第359話 負けず嫌いのstaring contest
「たぶん、地下だと思う」
「地下って、地底魔界のことか?」
偵察を終えたピルカヤの言葉に、さすがにちょっと焦ってしまった。
昆虫人たちの拠点を調べてもらった結果が、まさかの地底魔界だとしたら大問題だ。
それは、俺がマップを見落としていたということでもあるし、俺の責任しかない。
「さすがに、うちじゃないよ」
「そうか、良かった……」
だから、ピルカヤの返答を聞いて心底安心した。
まあ、地下といってもうちとは限らないか。
いくら地底魔界が広いと言ったって、この世界はかなり広大みたいだからな。
うちの手の届かない場所で、地下に拠点を作る種族もあるということだ。
「なるほど……地下ですか。このあたりの地下は地底魔界の範囲内なので、さすがにその発想はありませんでした」
……ナツラの言うとおりだな。
オーガの村の近くって、地底魔界の範囲内だ。
だからこそ、そこまでダンジョンを作ることもできたわけだし。
ということは、地底魔界に重ならないように、隙間を縫うように地下に拠点を作っているのか?
あるいは、地底魔界よりもさらに地下深くかもしれないな。
「ただ、場所はわかったけど、オーガたちを襲ってた理由はわかんないなぁ。縄張りがどうとか言ってたけど、もしかして、オーガが昆虫人の縄張りを浸食したとか?」
「いや、私たちの土地は、昔からあの一帯だけだ。過去に昆虫人と争ったという話も無い」
「ってことは、昆虫人たちが増えすぎたせいで、土地を増やしたいとかかもねぇ」
ピルカヤの意見に納得した。
それなら、オーガたち相手に戦闘をしかけるのもわかる。
昆虫人が増えすぎた。だから、手近にあるオーガの土地を戦いで奪う。
奪えなかったとしても、オーガに敗北して死ぬことで、増えすぎた仲間の数を減らすことができる。
昆虫人は、女王の命令を聞いて無感情に行動するらしいが、あくまでも個ではなく種の存続に重きを置いているのだろう。
「どうする? 昆虫人たちの住処を攻撃しにいく? でも、なんかかなり複雑に地下のいろんな場所に伸びてるっぽいよ?」
「ピルカヤなら、案内できるか? それか、マップを作るとか」
「無理かなぁ。あいつら、火を使わないから。入り口のいくつかを発見しただけだもん」
となると、巣の中までは調査できていないってことか。
リピアネムでも送り込むか? ……いや、万が一巣に侵入するところを見られても困るし、昆虫人が他の種族にそのことを話しても困るな。
「私が行くか?」
「やめておこう」
「うむ」
……危ないところだった。なんかこいつ、俺が命令する前に動けるようになっていないか?
しかも、俺がそのとき思ったことを即実行しかねないから、訂正する前に暴走する可能性もありそうだ……。
「俺の意図を汲んで動くのは助かるが、指示前に動くのは基本的にはやめておこうか」
「承知した。いつでも命じてくれ」
「ああ。頼りにしている」
よし、釘をさしたから大丈夫。……大丈夫なはず。
言えばちゃんと聞いてくれるのは、助かるな。
「……四天王を手足のごとく」
「宰相だからな」
ナツラが感心しているが、俺の実力とかではなく、みんなが働き者なだけだ。
だから、宰相という立場である俺の命令を聞いてくれる。
決して、俺自身が強いとか、力で従えさせているわけではない。
「ドリュたちを、巣の攻略に向かわせるか? そうすれば、実戦経験も積めるはずだけど……」
「どちらかというと、ダンジョンで迎え撃ちたいな。そのほうが、こちらも状況を把握できる。何より、改善点を見ることができる」
「それもそうか。いざというとき、ダンジョンだったら逃がしてやれるしな」
となると、昆虫人たちの巣にわざわざ攻め込む必要は無いな。
ピルカヤの推測どおりだとしたら、オーガたちの村を手に入れたら、案外事態も解決しそうだし。
「それにしても、どうして急に昆虫人の縄張りが足りなくなったんでしょうね?」
クララが不思議そうに発言するが、そのあたりはわからない。
ピルカヤが言っていたように、繁殖しすぎたとかそんな理由だろうから、昆虫人自身の問題だろうな。
「……地底の土地か」
「何か心当たりがあるのか? ダスカロス」
「私のもピルカヤと同じく推測にすぎないが……ピルカヤ。場所と深さを教えてくれ」
「良いけど、あんまり中のことはわからないよ?」
「ああ。わかる範囲内で良い」
そう言われて、ピルカヤが地図のいくつかの場所を指さす。
深さについては、確実ではないものの、ある程度はわかっているらしい。……地底魔界くらいの深さだな。
「……なあ、ダスカロス。これって」
「ああ。レイも気付いたか」
なんか、無関係かと思っていたけれど、俺たちも当事者だった可能性が浮上してきたぞ……。
地図を見る限りでは、昆虫人たちの巣は、かつての地底魔界の範囲内にある。
そして、深さも地底魔界と同じだと言うのなら、これってフィオナ様が広げた土地に飲みこまれているよな……?
「俺たちが、昆虫人たちの巣を奪った可能性が……?」
「レイはそこに含まれないが、かつての魔王軍が拠点を広げた際に、昆虫人たちを追いやった可能性は大きいな」
「……ナツラ、なんかごめん。うちのせいっぽい」
「い、いえ。戦う相手がつまらないのはともかく、戦い自体は私たちオーガにとって望むところですので」
たしかに、ダスカロスが言うとおりだ。俺は当時の魔王軍に所属していない。
だから、俺に責任は無い。だけど、フィオナ様の行動による被害であれば、俺が謝罪すべきだし、俺がその後始末をすべきだろう。
それこそが、魔王軍の宰相である俺の役割だ。
だから、俺の謝罪にそう返してくれる種族で良かった。
あとは、しっかりと地底魔界で保護しておくとしよう。
「とりあえず、今は相手の動きを見ることかな? ピルカヤには、ちゃんと休憩してもらって」
「え~……」
「休憩してもらうのは確定として」
「は~い……」
「その後は、地底魔界だけでなく、オーガの村も最低限の監視はしておきたいかな」
「やった~!」
相変わらず、仕事が増えて喜ぶんだよなあ。この精霊。
まあ、最低限の監視であれば、そこまで負担も増えないということだし、やりすぎないようにだけ注意しておこう。
「そこで、昆虫人たちがオーガの村を占拠して、その後は動きがないなら村は放棄。ナツラたちもそれで良いか?」
「ええ。私たちオーガ族は、すでに魔王軍の支配下ですので、今後は地底魔界を故郷とさせていただきます」
「思い切りが良いな。昆虫人たちが来る前に持ち運びたいものがあったら、最大限協力するぞ?」
「あるか?」
「いやぁ? 無いよな」
「戦う相手が欲しい」
オーガ……。物欲の代わりに戦闘欲求しかないのか?
まあ、荷物を運ばないと言うのであれば、それはそれでやりやすいから助かるけど。
そういうことなら、戦う相手のほうをしっかりと用意してやらないとな。
「魔族やモンスターが戦ってくれるから、戦う相手の心配はいらないぞ」
「まじっすか! さすが宰相様!」
「まずは、あのウサギの兄さんを倒せるようがんばります!」
ウサギの兄さん……。
一瞬イピレティスのことかと思ったけど、性別が違うな。
そういえば、獣人の従業員も増えているし、時任以外のウサギの獣人もいたから、その中の誰かか。
いたっけなあ? ウサギ獣人の男性の中に、オーガたちが満足しそうなほど強い獣人って……。
◇
「おや、レイが来たということは、今日もお仕事は終わったんですね? お疲れ様です」
「いえいえ。オーガたちと顔合わせしないよう、部屋にこもらせてしまってすみません」
「いえ、都合が良い……。そうですね! あ~、外出たいですね~。引きこもるの辛いですね~!」
絶対嘘だ。最初に本音が出ていたぞ。
わざとらしい大声と態度で、俺をごまかせると思うなよ。
「でも、レイが毎日来てくれるようになったのは、本当に嬉しいですけどね」
「まあ、俺もフィオナ様の顔を見ないと調子が……」
「調子が?」
「……なんでもありません」
「そうですか~。なんでもありませんか~」
うわぁ……。絶対わかってる。
このニヤニヤした表情は、俺の本音を理解しているからこそだ……。
失言だ。本音ではあるけれど、フィオナ様の顔を毎日見ないと調子が出ないと言いかけるなんて。
「じゃあ、レイがやる気を出すために、しっかりと私の顔を見せてあげますね?」
「ええ、今のうちにじっくりと見ておきますよ……」
なら、こっちだって退くつもりはないぞ。
どちらが先に折れるか、俺とフィオナ様は二人きりで顔を見つめ合うこととなった。