第516話 かわいいだけではすまさない
「……」
「……悪かったって」
「すまない」
両手を腰に当て、無言で仁王立ちする少女。
いかにも、私怒っています。と言わんばかりの仕草、雰囲気。
すでに頭を冷やしたウルラガと、乱入したリピアネムは、彼女にただ謝ることしかできなかった。
「ウルラガ。癇癪を起こして、周囲を威圧してはいけません。今の魔王軍には力がない者もいるのですから、あなたのその苛立ちに恐れる者もいます」
「そんなのにいちいちビビるようじゃ、やっていけないだろ」
「やっていけます。なので、周囲のことを考えなさい」
「……はぁ。わかったって、悪かったよ」
分が悪いと判断したのだろう。
ウルラガは、諦めがちにため息をつき、プリミラへ素直に謝罪した。
「リピアネム様」
「うむ」
「勝手な戦闘行動は慎んでください」
「いや、しかし、私は元は戦闘のみの女だ。こちらが本領発揮であり、必要であれば優先したほうがいいかと……思って……」
「慎んでください」
「はい……」
負けた。四天王最強が、あっさりと敗北した。
目の前で下剋上が起こるさまを、まじまじと見せつけられている。
「二人とも、戦うなとは言いません。周囲への配慮が問題なのです」
それもわかる。
ウルラガは、なんかイライラしていたから、彼をよく知らない者たちは怖がっていた。
リピアネムは、乱入後に興が乗ったのか、そのへん破壊しながらの乱闘になったからなあ。
俺が簡単に作り直せるとはいえ、そうでない物まで巻き込んでいたらと思うと、プリミラの言うことが正しいのだろう。
「では、しっかりと後片付けを。それと怪我人たちは、テラペイアのところへ運んでください」
その言葉に頷いた二人は、先ほどまでの戦いが嘘のように、大人しく作業へと移るのだった。
◇
「大変だなあ」
「いえ、必要なことですので」
さすがは、最初にフィオナ様が蘇生した魔族だ。
しっかりとしているし、誰に対しても注意してくれる。
お小言をしても、彼女が誰からも疎まれていないのは、その者のために真剣に諭してくれるからなのだろう。
「次は、どこに向かうんだ?」
「畑です」
そんな彼女の趣味というか、本来の仕事というか、畑仕事は癒しらしい。
今日は、ダンジョンをいじる必要もなさそうだし、せっかくだからついていってみようかな。
「俺も行っていい?」
「はい、レイ様であれば、いつでも歓迎いたします」
快く承諾してくれたため、プリミラの隣に並ぶ。
彼女が管理している畑は二つ。一つは、ダンジョンの入り口付近に作ったもので、もう一つは、最近作った昆虫人の巣を利用したものだ。
こちらの転移魔法陣は、前者へと向かうものなので、まずは小さい畑からということのようだ。
「意外だな」
「なにがでしょうか?」
「いや、昆虫人の巣という、大きな畑も作れるようになったし、最初に作った畑は破棄すると思ったんだけど」
「がんばります」
ぐっと拳を握り、やる気をアピールしてくれた。
無理は……していないのだろうな。
なんせプリミラだ。それだけで信頼できる。
そうして、転移を終えると、目の前にはそこそこの広さの空間が広がっている。
やたらと高く作った天井付近には、今日もグリフィンやヒポグリフが飛び回っており、侵入者をいつでも撃退できるように見張ってくれていた。
「こんなに、色々な種類の作物を育てていたっけ?」
俺が見たときは、初期も初期だったので、魔力の実しかなかったよな。
だけど、今は見るからに異なる葉っぱが並んでいた。
「ハーブ?」
「いえ、そちらは薬草です」
ということは、毒消しとか麻痺治しとかの材料か。
プリミラは、ズカズカと畑の中に足を踏み入れていくと、そこで作業をしていたプラントゴーレムに話しかけた。
「ここから三つ先の畝から、八つ先の畝まで、土の栄養が不足しています。あなたの力を与えてあげてください」
ゴーレムはコクリと頷くと、ゆっくりと指示された場所へ向かった。
よく見ただけでわかるな。俺には土の様子なんて、全部同じに見える。
「プリミラって、やっぱり土属性だったりしない?」
「そうであれば良かったのですが、残念ながら私は水属性だけです」
つまり、その目は自分で鍛えただけってことか。
それはそれですごいよな。
感心している間も、プリミラはテキパキと働き続ける。
「それは?」
「害虫なので、駆除しているところです」
見るとその手には、なんかよくわからない虫が握られていた。
なんだろうあの虫。いかにも毒とか持っていそうだけど。
「平気なのか? 素手でつかんで」
「はい。こちらの虫の毒は、悪魔である私には効きません」
さすがに、あの虫がヨハンくらいの毒を持っているわけないもんな。
これも四天王の特権か、ある程度の毒ならああして無視できるわけだ。
「あっちの虫は?」
「あちらは、問題ありません。むしろ、あの虫が食べるほどに、この作物は美味しく作れているといえます」
なるほど、虫が食べるなら味は保証されているってことか。
元の世界では虫食いの作物とか嫌われていて、農薬とかで排除していたようだけど、ここはそういうことはやっていないみたいだ。
まあ、外部に売り出すわけでもないからな。あくまでも、身内で消費するだけ。
マギレマさんが調理してしまえば、そんなことは気にならなくなる。
「うちの場合、虫が食っていようが、形がいびつだろうが、関係ないからな」
「その通りです。ですが、形については、そもそもいびつな物を見た記憶はほとんどありません」
「へえ、プリミラってすごいんだな」
詳しくは知らないけれど、農家の人たちって規格外と呼ばれるものもかなり多く収穫することになるんじゃなかったっけ?
「いえ、私といいますか、レイ様では?」
「俺? 畑は特に改造してないけど……」
「ダンジョンは改造されているのですね……。そちらはアナンタに任せるとして、この畑を手伝ってくれるモンスターたちのおかげか、そもそもいびつだったり小さい作物はあまり見かけないのです」
「そうなんだ」
畑に栄養があるのか、あるいはさっきみたいにプラントゴーレムが栄養を与えているからか、なかなか良い仕事をするみたいだ。
それともフォレストフェアリーが、成長促進と同時に形を整えているんだろうか?
「なんにせよ。みんな仲良く順調にやっているみたいだな」
「はい。モンスターたちだけでなく、人間もダークエルフも昆虫人も、しっかりと働いてくれていますので」
そう言いながら、プリミラは誇らしげな顔をしている。
普段はお説教が多く、疎まれることこそないが、どこか恐れられているプリミラも、ここでは周囲と距離が近いように感じる。
鳥系のモンスターたちも、彼女に懐いており、邪魔しない程度にはじゃれついているようだ。
モンスターたちの世話をしてあげる姿からも、彼女は動物好きであり、動物に好かれる子に見えてきた。
「おや、あれは」
そんなプリミラが、入り口のほうへと目をやると、小さなリスのような生き物が近付いてきた。
モンスターではないな。作った覚えはないし。
そうか、普通の動物もこの世界にはいるんだな。
俺がそんなことを考えているうちに、プリミラはリスのほうへと歩いていく。
餌でもあげるんだろうか?
「えい」
「!?」
俺の考えとはまるで真逆ともいえる行動に、思わず目を見開く。
プリミラは自身の武器である大槌を振り上げ、躊躇なくリスを叩き潰したのだ。
「あの……プリミラ? あのリスが何か?」
「作物を荒らす害獣です。すでに何度か被害が出ているので、処理しました」
「そ、そうか……」
淡々と告げるとプリミラは再び畑に戻り、仲間たちと作業を再開した。
……周りも誰も気にしていないな。
そうか、俺にはわからない苦労がここにはあるのだろう。
元の世界でも、イノシシとかクマとかに作物を荒らされるなんて話は聞いたことがあるし、生産側にとって死活問題であるのならプリミラが正しいのだろうな。
「……害獣用の罠でも作ろうか?」
「ぜひお願いします。ただ、味方を巻き込まないものにしてくださいね?」
俺のことなんだと思っているんだろう。
プリミラだけでなく後ろにいる者たちも頷いているのは、味方を巻き込むことに対してではなく、害獣用の罠に賛同しているのだと思いたい。




