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2 土下座美人と仙人爺さん

「俺が記憶喪失だって!?」


 訳が分からなかった。

 自分が誰だか分かるというのに記憶喪失はないだろう。


 名前だって覚えてる。

 萩守勇斗、三十路の元会社員だ。

 デザイン系の会社で働いていたが今は引きこもりでゲーム三昧の日々を送っている。

 独身で彼女なし。

 フツメンの非リア充にそんなのがいるはずもない。


 え? そんな当たり前のことより引きこもってて大丈夫なのかって?

 パワハラ上司に階段から突き落とされて半身不随となったから働けないんだよな。

 生活の方は慰謝料をたんまりもらったからセミリタイヤしてもノープロブレム。


「うん! 嫌な記憶も含めてちゃんと思い出せている」


 だけど、この変な空間に来る直前の記憶がどうとかいう書き込みがあったな。

 ……VRMMOのシステムでダイブしていたのは確かだが、どのゲームをやっていたっけ?


 FFOと書き込みはしたが、今になって自信が無くなってきた。

 CWOやWROでもなければTTOも違う気がする。

 SMOは最近のお気に入りだったが、これも違うような……

 あれ? やっぱりFFOなのか?


 記憶が混乱しているのか自分でも訳がわからない。

 いつから?

 本当にわからないのか?

 何かのショックで混乱しているだけってことは……

 わからない。


 確かなものが何もないせいで急に不安感が増してきた。

 が、自分が誰なのかわかるんだから大丈夫と己に言い聞かせ動揺をどうにか抑え込んだ。


 生い立ちも分かっている。

 VRMMOの世界ではレイドル・ブレイバリーと名乗っていたことも覚えている。

 ここ数年のことも大丈夫だ。


「ハッキリしないのは、つい最近のことだけか」


 そこだけすっぽり抜けているような違うような気持ち悪さがあるけど。

 庭に生えた雑草を適当かつ乱暴に引っこ抜いたような感じとでも言おうか。

 ブチブチと根っこを引き千切りながら抜かれたせいで断片的に記憶が残っている気がするのだ。


 ただし残った部分も元の位置に納まっている訳ではない。

 記憶の庭全体で見渡せば大半は残っているのだけど。

 ただ、抜かれた部分をクローズアップすれば記憶はグシャグシャで復元できそうにない。

 そんな感じだ。


「どうなってんだ?」


 思わず叫ぶように疑問を口にしていたが、誰かに聞いてほしかった訳ではない。

 だというのに……


「これには深い訳があるのです」


 いつの間に接近を許したのか背後から若い女の声が聞こえてきた。


「誰だっ!?」


 勢い込んで振り向いたのは驚きからか恐怖心からか。

 そんなことを気にする余裕は出会ったことのないような美女がそこにいたせいで振り向いた瞬間に失っていた。


 ゆるふわのセミロングな髪の色がピンクなのはコスプレか何かだろうか。

 その割にはシンプルな白いロングドレスを身にまとっていて上品さを感じるのだけど。

 こんなキャラはゲームでもアニメでも見たことがない。

 それに肌や瞳の色からすると欧米系の外国人なのに流暢な日本語を喋っているのが意外だった。

 そんなどうでもいいことを考えてしまったのが致命的な隙を生んだのだろうか。


「誠に申し訳ございませんっ!!」


 目の前の美人さんに土下座されてしまった。


「ふぁっ?」


 ドウシテコウナッタドウシテコウナッタドウシテコウナッタドウシテ──

 頭の中でそればかりがループしている。

 有り体に言ってしまえば思考停止状態だ。

 何がなんだかサッパリ分からない。


「あのー、土下座は勘弁してもらえませんかね」


 返事はない。


「何がなんだか訳が分からないんですが」


 状況を説明してもらわんと話にならんというのに。


「もしもーし」


 呼びかけてもやはり返事はなかった。

 土下座のまま寝てしまったんじゃないのかと言いたくなるような無反応。

 これがゴメン寝というやつなのかと妙に感心してしまったさ。


 いやいや、現実逃避している場合じゃない。

 どうにかしないと誰かにこんな場面を目撃されかねないしな。

 美人に土下座させている鬼畜な奴とか思われたら身の破滅である。


 ただでさえ事故の後遺症で半身麻痺で動きづらいって……

 そういえば体が普通に動いているよな。

 こんなことはVRMMOの中以外では数年前以来だ。


「どうなってる?」


 訳の分からない状況が積み重なっていくせいで混乱の極みに達しようとしていた。

 こんな状態では満足に考えることもままならない。

 もはやお手上げだと音を上げかけたところで……


「いい加減にせんかぁっ!」


 老人のものとおぼしき怒声が聞こえてきたかと思うと美人さんが下から突き上げられるように吹っ飛んで宙を舞った。


「あ~れ~~~~~~っ……」


 とか間の抜けた悲鳴とともに放物線を描いて彼方に飛ばされていく姿は、まるでギャグアニメのワンシーンを見ているかのようだ。

 美人さんが落下すれば大惨事だろうに、そこまで思考が回る余裕もない。

 それ以前に──


「すまんのう」


 目の前にいきなり爺さんが現れたことで、それどころじゃなくなっていた。


「うわっ」


 思わずのけぞってしまったさ。


「おおっ、驚かせたか」


 何もない所から唐突に現れりゃ驚きもするって。


「すまんすまん」


 フォッフォッフォッと笑う爺さん。

 白髪白ひげで持ち手がコブのようになった杖を手にしてローブのような着物を着ている。

 今度は仙人のコスプレか?


「では、改めて」


 なんだろう?


「此度のこと誠にすまなんだ」


 いや、訳が分からん。

 美人さんといい仙人爺さんといい謝るだけで説明がないのはどうにかしてほしいものだ。

 謝られる理由の心当たりなど想像もつかないのだが、それはどうでもいい。


「元いた場所に戻してくれるなら、どうでもいいです」


 ダメ元で言ってみた。


「すまんが、それは無理なんじゃ」


 申し訳なさそうに爺さんが言ったことで謝ってきた理由に見当がついた。


「お主の存在はすでに元の世界から抹消されてしまっておる」


「はあ」


 生返事になってしまったのは死んだのが事実らしいと気づかされたからか。

 普通なら真に受けるような話ではないが、混乱しているせいか受け入れてしまっている。


「なんじゃ、驚かんのじゃな」


「ええ、まあ……、混乱しすぎて感覚が麻痺していると言いますか」


「パニックを起こさんのは助かるわい」


 どうやら事情の説明はしてもらえそうだ。

 こちらの方が助かるというものである。

 そんなことを考えていたら、仙人爺さんが手にした杖を振り上げた。

 魔法でも使いそうだなと思っていると──


「なんじゃ、こりゃあっ!?」


 頭の中に様々な情報が一気に流れ込んできた。

 あまりの気持ち悪さに叫びつつも瞬時に何があったのかは理解できた。

 この押しつけられた情報を信じるなら俺は本当に死んだようだ。


 こんな魔法じみた真似をされたんじゃ信じるしかあるまい。

 というか、これって普通に魔法だよな?


読んでくれてありがとう。

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