114 愚者は化け物となりて
「今だっ」
バカ三男坊の上半身が肥大化した瞬間──
「シャドウテンタクル!」
奴自身の影から何本もの闇色の触手を出して捕縛した。
余計なことをさせないために腕は特に念入りに触手を絡みつかせている。
奴は逃れようとして藻掻こうするもガッチリとホールド。
これなら影に引き込む間に奴が暴れて犠牲者が出ることもあるまい。
だというのに……
「うわぁ、ドン引きニャー」
レイは俺から距離を取るように仰け反っていた。
「何でだよっ」
「触手で身動き取れないようにするなんて嫌らしいニャ、BLニャ」
「何処がだよっ。それとンな趣味はねえっての」
触手からエロ方面に想像が及ぶのは分からなくもないが下手に肯定すると碌なことにならない。
ましてBLなど想像の埒外である。
何をどうすれば結びつくのか訳がわからない。
そもそも何処でそんなネタを仕入れてきたのやら。
「ホントかニャー」
疑わしげな視線を向けてくるレイ。
緊張感のない奴め。
シャドウテンタクルで抑え込んでいるとはいえ地下牢にいる辺境伯たちの安全が確保できた訳ではないのだ。
奴は既に人であることを捨てている。
着ていた服を派手に引き裂くほど肥大化した上半身はナマズやウナギを想起させるものへと変わっていた。
いや、全身がウナギ系の魚人へと変貌しようとしている。
おそらくはシャドウテンタクルの触手とて拘束しきれなくなるだろう。
レイに構っている場合ではないのだ。
そう考えたところでスィーがレイの前に立った。
「いい加減にする」
「ニャッ、何ニャ」
冷たい氷のような目をしたスィーの叱責にレイはたじろぐ。
「ユートの緊張をほぐすために軽口を叩くのはいい」
え? そうだったの?
言われてみれば確かに肩の力は抜けた気がするけども。
「でも、調子に乗ると痛い目を見ることになる」
うん。それは実にレイらしいな。
気を遣わせたのは俺の未熟さ故なのだろう。
早々にバカ三男坊を釣り上げるとしよう。
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シャドウゲートに引きずり込むにしても一工夫は必要だ。
一番マズいのはウナギ頭の魚人が逃げたと思われること。
これは捕縛しているから大丈夫だろう。
あとは手に負えない相手だと感じてほしいところだ。
下手に捜索隊なんて出されたら、それをやめさせる手間が増えるからね。
そんな訳で少しばかり演出しながら釣り上げることにしようと思ったのだが……
完全にウナギ魚人と化したバカ三男坊が急に腕を伸ばした。
肩、肘、手首をシャドウテンタクルで締め上げても手首の先からの伸長には対応できない。
「そう来たか」
「触手と触手のぶつかり合いになりましたね」
ケイトが呟くように言ってきた。
「まだ、ぶつかってないけどな」
そう返事をしながらシャドウテンタクルを追加して奴の触手を捕らえにかかる。
捕まえるのはさほど難しくはなかったが、際限なく伸びるのが厄介だ。
イタチごっこの様相を呈してきたかと思ったところで、今度はウナギ魚人が別の手を打ってくる。
薄暗い地下牢が一瞬だけ光に包まれた。
「光っただと!?」
グーガーが驚きながら疑問を口にした。
「ああ、魔物になった男の体が光ったようだ」
リーアンがそれに応じる。
「放電したのニャ」
レイが追加情報を出した。
「それって地下牢にいる人たちは大丈夫なんですか!?」
慌てた様子でリーファンが聞いてくる。
「ユートが捕まえているから問題ない」
俺ではなくスィーが答えた。
「捕まえていると大丈夫なんですか?」
「あの魔法は絶縁効果がある」
「そういうことだったのですね」
ストラトスフィアで教えたことを覚えてくれていたようで何よりである。
だが、それを喜んでいる場合ではない。
ウナギ魚人が大口を開けた。
「ちっ、ブレスか!?」
どうやら潮時だな。
奴の口を塞げていないため、このままだと被害が出てしまう恐れがある。
ここで躊躇えば犠牲を生みかねない。
たとえ奴のブレスは溜めが必要なように見えたとしてもね。
俺はウナギ魚人を一気にシャドウゲートの中へ引きずり込んだ。
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ぬめり気を帯びたウナギ魚人がクレーターの中心近くにあるゴーレムの影から姿を現す。
次の瞬間、派手な破砕音と共にゴーレムが粉みじんとなった。
「ギュオオオオオォォォォォォォォォォォッ!」
その威力を誇示するかのように奴は天に向かって咆哮する。
「ウナギってあんな風に鳴くんだニャ」
感心したとばかりにレイが呟いた。
「んな訳あるはずないでしょうが」
レイはケイトにツッコミを入れられていたけど構っている暇はない。
「ん? 何だ?」
物陰から出ようとしたがウナギ魚人の様子がおかしい。
吠えた直後から何やら力を込めるような仕草でブルブルと身を震わせ始めたのだ。
これで体を覆うような光を発すれば某龍の玉に出てくる戦士たちである。
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