世知辛い話だなあ。
「その解雇された人を仲間にすることは……」
「無理ですね。素行の問題で解雇されたので、今後も関わるべきではありません」
まあ、すでにパーティメンバーじゃないのであれば、今後も戦うことはないだろう。
へーロスのパーティが、そいつの脱退で、弱体化してくれていたら、助かるんだけどなあ。




