第541話 森の賢者の実験室
「ジノは、どうなっていたかしら?」
「たしか、実験中ね」
「そろそろ、まともな戦力には、なりそうかしら?」
「どちらにしても、まだ、周囲に知られたくないわねえ。だから、しっかりと情報は隠しておかないと」
◇
「ここで良いんだな?」
従者というべきか、それとも見張りというべきか、エルフの女性に尋ねると、彼女は礼儀正しい所作で答えた。
「はい、ジノ様。ここのモンスターたちであれば、実験に使用しても問題ありません」
実験。ここ最近、俺が命じられている、鍛錬の一つだ。
肉体の鍛錬や魔力の鍛錬は、それなりにこなしてきたため、今は、女神の加護を鍛えることになっている。
それが、俺の飼い主たちの意向だ。
「周囲の村や町への被害は?」
「問題ありません。地図を見てください。この通り、周囲に人が住む場所はなく、万が一があったとしても、せいぜい冒険者が被害に遭う程度でしょう」
「被害が、出るんじゃないか……」
「冒険者ですよ? 危機感に特別長けていないと、やっていけません。はっきり言いますと、もしも失敗して、ここに迷い込んだからといって、撤退の判断もできないようであれば、いずれ、他で死んでいます」
だが……。いや、そもそも、俺が失敗しなければ良いだけか。
おそらく、これ以上は、何を言っても意味がない。
大丈夫。すでに何度もやってきたことだ。力の制御も、問題なくできるはずだ。
「あそこか……」
視力を強化すると、遠方にはゴブリンの群れを確認できた。
キングどころか、ソルジャーやメイジですらない。一般的な最も弱いゴブリン。
冒険者になり立ての者でさえ、苦戦するころはないだろう。
村の自警団程度でも、どうにでもできるような連中だ。
「はい。今回は、ゴブリンですので、失敗してもせいぜいは、ゴブリンキング程度の強さにしかなりません。なので、ご安心ください」
その通りだな。
少し安堵した。これならば、たしかにどうとでもなる。
肩の力を抜き、ただし、気を抜くことはなく、力を行使する。
気付かれないほどの遠方から、ゴブリンの群れに向かい、女神の加護である強化を発動する。
「……どうだ。距離も位置も精度も、問題ないと思うが」
「はい、お見事です。これまでの訓練の成果が出ていますね。これならば、最高評議会の皆様にも、明るい報告ができそうです」
再び視力を強化すると、強化したゴブリンのみが、他のゴブリンよりも力が増していた。
そのまま動向を伺っていると、獣を相手に狩りを行い始めたが、強化した個体のみが、やはり明確に強い。
遠隔からの強化訓練は、問題ないな。対象を取り違えることも、他を巻き込むこともない。
これならば、混戦状態になったとしても、味方だけをピンポイントで強化もできるだろう。
「では、戻りましょう」
「強化した個体は、処理しなくて良いのか?」
「はい。これまでと同じく、あの程度の力であれば、大して脅威でもありませんので」
それもそうか。クニマツのように、ステータスを見る力はないが、それでも、あのゴブリンが脅威足りえないことくらいは理解できる。
そもそも、周囲には人の営みもない。であれば、モンスター同士で殺し合うか、冒険者に発見されて討伐されることだろう。
◇
「あ~……。調べれば調べるほど、わかんない」
「そうですね……。モンスターの種類に、共通点はありません。突然変異にしても、種族も居場所も生態も違いますし……」
ミスティもスティアも、だいぶまいっているわね。
たしかに、被害状況を調査していくと、思っていた以上に厄介かもしれない、ということがわかったわ。
てっきり、突然変異したモンスターたちが、ずる賢く人類を襲撃しては逃げている、程度に考えていた。
でも、どうにも、別の集団っぽいのよねえ……。
「もしかして、魔王が力を蓄えているせいでしょうか?」
「う~ん。どうかしら? 可能性は低いと思うわよ」
アタシの言葉に、二人は顔を向けてきた。意見を聞かせてほしいってことでしょうね。
さて、どうしようかしら。推測になるし、そもそも根拠は提示できないけど……ま、いっか。
「アタシたちとの戦争中、魔王は最も力が強かったでしょう?」
「そうですね。今と違って、国が魔王軍に襲われていましたし」
「そう。あのときの魔王は、それほどに強かった」
今も強いでしょうけどね。
というか、世間で言われているように、アタシたちが力を削いだとか、あり得ないし。
なんで、活動しなくなったかは、わからないけど、偶然消極的になってるだけ。
つまり、今でも力は変わっちゃいないはず。
でも、世間からしたら、今の魔王は弱っていて、活動できなくなっているという認識。
「そのときですら、モンスターの突然変異の多発なんて、起きなかったでしょ? なら、今の状態で魔王が影響しているとは、考えにくいわよねえ」
「そうね……。魔王が積極的に、人類を攻撃しているならともかく、今の状況でモンスターが影響を受けるなんて、おかしいわ」
二人とも納得してくれたようね。
まあ、アタシの場合は、これに加えて、別の材料からの推測もあるけど。
あの宰相がいる時点で、突然変異したモンスターなんて、いくらでも手に入るでしょ! あいつら!
覚えてるからね! なんか、ぐるぐる体に巻き付いて、宰相を守ろうとしていた、頭の良いソウルイーターとか!
だからこそ、今回は、魔王軍は無関係のはずね。
自分たちの領土で、どうにでもなるのに、わざわざ地上で活動させる必要ないもの。
人類への攻撃というのなら、もっと効果的な悪辣で残虐なことするでしょ。あの宰相。
「ゴブリンにグレムリンにコボルト。クロウラーやフェアリー。ほんと、節操ないわね」
それに、本来は弱い部類のモンスターだから、油断して近づきそうなのが、厄介よねえ。
「……弱いモンスター? そういえば、今のところ、報告に合った変異個体って、元は弱いモンスターだけね」
「あ、たしかに。ってことは、群れが追い詰められたことで、突然変異が起こったとか?」
「ということは、各地で、元々いた群れを脅威にさらすような、力の強い何かが出現しているのでしょうか?」
「その場合も、出現場所がばらついているのが、気になるわねえ。いっそ、もっと踏み込んで調査してみる?」
「モンスターたちを探しに、未開地のほうに行くということですか?」
「そう。危険かもしれないけど、アタシたちなら、なんとかなるでしょ」
二人とも、少し考えてから、頷いてくれた。
それじゃあ、まずは森ね。ゴブリンでもコボルトでも、発見できると良いんだけど……。
あと、そこにしれっとあの宰相がいないことを祈っときましょうか……。
いや、本当に、いないでよね!
◇
「ブラックゴブリンの謎を、なんとか解明したいな~」
「そうですね。ぜひ、プラスの謎を解明して、フィオナ+にしてください!」
「名前の後ろには、つきません」
それだと、フィオナ様と誰かが合体しそうだな。
リピアネムあたりを後ろにくっつけると、最強の……ポンコツが、出来上がってしまうから、却下だ。
「うちのゴブリンたちとは、ステータスブーストと体の色以外、特に違いはなかったな」
「そうなんだよなあ。他のゴブリンたちと比較したら、何かわかるかな? ……よしっ! 大量にゴブリンを作るか」
「作っても良いけど、勝手に大量に配置するなよぉ?」
「……」
「するなよぉ?」
「……」
「……」
「わかったよ……」
「よしっ」
根負けしてしまった。まあ、俺も許可されるとは思っていないし、今回は折れておこう。
「アナンタ、レイくんの扱い上手くなってるな」
「嫌でも上達すんだろ。こんなもんよぉ」
まあ、今回はダンジョンは関係ない。
さっそく、ゴブリンを新たに生成して、何か違いはないか見比べて……。
と思ったが、一つ気になったことがあり、中断した。
「うちのゴブリンって、だいたい似たような存在だし、新たに生成しても、何も発見できない可能性があるよな?」
「むしろ、私は、その可能性が高いと思う。ディキティスもそう思うだろ?」
「そうだな。個性があるのは違いないが、種族としての特徴は、皆似通っている。野生のゴブリンとは違い、驚くほどに一致している部分が多い」
野生のゴブリンか……。
「いっそ、野生のゴブリンを観察して、比較してみるとか?」
「どこでだぁ?」
「なんか、森とかに出ていって、フィールドワークを」
「却下」
「だよなあ」
無意味に外に出ても仕方ない。
これまで隠れていたのに、さすがにこんな理由で、外に出てばれるのは、あまりにも馬鹿馬鹿しいからな。
仕方ない。新たなゴブリンを生成して、比較検証をしていくとするか。
……それとも、タイラーたちに頼んで、ゴブリンを捕獲してもらうか?




