トリスタン
愛する人を抱きしめる。
「一度帰るよ。そして妻に、今日こそ別れを告げてくる」
「ルシフェル様…私、信じて待ってますから。この子と一緒に」
愛する人は、そう言ってだいぶ大きくなったお腹をさする。出産予定日まで、もうまもなく。時間はない。妻と、きっぱりと別れなくては。そして、子供を愛する人とともに抱き上げるのだ。
妻は、ちょうど愛する人が身篭った頃から部屋から出てこなくなった。もしかしたら気付いているのかもしれない。…私の、裏切りに。
でも、今日という今日はきちんと話をする。そう決めたんだ。妻には悪いが、私は彼女を愛している。妻との結婚そのものが、お互いにとっての間違いだったんだ。離別こそ、妻にとっても救いになるはず。
屋敷に馬車を走らせる。妻の部屋に勝手に入って、話を進める。
「あら、ノックもせずにどうしましたの?」
「別れて欲しい」
「…ふふ、身勝手な人」
妻は冷静だ。やっぱり、わかっていたのだろう。
「愛する人がいるんだ」
「ええ、存じております」
「彼女のお腹には私との子供がいる」
「…ふふ。ええ、可愛い男の子ですよ」
「…え?」
彼女は部屋の奥に向かい、何かと思えば赤子を連れてきた。
「え?その子は?」
「貴方の子ですよ。正当な公爵家の跡取りですわね」
「は?」
「出てくるお腹を間違えたようですけれど、私にとっては愛おしい子。実の子でなくとも、愛しますわ」
「…彼女になにをした!?」
聞きたくない。けれど聞かなければ。
「腕利きの裏稼業の方にね?貴方と私の子が迷子になって、ほかの女の腹に宿ってしまったから取り返してきてとお願いしたんですの」
「…は?」
「生きたままお腹を割いて、連れてきてもらいましたわ。もちろん愛おしいこの子は、ほら、無事ですわよ?元気に生まれましたわ。でも、貴方の到着より早く来てとお願いしたのですけれど、本当にやってのけるとは。ふふ、裏稼業の方は案外真面目ね」
くらくらする。きぶんがわるい。かのじょにあいたい。あわないと。
「あら、お出かけですの?お気をつけて」
かのじょのもとへいそぐ。かのじょのいえにはいれば、てつくさいにおい。くもんのひょうじょうをうかべて、かのじょはぜつめいしていた。
わたしは、ただぼうぜんとそれをみているしかできなかった。
きづいたときには、びょういんでこしつにいれられて。もうなんのきりょくもわかないから、そのままなにもたべずによわって。ああ、はやくかのじょにあいたい。
そして、めをつぶる。おきたらぜんぶ、ゆめだったらいいのに。
私は、愛する夫との子供を無事取り返した。貴族の慣例で、本来なら夫との子供か魔術で確かめなくてはいけない。でも夫は精神を患い、入院中。なので、夫の両親と血の繋がりを魔術で確かめる。結果、夫の子であると判断された。それはそうだ。私達の子なのだから。
可愛い子。でも、出てくるお腹を間違えたから私は母乳が出ない。でも、乳母がいるから大丈夫。ああ、よかった。
可愛いこの子は男の子で、いずれはこの家を継ぐことになる。それまでは、義父と義母がこの家を支えてくださるとのこと。義理とはいえ、頼りになる両親に心から感謝する。
ああ、そういえば。夫が入院することになったのは、夫の愛人の失踪事件が関わっているとか。妊婦だったと噂されるけれど、どうしたのかしらね?
ああ、愛する人は入院中で私はすごく寂しい。けれど、愛する我が子と頼りになる義両親との生活も、案外悪くない。
「愛してるわ、トリスタン」
可愛い我が子に、そう話しかける。我が子は、何も知らずに微笑んだ。